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第五十六話 楽園の蹂躙



 深夜の真っ暗な森を、青白い骨たちが歩いていた。

 様々な道具を担いだ骨たちは足音も立てず、物言わぬままどこかへ向かって進み続ける。

 生い茂る下草に足元を隠され、闇に浮かび上がる骨たちの姿は幽鬼の群れそのものだった。


 うーん、吾輩が人間だった頃に遭遇してたら、確実に腰を抜かしていただろうな。

 益体もない感傷に浸りつつ骨の一行がやってきたのは、以前散々な目にあった黒芋虫の生息地、花園である。


 今回の遠征参加者はお馴染みの吾輩ら三体と新人骨八体、それと有能な配下のネズミ数匹たちだ。

 花園の入口前に陣取った吾輩たちは、早速、下準備に取り掛かる。

 骨手の多さのおかげで、作業はあっという間に完了した。


「では、芋虫狩りを始めるぞ。初回は軽く様子を見て行こうか」


 吾輩の合図で、骨たちは一斉に武器を構えた。

 地面を駆け回っていたネズミどもが、小さな声で標的を知らせてくる。


 吾輩が指差す一体へ、五十三番が弓の弦をグイッと引く。

 音もなく飛んだ矢は暗闇を貫き、花の下でじっとしていた芋虫の一匹の表皮に埋まった。


 その瞬間、周囲の芋虫どもが一斉に頭を持ち上げた。

 伝播した危険により、幼虫たちは吾輩らを排除すべき外敵と認識したようだ。

 一時に動き始めた七匹の芋虫どもが、待ち受ける吾輩たちへ殺到する。


「標的一番右、撃て!」


 吾輩の掛け声に、六体の骨が回転し続けていた紐の端を手放した。

 六個の投石が右端の芋虫へ撃ち込まれ、衝撃で体を浮かして横転させる。

 さらに五十三番の放った二本目の痺れ矢を受けた芋虫も、数歩進んで動きを止めた。

 残り五体。

 

「武器を拾って構えろ!」


 続いての号令で投石紐を投げ捨てた骨たちは、足元に置いてあった踏み鋤や鍬を持ち上げる。

 全員分はないので、一部は長い木の棒だが。


 花園から飛び出し、真っ直ぐに吾輩たちへ向かってくる芋虫ども。

 その前に広がっていたのは、大人が胸ぐらいまですっぽりと埋まってしまうほど深い穴であった。


 勢いのまま、穴に飛び込む芋虫たち。

 だが怯む様子もなく、そのまま底を横切り穴の壁を登ってくる。

  

「芋虫を叩け!」


 三度目の号令で、骨たちは手に持つ武器を力一杯振り下ろした。

 鼻先を強打された芋虫どもは、壁から引き剥がされ再び穴底へ落ちる。


 しかしそれに耐えた芋虫もいた。

 やはり長柄持ち熟練度までしかない下僕骨では、威力は今一つか。


 骨の一打をものともせず、二匹がこちら側へ到達する。

 そこに立ち塞がったのは、ずっと機会を窺っていたロクちゃんだ。


 痺れ毒を塗られた黒曜石の刃が、粘糸を吐こうと身を起こした芋虫の横腹をさっくりと切り裂いた。

 忍び足を極めつつある最近のロクちゃんの動きは、気配がなさすぎてヤバイ。

 多分、芋虫は切られたことも気付かないうちに、体が麻痺しただろうな。


 もう一匹は黒い粘糸を吾輩へ吹き付けてきたが、とっさに土を持ち上げて作った即席の盾で防ぐ。

 穴を掘って出た土の再利用だ。


 粘糸を吐き終えた芋虫は、矢をつがえ直した五十三番にあっさり仕留められた。

 これで残り三匹。


「上がってきた芋虫を叩け! くれぐれも穴に身を乗り出すなよ!」


 角度的に穴の縁にいれば、粘糸は飛んでこないからな。

 芋虫三匹に対し、下僕骨が振りかぶる武器は五丁。

 流石に今回は、三匹とも穴の下へ逆戻りしてくれる。


 あとは命令せずとも、勝手に叩き続けるはずだ。

 万が一、攻撃をすり抜けても、ロクちゃんが仕留めるので問題はない。

 よし、これは勝ったな。


「うーむ、穴は便利過ぎるな」

「僕ら三体だけじゃ、こんな大きいのは掘れませんでしたね」

「チッチチ」

「お、あっちの方にも良い感じで固まってると。うむ、ご苦労」


 ネズミの報告を受けながら顔を上げると、残った芋虫たちはすでに穴の底でひっくり返っていた。

 どうやらロクちゃんが、途中で手を貸してあげたようだ。


「攻撃止め。穴から芋虫を出せ。ロクちゃん、あそこの芋虫たちを拾ってきてくれるか」

「倒す!」

 

 軽々と穴を飛び越え、恐れもなく花園へ足を踏み入れるロクちゃん。

 気配を完璧に殺したまま、初っ端に痺れ矢を撃ち込まれた芋虫と集中投石を浴びたもう一匹を担いで戻ってくる。


 花園の中に二匹、入り口そばで矢を食らって痺れた一匹。

 穴から上がれたけどサクサク倒された二匹に、穴底の三匹と計八匹。

 そのうち、死んでいるのは二匹か。

 おお、この短時間でこの成果は凄いぞ。

 

「芋虫を二匹担げ。黒棺様に捧げたら、ここに戻ってこい」


 控えの下僕骨二体に、芋虫の運搬を耳打ちする。

 これ大きな歯音だと、骨全員が反応してしまうのだ。


「よし、次の標的に案内してくれ」

「チッチゥ」


 吾輩が頷くと、矢を回収した五十三番が動き出したネズミの後を追いかけた。

 

「投石紐と石を拾って準備しろ。よし、回し始め!」

 


 そんな感じで夜明け近くまで、吾輩たちは花園の住人をひたすら狩り続けたのだった。



「……ちょっとやり過ぎたか。今ので四十八匹目だ」

「流石に皆殺しは良くないですよ」

「ネズミの話だと、まだ半分ほど残っているらしいぞ。ま、このあたりで今日は勘弁してやるか」


 前回のリベンジとしては十分だな。


「芋虫もあらかた運び終わったし、そろそろ撤退するか。次は弓矢部隊で攻めても良いな」

「このまま直帰します?」

「うん? 何か行きたいところでもあるのか?」

「狼の件、忘れてません?」


 あっ。

 下僕骨の調査に夢中になって、すっかり失念していたな。


 まぁ、吾輩の頭骨は空っぽなので、ちょっとばかり忘れっぽいのは勘弁してほしい。

 骨身に染みるほどの出来事なら、簡単に忘れないけどな。そう、骨だけに!


「よし、今から行くとするか。ちょうど骨手も揃っていることだし」


 進路を変更して川へ向かうことにする。

 ついてくる下僕骨は四体だが、こいつらで十分に運べるだろう。


 森を西へ向かってしばらく進むと、せせらぎの音が頭骨内に浮かぶ。

 川へ出た吾輩たちは、流れに沿って上流へ向かった。

 

 狼の死体がある岩までもう間もなく到着しそうな時に、先を進んでいたロクちゃんが急に手を上げた。

 いつもの手順かと思ったら、続いて見に行った五十三番が慌てた感じで振り返る。


 表情からして、かなり大きな事件が起こったようだ。

 下僕骨に待機を命じ、吾輩も忍び足で二体が潜む岩陰に近寄る。


 途中、吾輩の頭骨が聞き慣れた響きを捉える。

 それは誰かの話し声であった。


 緊張しつつ岩陰からそっと覗く吾輩の目に飛び込んできたのは、狼の死体を取り囲む複数の鎧姿の男たちの姿だった。  




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