第五話 初めての光景
音だけで構成されていた色のない世界が、急速に変わっていく。
眩しぃぃぃいいい!
押し寄せる光の波で、周りが一瞬で真っ白に染まった。
そこかしこがチカチカと光って、何が何やらサッパリ分からない。
気持ちよく眠っていたら、急に誰かに部屋の明かりを点けられたような猛烈な不快感がこみ上げてくる。
こんな時、目蓋があれば良いのだが、そもそも目玉もないので意味がないか。
ぼやけまくる視界にウンザリしながら、慣れるまでじっと耐える。
痛覚があったら涙ボロボロ状態だろうなと、しみじみ思った。
数秒か数分かは分からないが気が付くと、眩し過ぎてよく見えてなかった視界は普通に戻っていた。
いや、戻るというのは違うな。
元はなかったんだし、ここは新しく獲得したというべきか。
どうやら吾輩は、とうとう目が見えるようになったようだ。
本当なら物凄く感動するはずなのだが、明滅時間が長すぎて、あーやっとかという気持ちしかない。
もっと鮮やかに切り替わってくれたら、素直に喜べたものを。
たぶん反響定位の時と違っていたのは、それだけ視覚からの情報が多いということだろう。
吾輩の脳みそは空っぽのはずなので、もしかしたらどこか違う場所に繋がって情報が処理されている可能性もある。
だとすればこの先、感覚や能力が増えていけば、また同じようなことが起こるかもしれんな。
少しばかり用心しておこう。
さてと。
改めて自分の周りを眺めてみる。
反響定位で大体の物の形は分かっていたが、それに色が付くとなんとも新鮮だ。
部屋の壁や床は一面、茶色い土で覆われていた。
色が白っぽいところは、大きな石が剥き出しになっているのか。
床のあちこちに、黒っぽい水溜りのようなものが見える。
水音を聞いたことはないので、土に何か混じっているのだろう。
壁は天井に近づくにつれて、緑色が混じり始める。
あれは苔か草が生えているようだな。
ゴツゴツとした天井の窪みには、黒い染みのような点々が見えた。
熱の気配があるので、あれがコウモリか。
あまり広くはない。
壁や床の様子からして、たぶん天然の洞窟だと思う。
そして部屋の中央に、ドドンと居座る長方形。
明らかにこれだけ人工物なので、超不釣り合いだ。
ずっと石の棺なイメージだったが、実物は真黒だった。
鉄とも違う妙な光沢がある。
早速、文字をチェック。
よし! 増えてた。
新しい能力の名前は『頭頂眼』。
何だこれ?
頭のてっぺんに眼があるのか?
その辺りに気持ちを集中させてみたら、ぎりぎり地面に当たってない部分に何か凹みがある感じがする。
これがその頭頂眼っぽいな。
どうも人間だった時の眼に比べて、あまり解像度はよくないようだ。
逆に光を物凄く拾えている感じ。
考えてみればこんな薄暗い洞窟内で、くっきり色が見えるとかあり得ない話だ。
部屋全体が見えているので、視界はとてつもなく広い。
ただ一つの物を細かく見ようとしたら、全体がぼやけてしまう。
集中すればそれなりに見えるが、どうにも使い勝手が悪い。
ピントの調整が大雑把なのか……。
とりあえず、棺の文字を詳しく読んでみる。
『反響定位』 段階3
『頭頂眼』 段階1
『棒扱い熟練度』 段階5
『投げ当て熟練度』 段階4
『打撃耐性』 段階1
『頭突き』 段階0
『尻尾払い』 段階0
一気に三つも増えたが、尻尾払いは使えないし実質二つか。
おや、新しく耐性というのが増えているな。
うーん、これはアレか。
五十三番目が、トカゲの頭突きに耐えたせいか。
もしや今まで付かなかったのは、一撃で倒されると駄目な仕様なのか……?
しかしまあ、頭頂眼だけでたっぷりお釣りが出るかと思ったが、防御力まで上がるとは大健闘だったな。
そして期待の魂総数は508。
さっきまで502で、コウモリとトカゲが一匹ずつ追加だったな。
コウモリは2だから、トカゲは…………4……だと。
いやいやいや。
強さ的に考えて、コウモリの五倍はあったぞ、トカゲ。
ちょっとショック過ぎる。
30くらい貰えそうな気がしてたんだが。
がっくりしつつ、吾輩はそっと横の壁を盗み見る。
そこに居たのは、今回の功労者である五十三番目の無残な姿だった。
下半身は完全に破壊されており、移動どころか立ち上がることさえ不可能だ。
黄金の右腕も、残っているのは上腕骨部分だけ。
それでもなお五十三番目は、懸命に使命を果たそうとしていた。
さっきまで自分の周りに落ちている骨を左腕で拾って、天井のコウモリ目掛けて投げ付けていたのだ。
悲しいことに骨つぶては半分の高さにも届かず、全て地面へ落ちていったが。
やがて投げる骨が尽きたのか、今度は左手を地面へ突き立てて、前へ進もうとし始める。
だが胴体が重いのか、もしくは背骨が地面が刺さってしまったせいか、ちっとも動き出す気配がない。
関節がキシキシと軋む音だけが、虚しく聞こえていた。
うん、吾輩も最初はあんな感じだったな。
頭の中の命令が抜けるまでは、しばらく放って置くしかないか。
幸いと言ったらアレだが五十三番目の頭の骨は、壁にぶつかった際にちょっとひび割れが出来ていた。
そのうち吾輩のように、自意識が目覚めてくれるのを期待しよう。