第五十五話 調査結果
「…………やっぱり、動きが微妙だな」
「ええ、明らかに差がありますね」
「倒す!」
「おおっと、本当に倒すなよ! ロクちゃん。骨も攻撃中止!」
吾輩の制止で、ロクちゃんと下僕骨はピタリと動きを止める。
あ、同じ骨でややこしいので、吾輩たちが呼び出した骨は下僕骨と呼んでいるのだ。
半日かけてこの下僕骨たちを調べた結果、色々なことが分かってきた。
まず呼び出す際に設定できる使命だが、防衛と攻撃に関しては今後、使う場面が余りにもなさそうであった。
防衛を選択した場合、骨はまず部屋の中をウロウロと歩き始めた。
そして置いてあった木の棒を拾うと、今度はじっと動かなくなった。
試しにネズミをけしかけてみたら棒を振り回して戦う素振りを見せたが、ネズミが部屋から逃げると追いかけるのを止めて元の位置へ戻ってしまった。
黒棺様を守ってくれるのは有り難いが、防衛するのがこの部屋限定なのが玉にキズなのである。
この先の機能開放で、場所の指定が出来るようになるのを期待するしかなさそうだ。
攻撃も最初は同じで、まずウロウロしながら武器を見つけて装備する。
次に歩きながら命数1以上の生き物を探して、いきなり攻撃を仕掛ける。
倒すと新たな獲物を探しにといった感じである。
殲滅戦とかには使えそうだが、そんな勿体ないことをする予定は今のところない。
それに攻撃だけなら司令型下僕骨でも対象を指定すればやってくれるので、わざわざ無差別攻撃しか出来ない骨を選ぶ意味も薄い。
これも今後、何かしらの利点が見出だせるまでは保留だな。
そして期待してた集魂であるが、これはかなり使えそうだった。
うむ、過去形である。
呼び出した下僕骨が、まず最初に向かったのは、吾輩のネズミ飼育部屋であったのだ。
まあ知能がない骨たちに、区別をつけろというのは酷な話だ。
仕方がないので洞窟の外まで連れ出して放すと、ようやく森へ向かってくれた。
そしてしばらくして骨が抱えてきたのは、気絶したアル少年だった。
その後に、子供たちが心配そうな顔で付き添っている。
あー、そうなったか。すまん。
石斧は失くすと勿体ないと思って、木の棒を持たせたのが幸いだったようだ。
うん、危ないところだった。
アルは頭に大きなたんこぶが出来ていたが、ロナが撫でるとなぜか痛みは引いたようだった。
骨が大勢居たので混乱していたが、出来たての釣り竿を渡すと虚ろな目で喜んでいたので良しとしよう。
あと双子とアルの弟は、ネズミ飼育部屋を見て大興奮していたな。
ロナに少し話を聞いてみたが、村の方は川がほとんど氾濫せず、被害はかなり少なかったようだ。
うむ、いずれ吾輩たちの物となる魂が減らなくて良かった。
子供たちにこの場所を口外しないよう約束させて、ついでに川原まで送ってやる。
そんな訳で集魂も、しばらくは封印である。
もう一つ、司令以外の使用を差し控えたのは理由がある。
それは主に、下僕骨たちのスペックの問題だった。
どうもこいつら、吾輩たちに比べると少々弱いのだ。
実際に今、ロクちゃんと対戦させてみたが、ハッキリと差がわかる。
どうも動きからして、初期段階の技能しか身に着けてないようと思える。
能力も感覚系のみのようで、試しに手の指を一本取ってみたが生えてくる気配はなかった。
知能がないため、判断力も低く融通も利かない。
身体能力はそれなりにあるが、善戦出来るのは犬まであたりだろう。
等の欠点が明確になったため、司令以外は使わないでおこうという結論になったのである。
しかし命令させれば、この下僕骨たちの便利さは果てしないほどだ。
特に穴掘り、伐採、荷運びと、頭をあまり使わない体力仕事には無類の強さを発揮してくれる。
命令自体も、かなり細かく指定できるのが素晴らしい。
といっても、長い木の枝を取ってこいなどの曖昧な指示の場合、一番手近にある適当な枝を持ってきてしまうが。
ならば弓に加工しやすい木の枝と指定しても、持ってくるのは似たような枝である。
ようするに"長い"や"弓"といった単語は理解できないらしい。
だが指をさして、あの枝を取ってこいと命令すれば、それはキチンと実行してくれる。
さらに具体的な長さの枝を見せて、これと同じ物を取ってこいでも可能だった。
ただ命令出来る下僕骨にも注意点がある。こいつらは命令がスタックできないのだ。
一つをこなせば、そこで指示待ち状態に入ってしまう。
だがこれは、命令の最後に吾輩の元に戻って来いとつければ回避しやすい。
「ザッとわかったのは、これくらいだな」
「そうですね。もっと優秀だったら、自由にやらせても良いんですが」
「今の段階では、引き連れて行動したほうが確実に役立つとしか言えんな」
「一体で命数10ですからね。使い捨てにするには、勿体なさ過ぎますし」
まだ余裕があるとはいえ、そうそう無駄遣いはできない。
次の大目標は総命数2000だしな。
「それで、吾輩先輩。この子たちをどう使うつもりですか?」
「うむ。数に物を言わせる相手には、こちらも同じ手段で対抗すべきだと思ってな。まずは訓練も兼ねてアソコへ行こうと思う」
「ああ、アソコですか。良いですね」
「くくく、我が軍団の恐ろしさを思いしらせてやろうぞ」
「倒す!」
「うむ、倒しまくるぞ!」
▲▽▲▽▲
「一体、何があったというのだ!」
執務室の椅子に深く腰掛けたノルヴィート男爵は、家令の報告に対し苛立った声を上げた。
本来であれば龍の雨季が終わったこの時期は、黒森川の水位は跳ね上がっているはずである。
だが川の水量は普段よりもやや増えただけで、溢れかえる様子は微塵もないとの話だった。
「これでは、折角雇った騎士どもの出番はどうなる! 無駄に川遊びへ呼んだだけに過ぎないではないか!」
王国北部の黒腐りの森を源流とする黒森川は、ノルヴィート男爵領と隣接するコールガム子爵領の境界線である。
この境界線を跨ぐのが最北街道を繋ぐ街道橋なのだが、この橋の通行料はノルヴィート男爵の大きな収入源になっていた。
基本的に街道からの通行料を取ることは、王国法により禁じられている。
だが私財を持って建設された橋は、使用料の徴収は大目に見られていた。
しかしその分、橋の整備や防衛は持ち主の義務とされる。
龍の雨季、流れの勢いが増したことで、黒森川の水位は橋桁近くまで到達する。
そうなると厄介な問題が起こるのだ。
水棲馬の襲来である。
この水中に棲息する蒼い馬は海老によく似た下半身を持ち、水に落ちたモノはなんでも喰らい尽くす凶悪な習性がある。
普段は深い川底に潜み水面や水辺に獲物が近付くと飛び出して襲ってくるため、この川へ近付く愚か者は滅多に居ない。
だが川の向こう岸に用事がある者は、そうも言ってられない。
当然、水棲馬に襲われるのを防ぐため、通常の橋は橋脚を高めに建設されるのだが、それでも限界はある。
もっともノルヴィート男爵の橋は、あえてやや低めにしてあるのだが。
理由はもちろん、危険性を増すことで通行料を値上げするためだ。
もちろんそんな危ない状態で、はいどうぞと言われても渡る商人や旅人は居ない。
当然、安全の保証がなければ、取引は成立しない。
その保証がこの時期、街道橋に集められた屈強な護衛たちの存在である。
高い賃金を払うことで、彼らは水棲馬から荷や命を守ってくれるのだ。
この護衛たちの正体は、男爵領内から集められた郷士、騎士たちであった。
貧乏な騎士たちとっては腕を磨き名を挙げ、さらに幾ばくかの貨幣を手に入れる絶好の機会であり、ノルヴィート男爵にとっては家来たちの不満を逸らした上に大金が転がり込む素晴らしい時期のはずであった。
「なぜだ? なぜ水が少ない?!」
「わ、分かりかねます。旦那様」
「それを調べるくらいの頭はないのか! お前のそれはただの帽子台か!」
「で、ですが。黒腐りの森へ入るのは、誰も引き受けては……」
「チッ、ならば手が空いてる騎士どもを使え。あいつらを遊ばしておくだけの金を払ってる余裕なぞ全くないのだぞ」
「分かりました。すぐに手配させます」
相次ぐ戦役負担で、すでに男爵家の家計は火の車だ。
それに加え、橋の通行料が値上げできないとなると……。
男爵は自慢の口髭を引っ張りながら、深々と息を吐いた。
「そう言えば、あの森の近くに、はぐれどもの村があったはず。まさか奴らが…………」




