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第四十八話 狼亀の争い



 滝の左側に大きな岩が積み重なっており、意外と傾斜がついていた。

 頑張れば登れそうではあるが、足を滑らすと滝壺に落ちて一巻の終わりであるのは間違いない。

 流石の吾輩たちも、水面に叩きつけられてバラバラになって流されたら無事では済まないだろう。


 だがロクちゃんは恐れる素振りを微塵も見せず、素早い身のこなしで岩肌を登っていく。

 その背後に、五十三番がひょいひょいと軽い足取りで続く。


 じっくりと二人の動きと登攀経路を確認した吾輩は、なるべく滝の方は見ないようにして岩場に一歩、足をかけてみた。

 同じ骨である以上、吾輩にも出来るはずだが――おおっと、予想以上に危ないぞ。

 足元が濡れているせいか、危険度が物凄く増しているじゃないか。

 思わずノリで行くしかないとか言ってしまったが、これ吾輩は下で待機したほうが良いんじゃないかな。

 うん、そうするか。

 

 見上げると、すでにロクちゃんと五十三番は崖上近くまで到達していた。

 狼どもの姿は、とうに消えている。

 やつらは遠吠えを済ませると、あっさりと立ち去ってしまっていた。


 崖の向こうを覗いていた五十三番が、こっちを見下ろして上がってこいと催促してくる。

 吾輩が腕を交差して×印を作ると、やれやれと言った風に首を横に振りやがった。


 そして自分の空っぽの眼窩を指差してから、またも顔を崖の向こう側へ戻す。 

 ああ、視界を覗いてみろってことか。


 意識を集中させた吾輩の頭骨内に、切り取られた光景がスッと浮かぶ。



「――って、なんだこれは!」



 どうせ黒い森が広がってるんだろうなと、ありきたりな眺めを予想していた吾輩は思わず歯音を立てる。

 慌てて五十三番を見上げると、何か意味深に頷いてきた。

 これ見よがしで、アイツはたまにちょっと腹立つな。


 しかし、アレが本当に見えた風景なら………。

 確認したいという強い思いが、吾輩の体を突き動かす。

 うん、下は見ない。見てはいけない。

 手元だけを見て、足場は二度踏んで確認してと。

 よしよし、この調子だ。


 うるさすぎる滝音と雨のせいで逆に集中できたのが良かったのか、特に危険な状況はなくあっさりと二体へ追いつける。

 そっと崖の縁に手をかけて、頭部のさきっぽだけ突き出す。

 こんな時、頭の天辺近くに目があると、見つかり難くて便利だなと改めて思う。

 もっとも釣り竿は折り畳めないので、ピョコンと突き出してしまっているが。


 眼前には、先ほどと全く同じ風景が広がっていた。

 いや、少し違うな――さっきより狼が増えているぞ。


 その狼どもが群がる相手、吾輩の眼を真っ先に捉えた存在は――。


「亀だな」

「………亀ですよね」

「倒す?!」


 そこに居たのは、どでかい亀であった。


 ぼっこりと丸く膨らむ甲羅の大きさは、小高い山……は大袈裟か。

 しかし少なくとも傍らの木を余裕で追い越しているので、大人三、四人分の背丈を足したくらいはありそうだ。

 周囲を取り囲む狼どもが、甲羅の縁にギリギリ届くサイズだと言えば分かりやすいか。


 そのうえ亀の甲羅は、ただ大きいだけではない。

 表面から太い棘が、びっしりと突き出していた。

 棘の大きさは吾輩たちの二の腕ほどで、鋭利な刃物のように尖っているわけではないが、十分な殺傷力を秘めているように見える。


 それを灰色の毛皮をまとった狼どもも心得ているのか、がむしゃらに飛びかかったりはせず、やや遠巻きに囲むだけに留めていた。

 再び一際大きい奴が、天に向けて遠吠えを放った。


 しばらくの間を置いて、遠くの方でそっくりな吠え声が聞こえてきた。

 そうか、仲間を呼んでやがるのか。


 亀の方は地面に伏せたまま、じっと雨に打たれるままであった。

 こちらも何かを待っているように思える。


「どうします? 吾輩先輩」

「今日は、ちょっとした様子見のつもりだったしな………。狼に出会えて少し張り切ってしまったが、アレを相手にするのは無茶じゃないか」


 そう言いながら、吾輩は周囲を見回した。

 亀と狼に気を取られすぎて、状況確認がおろそかになっていたな。

 

 崖の上は開けた地形となっており、想像していた木々の群れはなかった。

 一応、まばらにポツポツと生えてはいるが、森と呼ぶには程遠い状態だ。

 

 目を奥に向けると立ち並ぶ木立が見えるので、そこから森が始まっているようだ。

 さらに視線を上に向けると、真っ黒な煙を吹き上げる山が遠目に見える。

 アレが、火龍イグナイが棲むという火吹き山か。


 滝につながる川は曲線を描いて、空き地の縁を沿うように流れていた。

 降り続く雨のせいで、かなり勢いが増しているようで、今にも溢れ出しそうだ。


「あ、見てください!」


 五十三番の緊迫した声に、吾輩は意識を正面に戻す。

 目に飛び込んできた光景が、吾輩の頭骨内にピッカリと明かりを灯した。


「なるほど! アイツラはこれを狙っていたのか」

「倒す!」

「そういやロクちゃん、狼は平気なんだな」


 興奮して狼たちを指出すロクちゃんを見ながら、奴らの狩りの目的が明らかになったことに吾輩の心も湧き踊る。

 狼どもの狙い、それは今まさに産み落とされている大亀の卵であった。

 尻尾を持ち上げた亀のお尻から、巨大な卵が顔を半分ほど覗かせている。


 どうやら棘を生やした大亀は、ここで産卵中だったようだ。

 それを狼どもが嗅ぎつけて、仲間を呼んで取り囲んだという訳か。 

 もしかしたら卵だけでなく、産卵で力を使い果たした母亀も目的なのかもしれないな。


 さて、それを知った吾輩たちはどうすべきか。

 このまま見学して、無理をせずに引き揚げる?


 安全確実に行くなら、それも良いだろう。

 しかし、今のような機会が、そうそう訪れてくれないのも確かだ。


 なら、どうすべきか? 

 そう、大きなものを掴むなら、時に危険と手を取り合う必要がある。

 むしろ何も行動を起こさないほうが、本当の危険であるとも言えるしな。


 吾輩は、戦友たちの顔を黙って見つめた。

 二体とも、何も言わず吾輩を見返してくる。

 …………覚悟は十分か。


「よし、あの卵を横取りするぞ!」

「ええ、その言葉を待ってました」

「倒す! 倒す! 倒す!」

「異存はないか。では、漁骨の利作戦を開始するぞ!」


 

 そういうことになった。



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