第四十五話 ルーチンワーク
明け方は昼行性と薄明性の生き物が同時に動くため、吾輩たちにとっても狩りの良き機会である。
今日の獲物はカラスが三羽に、なんと単独の犬に遭遇。
相変わらずロクちゃんは犬が苦手な感じだったが、たいした損耗もなく無事に捕獲できた。
昼前に洞窟に帰り、カゴを背負って餌と骨探しに出掛ける。
五十三番とロクちゃんは、投擲や互いに武器を使っての組手練習をしている。
耐性はほぼ上がらなくなってきたが、熟練度はたまに上がるのでそれなりに成果はあるらしい。
あとは洞窟の拡張も順調だ。
踏み鋤と鍬を使って、横穴を作ってくれている。
現在、ネズミの飼育部屋と素材倉庫を兼ねた工房が完成し、さらに新しい通路も掘削中である。
掘り出した土と石は、人気の全くない東側の丘陵地へ捨てに行っている。
吾輩の方は川原で子供たちに餌やりを終えてから、夕方前に洞窟に戻る。
最近は手振りだけで、集合や整列が出来るようになってきた。
あとアルの釣りの腕前も、順調に上がっているようだ。
子供たちが居らず、日が高いうちに洞窟に戻れた時は道具の作成もしている。
現在、取り組んでいるのは弓作りだ。
かなり良い堅さの木を見つけたので、手頃な枝を真っ直ぐに削り上下を細くして、しなりが生まれるようにする。
持ち手の部分はなるべく削らず、硬性を残しておくのがコツだ。
最初のうちは握りやすいだろうと削りすぎて、真ん中からへし折れてしまったしな。
弦はお馴染みの木の皮だ。
よく乾かしておいたのを、互いに巻きつける感じでより合わせていく。
これも繊維の向きを揃えると、切れにくくなることに最近気づいた。
そして肝心の矢は、細い枝を真っ直ぐになるよう削って作る。
実はこれが一番難しい。
少しでも歪みがあると、かなり着弾点がぶれてしまうらしい。
それに輪をかけて手間がかかるのが鏃だ。
鏃は黒曜石をまず菱形に削り、下部分に突起が出来るよう三角型に仕上げる。
ここでよく割れたりするので、ちょいちょい面倒である。
だが突起がないと矢に結びつける方法がないため、今は我慢するしかない。
最初は鏃をつける矢の先部分に割れ目を作り、そこに尖らせた黒曜石を挟んでいたのが、これは意外と簡単に落ちてしまう。
しかも矢自体は刺さりやすいが、抜けやすくもあり、獲物にたいした傷をつけることが出来ない。
それで抜けにくい引っ掛けがある三角鏃を作ったのだが、固定がさらに難しいため余計に鏃が落ちやすくなってしまった。
そんなわけで、最終的に三角鏃の下部に突起を作って固定しやすいものに落ち着いたのだ。
それと矢羽は、カラスの羽をちぎって片羽にして形を整えてから樹液で貼り付けてある。
粘着く樹液は黒樹林、蜘蛛の巣が大量にあった場所の先まで行って調達している。
噂の黒い甲虫に出会ったことはない。
こいつらは多分、夜行性なのだろう。
日が落ちる寸前に、薄暮性の生き物を狙って三体で森を巡回する。
ネズミを連れていけば、それを狙ったムカデやトカゲにちょくちょく出会えるので中々に便利である。
月が昇る切る前に森から撤退して洞窟に戻る。
剣歯猫の狩りの時間帯であるからだ。
胴体のストックが減ってきた現状では、あまり無茶はしたくない。
再戦はもう少し熟練度を鍛え、道具が揃ってからだと考えている。
夜半に洞窟に戻ってから、明け方までは自由時間だ。
五十三番とロクちゃんは、東や西方面の探索に出掛けることが多い。
この間は街道側まで行ってきたそうだ。
吾輩はネズミの躾けをしたり、たまに釣り竿作りに精を出している。
糸がほしいので猫除けの服を解体したいと行ったら、五十三番に怒られた。
仕方がないので、今は粘糸が使えないか試行錯誤中である。
蜘蛛のは無理だったが、芋虫の黒い糸は粘り気が少なく、お湯で洗えば何とか糸にできそうだった。
それで花園に糸取りに行きたいと提案したら、五十三番に説教された。
明け方前に二体が戻ると、また生き物を狩りに出掛ける。
そんな感じで、吾輩たちはかなり順調な毎日を過ごしていた。
現在の能力は、こんな感じである。
能力
『反響定位』 段階4
『気配感知』 段階3→4
『頭頂眼』 段階2→3
『末端再生』 段階2
『麻痺毒生成』 段階2
『視界共有』 段階1→2
『臭気選別』 段階1
『火の精霊憑き』 段階1
『腕力増強』 段階1
『賭運』 段階1
『危険伝播』段階0→1
技能
『棒扱い熟練度』 段階10
『刃物捌き熟練度』 段階10
『投げ当て熟練度』 段階10
『火の精霊術熟練度』 段階10
『長柄持ち熟練度』段階10
『叩き落とし熟練度』段階8→9
『身かわし熟練度』 段階8→9
『判定熟練度』 段階8→9
『見抜き熟練度』 段階5
『動物調教熟練度』段階4
『短剣熟練度』 段階3→4
『片手斧熟練度』 段階3→4
『投擲熟練度』 段階2→3
『骨会話熟練度』 段階3
『片手棍熟練度』 段階2
『片手剣熟練度』 段階2
『両手斧熟練度』 段階2
『両手槍熟練度』 段階2
『忍び足熟練度』 段階0→1
『弓術熟練度』 段階0→1
『投斧熟練度』 段階1
『火の精霊術熟達度』 段階1
特性
『刺突耐性』 段階8
『打撃耐性』 段階7→8
『圧撃耐性』 段階4→5
『炎熱耐性』 段階5
『腐敗耐性』 段階3
技
『しゃがみ払い』 段階6→7
『念糸』 段階5→7
『狙い撃ち』 段階3→5
『三段突き』 段階0→4
『齧る』 段階3
『痺れ噛み付き』 段階2
『頭突き』 段階0
『爪引っ掻き』 段階0
『体当たり』 段階0
『くちばし突き』 段階0
『三回斬り』 段階0
戦闘形態
『二つ持ち』 段階5
『弓使い』 段階0→1
総命数 787
ネズミは子供が増えるたびに、適当に黒棺様に捧げていたので気配感知は4になった。
だがあまり感覚に変化ないところを見るに、奇数段階の場合のみ成長が大きいのではと思う。
それはトカゲの捕獲数がついに五十を超え、3段階に上がった頭頂眼でよく分かる。
視認できる色数が増えたようで、前よりも鮮やかに見えるようになったのだ。
短剣や片手斧が地味に上がったのと、移動系が上の段階になった点も注目箇所か。
抜き足と差し足が10になって消え、その上位の忍び足が現れた。
どうも初期技能は上がりやすいのだが、中期技能からは中々に上がりにくくなるようだ。
あと弓を作ったせいで、弓術が発現したのも大きい。
ここでさらなる驚きが、弓使いという戦闘形態の出現だ。
これで特定の武器を持つ行為が、戦闘のスタイルを確立させることが実証できたな。
あと増えたのは技の三段突きか。
これはロクちゃんが、対芋虫戦で編み出したやつである。
狩り慣れた生き物を狙ってるせいで、総命数は順調に増えて700代となった。
このペースだと1000到達も、それほど遠くはない気がしてきたぞ。
▲▽▲▽▲
逃亡農民たちの集落の長を務めるゾーゲンは、机の上に置かれた代物を見て深い溜め息を吐いた。
それは小さくよれた糸の塊だった。
だが、ただの糸ではない。
手触りが絹糸と同じくらい滑らかなのた。
しかし、見た目は全く異なっている。
その糸の塊は、闇夜を思い出させるほどに黒かった。
漆黒の光沢を持つ糸は、人目を惹き付けて止まない魅力を周囲に惜しげもなく放つ。
うっかり触りかけて、ゾーゲンは慌てて正気を取り戻した。
ゾーゲンの知る限り、絹糸とは真っ白なはずだった。
だがこの糸は見紛うことなく真っ黒だ。
もっともゾーゲンの絹の知識は領主の館に呼ばれた際に、窓に下がっていた窓掛けを少しばかり触らせて貰ったぐらいであるが。
そしてその館もゾーゲンが治めていた村も、小鬼どものせいで、とうの昔に地図からは消えてしまっている。
それでもゾーゲンは、あの時の絹の手触りを今もハッキリと覚えていた。
あれ程の滑らかさは、生まれたての我が子の頬と同じかそれ以上であったと。
再び目の前の黒い絹糸に指を伸ばしかけて、ゾーゲンは慌てて手を止めた。
生唾を飲み込んで、黒い糸の出処を改めて思い直す。
この糸は先日、息子のニルが遊んでいたものを、ゾーゲンが驚いて取り上げたものだった。
問いただすと川原で拾ったのだと言い出した。
そういえばたまに姿が見えない時があったが、どうやら兄のアルデッドと一緒に知らぬ間に上流へ行っていたようだ。
前にも魚を大量に持ち帰ってきたことがあり、怪しいとは思っていたのだが……。
この集落の北に広がる森林は、黒腐りの森と呼ばれている。
万古の神代、かの地には名を持たぬ神が封ぜられたとの言い伝え、ゾーゲンは耳にしたことがある。
その神は誰よりも深く他者の死を望んだと言われ、忌まわしさのあまり、名を呼ぶことさえ許されなかったと聞く。
忌神が残した呪いは今なお森の奥深くに残っており、そのせいであの森に生まれたものは黒い外見を持つ。
そして並のものよりも大きく猛々しい。
それ故かの森へ踏み入ると、呪われた獣どもの餌食とされてしまうと言われ、近寄る者は誰一人いない。
そんな危険な場所であるが、このところ村では怪しい噂話に事欠かない有様だ。
もっとも多いのは、森を歩き回る不審な影らしきものを見かけたという話である。
この間は、街道沿いにまで現れたそうだ。
それに加え、村の女衆が川で洗濯中に誰かの足の指を拾ったり、誰も居ないはずの森から煙が上がっていたりと。
極めつけは盗賊の話である。
街道を荒らし回っていた連中が、ある日いきなり消息を絶ったのだ。
前触れもなくあまりに唐突過ぎたため、黒腐り森の森をねぐらにしていたから、森の呪いで全身が腐り落ちたとかの噂まで出ていた。
その屍たちが、今も森の中を彷徨っているとも。
北の森はそれほどまでに恐ろしい噂に溢れていた。
深々と息を吐き出したゾーゲンは、またも目の前の黒い塊を見つめる。
この糸を精製し布に仕上げて都へ持っていけば、いかほどの値段がつくのであろう。
美しさで言えば白い絹よりも、遥かに素晴らしいとも思える。
だが、この糸をどうやって集めればいい?
森へ近付くことを考えただけで、ゾーゲンの背筋に冷たい汗が流れた。
頭を振ったゾーゲンは、腕組みをしながら宙を睨む。
確かに今の村には大金が必要だが、そのために命を投げ捨てるのは論外だ。
しかし間もなく訪れるであろう災厄を前に、村の蓄えはほとんど残っていない。
何も思いつけず、村長はその日何度目か分からぬほどの溜め息を漏らした。
「…………もうすぐ龍の雨季か。なんと忌々しい」




