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第五十七話 物々交換



「見ろ、兄者! 何という立派な毛皮だ。これは黒腐りの森奥に棲むと聞く大狼に違いないぞ」

「おうおう、噂に違わぬ大きさだのう。この太い脚、見事なものだな、弟者!」


 でっかい声であったが、発する二人も只事ではない巨漢だった。

 足元の灰色狼が、普通のサイズに見えるほどの大きさだ。


 以前に出会った無口な盗賊の男も大きかったが、アレよりもさらに頭一つ分ほど背が高いだろう。

 さらに横にも太い。腕回りだけでも、その辺りの木の幹ほどの太さがある。

 

 兄者と呼ばれた男は、目立つ角が両側面から突き出た兜をかぶり、白いゆったりとした半袖の上着を着ていた。

 だが袖下や首周りからは、小さな鉄の鎖で編まれた肌着、鎖帷子が覗いている。

 肩から膝辺りまで届く長剣を背中に吊るし、腰帯にも二本の短剣がぶら下がっているのが見えた。


 弟者のほうは顔をすっぽりと覆う鉄兜だが、今は面頬を上げているため髭まみれの顔が露わになっている。

 赤茶けた鉄の小札を隙間なくつなげた鱗鎧で全身を覆い、手に持った凶悪な形の鉾槍で狼の死骸を突いている。

 

 そっくりな声質や体格からして、こいつらが兄弟なのは間違いないな。

 その兄弟から、少し離れて立つのが二人。 


 こっちは普通の背丈だが、頑丈そうな兜や胸当て、手甲に脛当てときっちり守りは固めている。

 盾を背負った一人は興味深そうに狼を眺めているが、もう一人は弓を構えたまま周囲に油断なく視線を飛ばしていた。

 

 さらに離れてもう一人。

 幅広の鉄兜に小さな木の盾であとは布地の服と、他の男たちより一段ほど質が落ちる見た目だ。

 木製の短い槍を杖代わりにして、肩をすくめながら狼を凝視している。


 全部で五人か。

 特にヤバそうなのは髭の兄弟だ。発する魂力が命数の二倍近い60ほどもある。


 これまでかなりの生き物を見てきたが、大体は命数の二倍、強いと思えるのは三倍の魂力を身に纏っていた。

 だが人間に関しては、その法則はあまり当て嵌まらないのだ。

 大体は命数そのままで、はみ出てくるほどの影を見た覚えがほとんどない。

 強いと思えた盗賊の幹部連中でも、35あるかないかだった。

 

 つまりあの兄弟は、人間よりも野生動物に近いといえる。

 それに弓と盾を持つ二人も40近い。

 ショボい槍を持ってる奴だけが、唯一30以下である。

 

「おい、案内人。ここはどの辺りだ? 狼が死んでいるというのは、森が相当深いということか?」

「へ、へい。あっしもここまで来たのは初めてで、何が何やら……。そんな化け物みたいな獣を見るのも初めてでさ」

「ふむぅ。あまり役に立たない案内人だのう」

「だから言いましたよ、旦那方! あっしははぐれの村にはよく行ってますが、その先にはほとんど行ったことねぇって」

「そうだったか?」

「ダンド様、こいつは最初からそう言ってましたよ」

「そうかそうか。それはすまんかったな」


 そう言って髭面の大男は、ガッハッハと笑い声を上げた。

 本当にあんな笑い方をする奴が居るんだな。 


「兄者兄者、見ろ見ろ」

「今度は何だ? 弟者」

「この狼、腹と脚に大きな穴が開いとるぞ。溺れ死んだのではなさそうだな」

「狼を仕留めた輩がいるってことか。そいつはどこに失せた?!」

「傷のデカさからして槍か。だがこれは刃物の傷じゃねえな。もっと荒いもんだ」

「牙で噛まれたか、角で刺されたか。こいつを倒すほどのもんが、まだ居るってことか。これは楽しみで仕方ないのう」

「わしもたぎってきたぞ、兄者」

「おふた方とも落ち着いて下さいよ。今回は川に細工された形跡があるかどうか調べるだけですよ。それもこの先に行きようがないので、もうお終いです」


 従者らしい盾を持った男が、滝を指差しながら髭の兄弟をなだめに掛かる。

 細工の跡だと。こいつら、水量が減った件で調べに来たのか。


 うむむ、川が溢れないことは良いことだと思っていたが、わざわざ危険を冒してまで探ろうとするとは。

 外の連中の関心まで引いてしまったは、やりすぎだったか。

 影響力を考慮しなさすぎたな。


「うーむ、わしらの脚では、あの滝を登るのは少々キツいのう。迂回できそうな道は知らんか? 案内人よ」

「何度も言ってますが、あっしに振られても無理難題すぎますって」

「そうか、無念だのう。ならせめてこの狼でも持って帰って、男爵殿にお見せするか、兄者。ここまで来た証にもなろうぞ」

「おお、相変わらず弟者は冴えとるのう。その素晴らしい知略に、天の加護あれだ」


 おい、弟髭が余計なことを言い出したぞ。


(どうします? 吾輩先輩。持って行かれちゃいますよ)

(困ったな。だが勝算はあるか?)

(皆無ですね。あんだけ隈なく身を固められたら厳しいです)

(倒す?)

(無理無理、あれには歯が立たんよ。無駄骨を折る気か、ロクちゃん)


 今のところ、吾輩たちの突出した武器は精霊と麻痺毒くらいである。

 だが水気が多く石だらけの地面では、土や火の精霊の出番は不可能に近い。


 痺れ噛み付きは、噛み付くどころか普通の武器でも通用しそうにないな。

 五十三番の全力石投げでも、ダメージを与えるのは難しそうだ。


 全くもって勝ち筋が見えない相手である。

 まさに文字通り歯が立たないし、無駄骨に終わ――。


 あ、そうだ。

 無駄ではないが、使い捨てができる骨は居るか。


 しかも都合よく下僕骨たちの体には、芋虫狩りの残留物が多少だが残ってる。

 こいつらを使えば、一矢報いられることは出来そうだな。

 うむ、報いるのでななく報射られるだ。上手くいけば狼も取り戻せるぞ。


「兄者、そっちを縛ってくれ。よし、これで良いか。では、わしは先を持とう」

「では後ろはわしが。ほいさ!」


 掛け声と同時に、鉾槍の柄に両脚を括り付けられた狼の死骸が持ち上げられる。

 鎧を着込んだ一行は方向を変え、吾輩たちの隠れる岩へと近付いてきた。


(よし、駄目元でやってみるか。二体ともこっちへ)

(何をする気ですか? 吾輩先輩)

(ちょっと、吾輩たちの悪評を利用させてもらうだけさ)


 盾を背負った男が先頭になって、一行は川原を下ってくる。

 二番手は狼を吊るした髭の巨漢たち、その後ろに弓を持ち上げたままの男。

 案内人と呼ばれた、貧相な装備の男は最後尾だ。


 ちょうど隊列が真横に来るタイミングを見計らう。

 

(――今だ!)


 木陰に身を潜めていた吾輩たちは、一斉に大きな歯音を上げ足を踏み鳴らした。

 同時に四体の下僕骨たちに、個別の標的を与え命令を下す。


 茂みを突き破って姿を現した骨の姿に、男たちの動きは一瞬だけ止まった。

 だがそれは本当に、瞬き一つの時間だった。

 

 即座に先頭の男が、背中の盾を構えて前に出る。よし、狙い通り。

 長方形の盾に隠れるように身を低く保ったまま、男は勢いをつけて先頭の骨に体当たりをかました。

 それを真正面から受け止めた骨は、上半身と下半身が呆気なく分離する。


 次いで二体目と三体目の骨の頭部に、弓を構えた男の矢が連続で突き刺さった。

 しかし足を止めることなく、骨たちは狼目掛けて走り続ける。


 髭の兄弟たちが動いた。

 狼を矛槍ごと地面に投げ捨てた巨漢たちは、一動作で武器を手にしていた。


 腰に下げていた戦棍を手にした弟が、軽々と片手で振り回す。

 強打を食らった骨は、その一振りで全身が破片と化した。

 原形を全く留めぬほどに、バラバラに砕け散る。

 って、ここまで骨の欠片が飛んできたぞ。なんて馬鹿力だ。


 兄の方は背中の剣を抜いてから、そのまま一歩踏み出しての振り下ろしまで淀みなく流れるように動く。

 その巨体からは予想もつかない素早い一振りは、骨を頭から鮮やかに両断した。

 真っ二つに断ち切られた骨は、その場であっさりと崩れ落ちる。


 瞬く間に三体が葬られはしたが、四体目は何とか健闘していた。


 案内人と呼ばれた男に襲いかかり、男の盾に懸命にしがみついている。

 男は情けない声を張り上げながら、何とか槍を振り回して骨を引き剥がそうとしているが、間合いに入られたせいで思うように攻撃が当たらないようだ。

 見ていると、弓の男が近付いて背後から骨に鋭い蹴りを入れた。


 腰に一撃を食らった骨は半身が砕けたはしたが、それでも盾を離そうとしない。

 襲われていた男は、悲鳴を上げて盾を投げ捨てた。


 ほぼ動くものがなくなったのを確認した兄髭が、難しい顔のまま口を開いた。


「今のなんだ? 骨だけで動いているように見えたが」

「の、呪いでさ、旦那方。噂は本当だったんだ。この森は呪われているって」

「ほう、面白そうな話だな。どれ、話しみろ」

「あ、あっしもよくは知らねぇんでさ。ただ、あのはぐれ村の連中が言うのは、この森に入って呪われた奴が、仲間を増やそうと骨になっても歩き回ってるのだとか、そんな話でさ。あっしも最初は馬鹿馬鹿しいほら話だって思ってたんですが、最近この辺りを根城にしてた盗賊連中が一斉に消えちまって……」

「その話は俺も聞きましたよ、ダンド様。妖術使いが絡んでるとかの与太話ですが」

「ふむ。どうするよ、兄者?」

「やれやれ、川遊びかと思って来てみれば、面倒なことに出くわしたものだのう。一応、男爵殿に報告せばななるまい。急ぎ戻るぞ」


 兄髭の言葉に、男たちは即座に動き出す。

 む、先ほども男爵とか言っていたが、何かに仕える立場だったか。これは不味った可能性も高いな。


「ひぃぃぃいいい!」


 あ、今頃になって、仕込みが上手く行ってしまったか。

 骸骨が絡みついたままの盾を何とか拾い上げようとした案内人だが、骸骨の口から飛び出してきたネズミの姿にまたも大きな悲鳴を上げた。

 半ば腰を抜かした状態の男は、情けない声で他の男たちに懇願する。


「は、はやく戻りましょうよ、旦那方。ここに長居しちゃいけねぇ。って、旦那の盾ももうダメだ。それ、呪われちまってますぜ」 

「これが呪いなのか? 骨に付いてた黒いのが、粘ついて取れないんだが」

「盾の一枚くらいは捨てて置け、ベック。タッドも矢を拾うのは止せ」 

「狼はどうする? 兄者」

「これを持って帰らんと、あの疑り深い主殿はわしらを信用せんだろう」

「違いない。ではさっさと退散しようぜ、兄者」


 くっ、狼は持って行かれたか。

 慌てて立ち去っていく五人を見送った吾輩たちは、完全に気配が消えたことを確認してから木立から姿を現す。


 さて下僕骨たち、ご苦労だったな。

 お前らの犠牲は無駄にはならなかったぞ。


 そう心の中で呟きながら、吾輩は川原に残された装備品を見回した。


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