第五十一話 上流探訪総括
「今回は上手く行き過ぎましたね、最後の僕の扱い以外は」
「倒す!」
「それは本当にすまんかった。だが吾輩も色々と大変だったのだ。勘弁して欲しい」
滝壺に飛び込むことで狼の追っ手を振り切ることにまんまと成功した吾輩たちであるが、その後片付けにはかなり骨が折れたのだ。
まあ、実際に骨を折ったのはロクちゃんと五十三番だけだが、吾輩も同じくらい苦労したと言いたい。言わせて欲しい。
まず卵抱っこロクちゃんを、さらに抱っこしてあの滝横の岩場を降りる難しさときたら。
登る時というのは、上だけを見ていれば良い。
だが下る時は、必ず下を見なければならない。恐ろしい真理である。
だが吾輩は無事、やり遂げてみせたのだ。
少し問題があったのは、地面についた時に辺りが暗くなり始めていた点であるが。
そのあと矢が運良く岩に引っ掛かって、下流に流されずに済んだ五十三番を見つけた頃には、日がとっぷり暮れてしまっていた。
ちなみに五十三番が狼に襲われて逃げ切った方法は、矢にくくり付けた紐の端を噛んで自分の頭ごと川へ飛ばしたという豪快なやり方である。
本来ならその流れてきた頭も、吾輩が釣り上げる予定だったのだが……。
その後、激しさを増す川に落ちないよう何とか五十三番を回収してホッと安堵はしたものの、すでに時刻は夜半過ぎと猫の活動時間になってしまっていた。
仕方なく手頃な岩陰に隠れ、唯一残った手斧を握りしめて一晩中、雨音を聞きながら警戒して、ようやく懐かしの洞窟に帰ってこられたという訳である。
「皆、ご苦労だったな」
「お疲れ様でしたね、ロクちゃん、吾輩先輩」
「…………倒す」
「う、元気出せ、ロクちゃん。ナイフならまた吾輩が作ってやるから。な」
「倒す!」
残念ながら今回は収穫も大きいが、損失もそれなりにあった。
ロクちゃん愛用の鉈とナイフは、胴体を切り離した際に腰に下げていた鞘帯ごと行方不明である。
手間を掛けて作った弓と矢も、矢一本を残して全滅。
さらに大物用の竿も真ん中からへし折れて、再起不能となってしまった。
ついでに予備骨の体も、また残数三に逆戻りである。
「失ったものは多いですが、得たものはもっと多いと思いますよ」
「そうだな。今回は卵だけじゃない。吾輩たちの協力連携という得難いものがあったしな」
あの土壇場に近い状況から、三体とも無事に生還できたのは何気に凄いと思う。
強力な生き物同士が争う修羅場を、なんなくすり抜けてみせたロクちゃん。
しかも数度の視界共有だけで、作戦の概要を理解して実行に移してみせる察しの良さも素晴らしい。
逃走の障害を逆に足場として利用する、天才的な発想を見出した吾輩。
それを可能にしてみせた五十三番。
全員の知恵と努力が集結したのが、今回の結果であると言えよう。
「うんうん、その証がこれだ」
「そんなにペンペン叩くと、殻が割れちゃいますよ」
「倒す?」
「そうだな、そろそろ黒棺様に捧げるとしようか」
ちょっと孵化させて棘亀を手懐けてみたいとも思うが、流石にこの洞窟じゃ狭すぎるしな。
まあ、洞窟を広げていけば、いつか飼える日が来るかもしれん。
「じゃあロクちゃん、やってくれ」
「倒す!」
ずっと抱きかかえていた卵を、ロクちゃんは思い切りよく棺へ投げ込む。
ここでグシャっと割れたりしたら立ち直れなかったかもしれないが、そんなこともなく黒棺様はすんなり捧げ物を受け入れてくれた。
「それじゃ、確認と行きますか」
<能力>
『土の精霊憑き』段階0→1
『反響定位』4『気配感知』4『頭頂眼』3『末端再生』2『麻痺毒生成』2
『視界共有』2『臭気選別』1『火の精霊憑き』1『腕力増強』1『賭運』1
『危険伝播』1
<技能>
『判定熟練度』 段階9→10→『鑑定熟練度』 段階0→1
『見抜き熟練度』 段階5→6
『投擲熟練度』 段階3→4
『忍び足熟練度』 段階1→4
『弓術熟練度』 段階1→3
『棒扱い熟練度』10『刃物捌き熟練度』10『投げ当て熟練度』10
『火の精霊術熟練度』10『長柄持ち熟練度』10『叩き落とし熟練度』9
『身かわし熟練度』9『動物調教熟練度』4『短剣熟練度』4
『片手斧熟練度』4『骨会話熟練度』3『片手棍熟練度』2
『片手剣熟練度』2『両手斧熟練度』2『両手槍熟練度』2
『投斧熟練度』1『火の精霊術熟達度』1
<特性>
『圧撃耐性』 段階5→6
『刺突耐性』8『打撃耐性』8『炎熱耐性』5『腐敗耐性』3
<技>
『念糸』 段階7→8
『狙い撃ち』 段階5→6
『早撃ち』 段階0→2
『飛び跳ね』 段階0→1
『棘嵐』 段階0→0
『しゃがみ払い』6『三段突き』4『齧る』3『痺れ噛み付き』2『頭突き』0
『爪引っ掻き』0『体当たり』0『くちばし突き』0『三回斬り』0
<戦闘形態>
『弓使い』 段階1→3
『二つ持ち』5
今回、上がってない物はひと纏めにしてみた。
「さて能力はやはり来たか、精霊憑き」
「あ、これも僕は駄目な感じですね」
ロクちゃんも黙っているのを見るに、二体とも上手く使えないらしい。
吾輩に言わせれば、これはマジで凄いとしか言いようがないが。
足元の地面に手を付けてみる。
そのまま持ち上げると、土が塔状に地面から盛り上がった。
と言っても、どうも足首の少し上辺りまでが限界のようだ。
これは火に比べて動かし難いというか、反応が何だか鈍く感じるな。
「あ、出ましたよ。土の精霊術熟練度」
「もう少し鍛錬すれば、色々使い勝手は良さそうだが」
動かす素材である土はそこら中にあるから、練習場所を選ばないのは助かる。
その辺りは毎回、火打ち石が要る火の精霊術に比べると圧勝か。
「技能は判定が消えてしまったな。で、代わりに鑑定と……これも凄いな」
「ええ、ビックリですね」
判定熟練度は生き物の強さを見抜ける技能だったが、どうやら鑑定になると対象がさらに広がったようなのだ。
具体的にいうと無機物の強さ、うーん耐久度と言った方がいいか。
それっぽい影が見えるようになったのだ。
「洞窟の壁はけっこう脆いんだな。影がかなり薄いぞ」
「て、棺を見て下さい、吾輩先輩」
「………………何だ……これは……」
鑑定を通して見た黒棺様は、どす黒い闇がさらに凝縮したかのような濃さだった。
「これ絶対に壊れないんじゃないかな」
「そう考えると、安心して放ったらかしに出来ますね」
「ふむ、その辺りは今のままでいいだろう。あとは投擲と弓術は五十三番が、忍び足はロクちゃん、見抜きは吾輩が頑張った証だな」
「倒す!」
「今回は倒せる機会がなかったもんな。うんうん、次はいっぱい倒そうな」
「たおーす!」
耐性は特にないか。
川に流されてたので、溺水耐性とか出るかと期待してたんだが。
「技は弓関連が増えたな。念糸と狙い撃ちも上がったし。あと早撃ちか。使う場面が多そうな技だな」
「飛び跳ねもいいですね。これはロクちゃんのお手柄かな」
「ああ、泥地獄から抜け出した時のか。よく見たら亀の棘攻撃も入ってるんだな」
「吾輩先輩が死にそうになった時ですかね」
あれは本当に冷や汗をかいた場面だった。
改めて今回は、無茶が過ぎたと反省しておこう。
「ちょっと川の上流見学のつもりが、大変な目にあったな」
「これに懲りて、雨が止むまでは大人しくしてますか?」
「いや、今からもう一度、あの崖の上に行く予定だが」
そう言って、吾輩は踏み鋤を持ち上げてみせた。




