第四十四話 増えゆく配下
洞窟を出て北へ向かうと、すぐに赤い実をつけた茂みに出会う。
これは、よく食わしてるやつだから大丈夫と。
適当に摘んで、背中のカゴに放り込む。
そこから西へ進むと、見慣れないキノコに覆われた倒木を見つけた。
小さな茶色い傘が、あちこちから突き出している。
「これは食えるのか?」
「チィ」
毒見役に連れてきた一匹にキノコの欠片を差し出すと、匂いをスンスンと確認した後、パクリと食べ始める。
大丈夫のようだ。
これも取りすぎないよう手加減しながら、カゴに入れていく。
「この木の実は食うか?」
少し高い位置に生っていた黄味がかった実を差し出すと、匂いを嗅ぐ前にサッと避けられた。
これは無理らしい。
「チッチ!」
違う一匹が鋭い鳴き声を上げて、吾輩の注意を引く。
声の方向を見ると、木の根元に白い何かが見えた。
近付くとそれは、見慣れた吾輩たちの一部であった。
上腕部から手首まで綺麗に残っている。
「おお、でかしたぞ」
手はよく壊れるから、予備はいくらあっても良い。
骨の下から虫が出てきたので、見つけたネズミに投げ与える。
洞窟から離れると木の高さが増していき、同時に視界はどんどん薄暗くなっていく。
落ち葉の層も厚くなって来て――。
チョロチョロと先を歩いていたネズミが、不意に小さな悲鳴を上げる。
見ると地面から現れた長い影が、ネズミに巻き付いている。
近付いて確認すると、影の正体は落ち葉の下に潜んでいたムカデだった。
「お、釣れたか」
早速、鉈で一撃して半分にしてからカゴに投げ込む。
毒牙を撃ち込まれて痙攣するネズミも、一緒にカゴに入れておいた。
ついでに落ちていたドングリっぽい実も拾う。
カゴが半分ほどになったので、引き返しがてら南に進路を変えた。
自然にできた道のような場所を通りながら、途中の茂みや木の枝から果実を集めていく。
しばらく進むと水の匂いがして、せせらぎの音が聞こえてきた。
川の近くまで下りてきてしまったようだ。
「ついでだし、魚も取ってやるか」
カゴを背負ったまま川原へ足を伸ばすと、またも聞き慣れた声が頭骨の中に響き渡る。
どうやら、またあの子供たちが来ているのか。
以前であれば避けて帰っていたが、動物調教の熟練度を得た今の吾輩では恐るるに足りないな。
どれ、少しばかり躾けてやるとするか。
上手く行けば、便利に使えるかもしれんしな。
吾輩が茂みから姿を現すと、子供たちは一瞬ギョッとした後、なぜか大きな悲鳴を上げた。
口々に叫びながら、パニック状態で逃げ惑う。
余りの大声ぶりに唖然としていると、一人だけ冷静だった少女が子供たちを一喝した。
「あんたたち静かになさい! 御使い様の前で失礼でしょ!」
その声で子供たちは、ピタリと悲鳴と動きを止めた。
結果に満足した少女は、吾輩の方へ振り返ると深々と頭を下げる。
そしていそいそと近付いてきて、吾輩をじっと見上げてきた。
「お久しぶりです、御使い様。今日はお召し物がとてもお似合いですね」
ああ、そういえば猫除けの服を着ていたんだったな。忘れていた。
もしかして、子供が怯えたのはこのせいか。
「あら、お荷物がいっぱいですね。何かお持ちしましょうか?」
首を横に振ると、確かロナという名前の少女は、露骨にガッカリとした表情を浮かべる。
一方的に話しかけてくる少女に、動きを止めていた子供の一人がこわごわと声を掛けた。
「そ、その骸骨さんって、前と同じ骸骨さんなの、ロナ? 何か服着てるし、変なカゴ背負ってるよ」
「どう見たって御使い様でしょ! あんたって本当に失礼ね、アル」
「ご、ごめんなさい」
相変わらずの主従関係のようだ。
そして前と変わらず、今回も少年は木の枝を握りしめている。
若干前と変わっていたのは、枝の先に細い糸がついていた点であった。
お、釣りをしていたのか。
興味が湧いた吾輩は、近づいて釣り竿をじっくりと眺める。
いや竿と呼ぶには余りにもお粗末だな。しなりは全くないし重心も悪い。
本当に棒の先に糸を付けただけの代物だ。
そもそも針がついていないぞ。
意図が分からず糸の先を指差すと、少年は大慌てで首を横に降って震えだす。
お互い通じず困っていると、少女が助け舟を出してくれた。
「御使い様は、それは何かお尋ねしてるのよ」
「え、あっ、これはその、これを釣ってたんです」
少年は指差したのは、石を積んで出来た囲いであった。
中を覗き込むと、小さなカニが一匹見える。
お、沢蟹釣りか。それなら針は不要だな。
興味が湧いた吾輩は、辺りを見回して小さな小枝を見つけた。
鉈で指一本ほどの長さに切り落とし、左右を尖らせて、真ん中には糸を撒く窪みを作る。
出来た針を糸の先につけてやり、ついでに糸の長さも調整して竿と同じ程度にしておく。
さらに浮き代わりの小枝を結んで完成だ。
川原の石をひっくり返して細長い虫を見つけ、針の両端に突き刺してから川へ投げ込む。
ほぼ人が近寄らないのか、無警戒に近い魚はあっさりと食いついた。
浮きが沈んでから、一呼吸置いて竿を引くと簡単に釣り上がる。
うむ、直針でこれなら、曲針だともっと確実に釣れるな。
だが、流石に小枝で作るのは加工が難しいか。強度も今ひとつだろう。
それなら骨を削るのはどうだ。
時間は掛かるが、きっと良い針が出来るぞ。
物思いに耽ってしまった吾輩だが、ふと顔を上げて驚く。
気がつくと集まっていた子供たちが皆、キラキラした瞳で吾輩を注目していた。
「すごい!」
「お魚、釣れた!」
「釣れた!」
大はしゃぎで飛び跳ねているのは、そっくりな二人の幼女と同じ年頃くらいの男の子だ。
うん? こないだより一人多いぞ。
疑問に思った吾輩が男の子を指差すと、ロナがハキハキと教えてくれた。
「その子はアルの弟で、ニルって言います」
えっと、ロナと双子の妹にアルとその弟か。
どんどん増えてややこしくなって来たな。番号にすれば覚えやすいのに。
口を開けたままのアルに、釣り竿を返し川を指差す。
今度は首を縦に忙しく振りながら、少年は慌てて虫を捕まえると釣り竿を川に向けた。
取れた魚をどうしようかと視線を戻すと、熱心にこちらを見つめてくる子供たちと目が合う。
その口元から、涎がタラリと垂れていた。
どうやら、また腹を空かしているようだ。
ネズミたちを手懐けた手法を思い出した吾輩は、カゴを下ろし取り立ての木の実を子供たちに手渡してやる。
まあ、少しくらいなら、分けても大丈夫な量だしな。
ワッと歓声を上げて、小さな子供たちが飛びついてきた。
うむむ、なんと餌付けしやすい生き物だ。少しは疑え。
「あ、ありがとうございます。御使い様」
薄っすらと涙を浮かべた少女も、うやうやしく木の実を受け取る。
森に入ればいくらでも取れるのに、少し大袈裟過ぎないか。
果物を貪り食う少女たちの横で、魚がかかったのか少年が歓声を上げる。
どうやら、吾輩への恐怖心はすっかり失せてしまったようだな。
ペタペタと吾輩の足に触れてくる幼女たちを見ながら、これで良かったのかと吾輩は自問する。
……ちょっとこいつら、いきなり距離を詰めすぎじゃないか。




