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第五十三話 大きな見返り



 二日後、空の彼方に見えていた黒煙の柱がとうとう消え、ついでに曇り空も消え去ってくれた。

 待ちかねた晴天の到来である。


 すぐさま、新しい得物を手に森の巡回を始める。

 雨季が終わるまでに作れたのは、重心がやや前に偏った黒曜石のナイフが二丁。

 刃を大きくし過ぎたせいだが、ロクちゃんの希望通りである。

 あと短弓と矢がたった二本という有り様だが、ほとんどの装備を失くしてしまった数日前と比べると遥かにマシと言えよう。

 

「雨が止んだので、生き物が餌を求めて動き出してますね」

「ああ、かなりの気配をを感じるな」


 まだあちこちから雫が滴る森の中は、息を吹き返したかのように新鮮な匂いと音に溢れていた。

 雑多な情報に紛れ、活動を始めた虫や小動物の気配がうるさいほどに伝わってくる。


 早速、何かを見つけたらしいロクちゃんが、片手を上げて身を屈めた。

 いつもの手順を踏まえて覗き見ると、この辺では珍しくなってきた野犬の姿が見える。


「僕に任せて下さい」


 鏃を噛み噛みした即製痺れ毒矢をつがえた五十三番が、軽やかに弓弦を引く。

 矢は小さな風切音を放ち、熱心に匂いを嗅いでいた犬の胴体に突き刺さった。


 驚いて飛び上がりながらも、即座にこっちへ向き直った犬だが、毒のせいでたちまち身動きが取れなくなる。

 あとは手斧で適当に叩いてから、担いで洞窟へ持っていく。

 麻痺毒のおかげで、生け捕りの狩りが随分と楽になったもんだ。

 蜘蛛に感謝しないと。そういえば最近、狩ってなかったな。

 

「なあ、蜘蛛もそろそろまた増えてるんじゃないかな」 

「ああ、そうですね。行ってみましょうか」

「倒す!」

 

 ついでに木の皮も補充したい。

 楽しみに向かってみたが、どうやら雨と筒状の蜘蛛の巣は相性が悪かったようで、ほとんど巣は見当たらなかった。


 残念だが、こんなこともある。

 二匹ほど捕まえた後、よくしなる枝を数本切り取り、木の皮をカゴいっぱいまで剥いでから洞窟に戻る。

 この枝は、釣り竿と弓を作るのに向いているのだ。

 

「次は、川の様子でも見に行くか」


 雨上がりの流れはかなり濁ってはいたが、大きく溢れ出すほどの様子はなかった。

 やはり貯水池のおかげで、水量をかなり抑えられたようだ。


 途中で摘んだ赤い甘酸っぱい実を、小さなカゴに入れて川原の石かまどの上に置いておく。

 チビどもにも、少し餌をやっとかんとな。


「どうします? 池の様子でも見に行きますか?」

「そうだな、確認だけしておくか」


 川の上流へ足を伸ばすことにした。

 狼に遭遇する可能性が高いので、十分に警戒しつつ少し距離を開けて進む。


 しばらくすると、急に先頭のロクちゃんがゆっくりと歩き始めた。

 何事かと思って見ていると、大きな岩にそっと近寄っていく。


 音もなく岩を登ったロクちゃんは、何かを素早く掴み上げた。

 尻尾を持って逆吊りにされたソレは、短い手足を振ってジタバタと暴れる。

 ああ、トカゲを捕まえたのか。


 空しい抵抗を続けるトカゲをガブリと一噛みして、ポイと岩の下に投げるロクちゃん。

 そのままもう一匹を捕まえて、こちらもガブリ、ポイ。

 二匹をあっという間に無力化したロクちゃんは、最後にもう一匹を手にしたままひょいと飛び降りてくる。


「凄いな、ロクちゃん。偉いぞ」

「倒す!」

「うんうん、よく倒したな」


 褒めると、なぜか吾輩の頭を撫でてくるロクちゃん。

 まあ、良いか。


 痺れて動きが鈍くなったトカゲども三匹を、木の皮の紐で縛ってカゴに詰め込む。

 どうやら、やっと晴れたので、のんびり日光浴を楽しんでいたようだ。

 普通なら一匹目を捕まえた時点で他のトカゲが逃げるはずだが、これはもしや忍び足の成果が出ているのか。


 その後は何もなく、滝まで辿り着く。

 今回は荷物が入ったカゴを背負っているので、吾輩は滝壺の傍らで待機することにした。

 釣り竿を持ってくるべきだったか。ウッカリしていた。


 軽々と岩を跳んで、ロクちゃんが崖の上に辿り着く。

 うむ、飛び跳ねも物凄く便利だな。

 前回の遠征での収穫は、本当に大きかったようだ。


 ロクちゃんの視界を通して見た崖上は、素晴らしい眺めになっていた。

 豊かに広がる水面は、遠くの小高い山と緑の木々を映し出すほどに青く澄み切っている。

 かつての空き地は、大きな池へと見事に変貌を遂げていた。 


 崖を登りきった五十三番が、大きく手を振ってくる。

 のん気なその様子から察するに、大亀と狼の気配は全くないようだ。


 む、自分の顔を指差しているな。

 視界を覗けと、はいはい。


 おおお!


 五十三番が注目していたのは、ロクちゃんが作った木を積み重ねた堰のほうだった。

 一瞬だけの映像であるが、そこに見えたのは絡み合う木に引っ掛かるように浮かぶ灰色の塊だった。


 もしや灰色狼の死体か? 

 もう一度覗くと、今度はかなり接近していたのか、ハッキリと映像が浮かぶ。

 うん、狼で間違いない。

 ――何だ? 


 さらに見ると、狼は何かにしがみついているようだった。

 おい! その丸い外見には、たっぷりと見覚えがあるぞ。

 ……いや、まさかな…………そんなことは流石にない……はず。


「吾輩せんぱーい!」

「断る!」

「分かってますよ。今から落としますんで、流されないよう見てて下さい」


 五十三番は何でも分かってるな。察しが良いのにも程があるぞ。

 え? 落とす?


「おい、ちょっと待――」


 滝の上から現れた大きな影に、吾輩は驚いて顎を開ける。

 かなりの質量を持つその物体は、豪快に滝を滑り落ちようとしていた。

 止める間もなく、勢いがついた大きな塊は宙を舞った。


 一呼吸置いて、川面に激しく衝突して長い水柱を上げる。

 飛んできた水飛沫をもろに浴びながら、吾輩は何とか顎を閉め直した。


「おいおい、雑に扱いすぎだろ」 


 一瞬、滝壺に飲まれたかと思ったが、灰色の毛皮の主はすぐにプッカリと浮いてきた。

 そのまま流れに沿って、押し流され始める。

 しかし体の大きさ故に、すぐに岩が並ぶ箇所で引っ掛かって止まった。


 て、ここは確か五十三番の頭が引っ掛かった場所だな。

 ちゃんと予想してやがったか。


 だが流石に頭骨と違って、この大きさのは簡単に引き上げられんぞ。

 振り向くと、ちょうどロクちゃんと五十三番が崖から下りてくるところだった。

 

 ピョンピョンと岩場を蹴って、軽やかに着地を決めるロクちゃん。

 その両腕にしっかりと抱えられた物は――。 


「やはり、亀の卵か?!」

「倒す! 倒す!」


 浮かれるような足取りで、ロクちゃんが駆け寄ってくる。

 普通なら転ぶからゆっくり歩けと言いたいが、その気持ちが痛いほど分かるので黙認する。


「あの狼の死体が、しっかり抱えてました」

「ふむ。大方、卵を持って逃げようとしたが力尽きて、あそこまで流されたんだろうな」


 泥に埋まっていたのが、水を流し入れたことで浮かんできたのか。

 そして池の水量が上がったせいで、水路を逆流して川へ押し流されたと。 


 何という幸運だろう。

 もしや善行をした報いが返ってきたとか。

 いや、流石にそれは都合よく捉え過ぎだな。


「よし、戻って黒棺様に捧げようか。これとさっきのトカゲで目標値に到達するぞ」

「狼はどうします?」

「岸に上げておいて、あとで取りに来よう。今は卵の護送が最優先だ」


 いっそうの警戒をしながら帰路につく。 

 道中、何事もなく洞窟に帰り着いた吾輩たちは、ネズミたちに侵入者なしの報告を受けてから、棺の部屋へ急ぐ。


 先に入れておいた犬と蜘蛛二匹分を足して、現在の総命数は894。

 まずはトカゲを三匹で906。

 そしてお待ちかねの二個目の亀卵を投入。


 総命数の数が1006に変化する。

 その途端、棺から眩しい光が突然溢れ出した。


 うわわ、今度は一体、何事だ?!



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