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第四十九話 卵奪取クエスト 前編



 勢いで宣言したものの、今日は視察だけの予定だったので吾輩たちの手持ちの武器はほとんどない。

 ロクちゃんはナイフと鉈。

 五十三番は弓と矢が六本、あと投擲紐。

 吾輩に至っては手斧一丁のみである。あ、あと釣り竿もあるか。

 そしてもっとも致命的なのは、カゴがないので予備の骨が全くない点だ。


「真正面からあの狼一匹とやりあったら、たぶん相打ちが良いところじゃないですかね」

「そうだな。やり合う必要がないよう、戦闘は可能な限り避けるか」

「倒す?」

「今回は倒されないのが目的だよ、ロクちゃん」


 吾輩たちの目的は、あくまでも卵。

 もちろん手頃な死体や死にかけの狼がいれば回収するのもありだが、そのための無茶は厳禁だ。

 あと当然、亀本体に関しては放置一択である。

 理由は簡単で、どうみても黒棺様に収まらないからだ。


「やるべきは、亀と狼の目を盗んで卵を一つ奪うこと。胴体と道具類は惜しまなくて良い。だが頭骨だけは確実に守るように。三体の頭が無事で、卵を一つでも洞窟に持ち帰ることが出来たら吾輩たちの勝利だ」 


 勝利条件が決まったので、次は状況確認。

 現在、産卵中の亀は空き地の中央に居て、その周りを十八匹の狼が包囲している。

 卵を完全に生み終わるのを待っているようで、狼どもはそれなりの距離を開けていた。


 だがどんな集団にも、先走る奴はいるものだ。

 先ほどから三頭の狼が、執拗に亀の顔めがけて牙を突き立てようとしていた。

 そのたびに亀は首を縮めてはいるが、甲羅の中に隠れるまでとは行かない。

 一番後ろに控えている格段に大きい個体が群れの長だと思うが、もしかしたら統率力は今ひとつなのかもしれないな。


 うーん、ここからだとやや距離がありすぎる。

 作戦を立てるなら、もうちょっと情報がほしいぞ。


 吾輩の頷きに、ロクちゃんが音もなく動き出した。

 雨音に紛れるように気配を殺し、空き地にポツポツと立つ木の影の一つへ滑り込む。

 さらに次の木へ。

 そうやって少しづつ、空き地の中央へ近付いていく。


 頑張るロクちゃんを応援しながら、吾輩と五十三番も移動を始めた。

 狼たちに気取られないよう体を伏せたまま、亀の側面がよく見える位置まで回り込む。

 視点を変えて分かったのだが、この空き地はやや中央が窪んでいて、端にいる吾輩たちは高所に陣取ったことになる。

 

 これは幸先が良いなと思いつつ空き地の真ん中に視線を戻すと、すでにロクちゃんが狼たちから十数歩の位置まで接近していた。 

 恐るべしロクちゃん、凄いぞ忍び足。


「う、これは……!」


 五十三番の反応に、吾輩も急いでロクちゃんの視界を盗み見る。

 頭骨内に浮かんだ獣たちの命数は9。 

 剣歯猫と2しか違わない。

 が、問題はその器から溢れ出す影の大きさ、魂力が30近いだと!

 

「これまでだと、魂力は精々二倍だったぞ」

「もしかしたら、群れの効果かもしれませんね」


 そしてさらに亀の命数は――100。


「……………………三桁は初めてだな」

「でも魂力は、逆に減ってるように見えますね」

「もしや卵を産んだせいか?」

「生命を分け与えているってことですか」


 現状は圧倒的に亀が不利のようだ。

 どう動くか考えあぐねる吾輩を置き去りにして、事態は刻一刻と進んでいく。


 ようやく八個の卵を生み終えた大亀が、四肢を踏ん張りながら体を起こした。

 卵の大きさはまちまちだが、だいたい吾輩たちが一抱え出来るほどのサイズである。

 うん、その気になれば、抱えて走れそうだな。


 何の表情も浮かべぬまま、亀はのっそりと首を伸ばす。

 すかさず、まとわり付く狼。

 しがみついた爪先と突き立てた牙の部分から、赤い血が滲み出した。


 そこで初めて亀は、外敵に気付いたかのような反応を見せた。

 頭を左右に大きく振って狼を振り落とすと、そのまま甲羅の中に引っ込んでしまう。


 立ち向かうのではなく、ただ閉じ籠もるだけとは。

 この場面では、一番の悪手だろう。


 守りに入ってしまった亀に対し、狼どもはますます激しい唸り声を上げる。

 だが亀は沈黙を保ったままだ。


 このまま時間切れを狙うつもりかと思ったその時、亀を覆う魂の影が一気に膨れ上がった。

 何事かと大きく身を乗り出しかけた吾輩の背骨に、その瞬間、強烈な悪寒が走る。

 なんだ!


 驚いて体を低くする吾輩。

 その頭部があった場所を、凄まじい速さで何かが通り過ぎた。

 一歩遅れて、風圧と風切音がやって来る。

 

 唖然としながらも、吾輩はその正体を即座に理解した。

 ――棘だ。


 大亀の甲羅がわずかに膨らんだ後、背中の無数の棘が四方八方にばら撒かれたのだ。

 二の腕ほどの太さと長さを持つ凶器は、容赦なく周囲を圧倒した。


 あちこちの地面が抉れ、直撃を受けた木は無残にも幹に大きな穴が穿たれていた。

 おいおい、ちょっと反撃にしてはやり過ぎだろう。


 メリメリと音を立てながら、一本の木が半分にへし折れて地面に倒れ込む。

 その残った幹の陰から、ロクちゃんの頭部がちらりと覗くのが見えた。

 危機一髪だったのか。


「良かった、ロクちゃんは無事か」

「吾輩先輩も無事で何よりです。ロクちゃんに助けられましたね」

「何の話だ?」

「背骨に電気みたいなのが走ったでしょ。僕もあの時、感じましたよ」

「それってもしや、…………危険伝播か?」

「だと思いますよ」 


 吾輩たちよりも亀に近かったロクちゃんが攻撃を受けたことで、危険信号が寸前で伝わってきたのか。

 おかげで吾輩も、ギリギリで警戒できて助かったと。

 うむむ、滅茶苦茶有能じゃないか、危機伝播。


「見てください、吾輩先輩」


 五十三番の指摘に、吾輩は慌てて空き地へ顔を向ける。

 そういえば、狼どもはどうなった?

 あれ、何も変わってないぞ……。


 相変わらず空き地では、狼どもが亀をぐるりと取り囲んでいた。

 さらにその内の三頭が、再び頭を出した棘亀に挑みかかってる。

 

 いや変化はある。

 まず亀の甲羅の棘が、明らかに短くなっていた。

 それに狼どもの数も減っていた――十五匹しかいない。 


 改めて見直すと最初に挑発を繰り返していた三頭は、全身のあちこちに棘を生やして地面に転がっていた。

 無慈悲な雨に晒される体の周囲に、赤い水たまりが広がっていく。


「棘が出た瞬間、距離を取っていた狼たちは跳んで躱してましたけど、側に居たのは――」

「間近に居たせいで、避けきれなかったと。む、なんだアレは……」


 新たな三頭の狼の猛攻に耐えつつ、亀は何かを待っているようだった。

 それはすぐに明らかな変化となって現れる。


「おい! 見ろ、棘がまた生えてきてるぞ」

「…………いえ、アレって土じゃないですか?」


 五十三番の言葉通り、それは土であった。

 棘亀の体を支える地面が盛り上がり、その太い脚を伝って甲羅を包んでいく。

 そして蠢く土たちは短い棘に覆い被さり、天に向かって屹立し始めた。

 余りにも不自然なその動きに、炎を自在に操れる吾輩は即座に心当たりを口にする。


「あの亀、もしや土の精霊憑きか!」

「だとしたら、これで狼どもが一気に不利になりましたね」


 棘がいくらでも再生するのだとしたら、勝ち目はどう考えてもないだろう。

 唯一のチャンスは棘が生えてくるまでの時間であるが、なぜか狼どもは積極的に攻撃を仕掛けようとはしない。

 戦力の逐次投入は愚の骨頂だと、吾輩でも重々承知しているぞ。

 しかし愚かな骨の頂きって、随分と失礼な表現だな、まったく!


 固唾を呑んで見守る中、亀は再び甲羅に閉じ篭った。

 慌てて頭を下げる吾輩と、ゆっくりと指を折って数え始める五十三番。


 十本目の指が折られた瞬間、風を切る音が派手に響き渡る。

 どうやら亀が引っ込んで、ちょうど十秒後に棘が発射されるらしい。

 覗き込んだ空き地ではさらに二匹の狼が倒れ込み、唯一助かった一匹は後ろ脚から血を流しながら、森の方へ仲間に引き摺られていくところだった。


 そして狼の頭目が低く唸ると、またも三頭が躍り出て亀へ挑み始めた。


「このままじゃ、狼どもの負けは確実ですね」

「いや、そうでもないぞ……もしや、これが狙いだったのか。いやはや、獣も馬鹿でないな」


 この戦いが始まる前から、ずっと続いていたもの。

 それは天から滴る雫――雨だ。


 一面に降り注ぐ雨のせいで、気がつけば大地は酷くぬかるんでいた。

 堅さを失った土たちは亀の甲羅に取り憑くが、真っ直ぐな棘を形成できずに崩れて落ちてしまう。

 

 三度目に放たれた棘の嵐は、ただ泥を撒き散らしただけに終わった。

 当たれば流石に打ち身くらいは出来るだろうが、今までの殺傷力とは比べ物にならない。


「……狼どもはこれを見越して、囮を使って棘を撃たせていたんだな」 


 棘の威力が激減したことを悟った狼どもは、一斉に亀へと飛び掛かった。

 太い脚や脇腹目掛けて、続けざまに傷をつけていく。

 対する大亀は首を伸ばして噛み付こうとするが、狼どもの敏捷な動きに全くついていけてない。


「もうすぐ決着が突きそうだなって、あれ、ロクちゃんは?!」

「あそこですよ、吾輩先輩」

 

 五十三番の指差す先、それは冷たくなった狼たちの死骸であった。

 その陰に潜む白い骨。


 気がつくとロクちゃんは狼どもが目もくれない卵の山に、あと一歩のとこまで接近していた。


「い、一体、いつの間に……」

「棘が撃たれた瞬間です。狼どもが気を取られた隙に、地面スレスレを走ってましたよ」

「本当に凄いな、ロクちゃん」

「さ、そろそろ、僕らも出番ですね」

 

 そう言いながら、五十三番は鏃をガリッと噛んで見せた。

 その仕草、ちょっとだけカッコイイじゃないか、おい。


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