第四十二話 恐怖の花園
頭一つの身になって半年近く。
侵入してきた生き物を撃退したり、ポン骨仲間が増えたりと色々あったが、とうとう骨の体に戻ることが出来た。
戻ったあとは、新たな侵入者と戦ったり、拉致されたりと大忙し。
だがついに、吾輩たちは奴らの本拠地を壊滅させた。
能力は増え、道具も少しづつ揃ってきた。
しかし、まだまだ吾輩たちは弱い。
もっともっと強くなって生命を集め、黒棺様に捧げなければならぬ。
…………うむ。
同じようなことの繰り返しで、思うように前に進めてない気もするが、そこは深く考えないようにしよう。
地道に一歩ずつが、今の吾輩たちのモットーだ。
ただ道というのは当然、道標があってしかるべきである。
なので当面の指標を立てることにした。
まず第一とする大目標は、黒棺様が望む限りの魂を捧げること。
手始めの達成値として、目指すのは総命数1000だ。
これは単純にキリが良いのと、始まりが1000からだったのが理由だ。
まずは初期の数値まで総命数を戻してからが、真のスタートラインとも言えるし。
次に中目標として、吾輩たちの強化。
もっともっと鍛えて、他の生き物を圧倒できるほどの強さを手に入れたい。
さらに個別の目標として、得意な武器の熟練度をどれか一つ灰色達成にしようも立ててみた。
吾輩はすでに火の精霊術の達人であるが、そこに驕らず新しい技能もどんどん鍛えていかないとな。
最後に小目標として、生活環境の改善。
もっと道具を増やし武器や防具を充実させつつ、洞窟を難攻不落の要塞にしたい。
そのためには素材集めと同時に、仲間を増やすのも重要だ。
よって、これの一番の目標は骨仲間探しである。
あと予備の骨胴体も減ってきたので、それも集めないとな。
「以上をふまえて、お勧めの遠征場所はあるかい?」
「骨集めをしつつ生き物を探すなら、洞窟から近い場所がいいですね。うーん、まだ行ってないところだと、沼と黒樹林は遠すぎるか」
「火吹きトンボと黒い甲虫がいた場所だな。出来ればもう少し修行になるような生き物が良いな」
「強い相手ですか……。うん、そうですね。そろそろ、ここ行ってみます?」
五十三番が意味ありげに指差したのは、地図の真ん中からやや上。
花が咲き乱れていた原っぱだった。
「生き物の気配が大量にあったとかいう場所か」
「はい、かなり手強そうでしたから、今の僕たちにピッタリかと」
行き先が決まったので、早速出掛ける準備をする。
今回はカゴだけで、背負い袋は置いていくことにした。
素材にある物を使ったので、意外とカゴが重くなってしまったせいだ。
それと前回の教訓を活かし、火打ち石は腰骨に巻いた荒縄に吊るした革袋の一つに入れてある。
この袋は犬男の履いてた靴に穴を開けて、そこに縄を通してぶら下げただけの不格好なものだが、案外使いやすかったりする。
夜だと剣歯猫に出くわす可能性が高いので、日が昇るのを待っての出発だ。
「よし、気を引き締めて行こう」
「頑張りましょう」
「倒す!」
強敵と戦えるのが嬉しいのか、上機嫌のロクちゃんが先頭を急ぐ。
次いで五十三番、最後尾に吾輩のいつもの陣形で、森の中を素早く進んでいく。
明るい日差しに満ちた森は鳥のさえずりが響き、動き出した小さな生き物の気配で満ち溢れていた。
朝露に濡れる下草をかき分け、途中、茂みに生えているネズミが食べそうな実を革袋に詰め込みながら、吾輩たちは何事もなく花園へ辿り着いた。
誰かがわざわざ手入れして作ったのかと思えるほど、その場所はポッカリと開けた場所になっていた。
高い樹木はぐるりと広場を取り囲む位置にしか立っておらず、中央部分ははところどころに低木の茂みが生えているだけだ。
こんもりとした葉に覆われた茂みは、甘い香りを放つ大輪の真っ赤な花がひしめくように咲いている。
そして、その蜜に誘われたように――。
「…………あれって、もしかして芋虫か?」
茂みのすぐ下に見える黒い塊を、思わず指差しながら吾輩は歯音を漏らした。
ずんぐりむっくりな体型は見慣れた蝶の幼虫そっくりであったが、問題はそのサイズだった。
吾輩の膝の高さを超えるほど大きいのだ。
呆れるほどでっかいその黒芋虫は、のっそりとした動きで茂みの葉を齧り取っている。
「前々から思っていたが、この森ってちょっとおかしくないか?」
「そうですね。動物は普通の大きさなのに、一部の昆虫だけ異様に大きいですよね」
「しかも大体、見た目が黒いんだよな」
「倒す?」
「そうだな。考察はあとにして、今は獲物に集中するか」
芋虫は命数2、魂力もせいぜい4ほどか。
しかも周囲からは、大量の気配が伝わってきた。
よくよく見れば、そこら中の茂みの下に影のような黒く密集する芋虫たちの姿が見える。
うむ、五十三番が濃厚な気配と言っていたのも頷けるな。
「さほど強くはなさそうか。しかもこの数だ。ここはかなり優良な狩場だと言えるぞ」
「倒す!」
「戦い方はどうしましょう? ロクちゃんがウズウズしてますけど」
「いやここで舐めてかかると痛い目にあうのは十分に学習した。予想だが、あの芋虫を餌にする凶悪な奴が奥にいるに違いない」
「ああ、それありそうですね」
「そういうのは自分の縄張りからは出てこないもんだ。つまり広場の外なら比較的、安全だと思う。まずはここで様子を見ながら戦おう」
ただ、ここだと木が邪魔で、三叉棒が振り回しにくいな。
落ちていた枝に火打金を近付け、黒曜石を打ち付ける。
飛び散った火花の熱を拾い上げ一箇所に集めると、たちまち枝に火が点いた。
「よし、五十三番は加減して芋虫に石を撃ち込んでくれ。襲い掛かってきたら、ここでロクちゃんと吾輩が向かえ討つ」
「逃げたらどうします?」
「その時は本気で撃ち込んで、死体を急いで回収しよう。奥の方に入らないよう注意すれば大丈夫だろう」
吾輩の立案に納得してくれたのか、二体はきびきびと配置につく。
いつも通り、五十三番が投石紐をヒュンヒュンと回し始め――。
まっすぐ飛来した石つぶては、芋虫の脇腹に綺麗にめり込んだ。
ビクリと身を震わせた虫は、攻撃を受けた方向、すなわち吾輩たちへ即座に体を向ける。
さっきまでの動きが嘘のような機敏さで、芋虫は体を上下に揺らしながらこっちへ向かってきた。
「倒す!」
そこをすかさずロクちゃんが迎え撃ち、芋虫の顔面へ鉈を叩きつける。
予想通りだったのは、そこまでだった。
芋虫の顔面を切り刻むだったはずだった鉈は、黒い外皮に大きく食い込むと、傷一つ負わせることなく弾き返された。
こいつ見た目に反して意外と固い、いや弾力があるのか!
当面の敵はロクちゃんだと判断したのが、頭を持ち上げた芋虫はロクちゃんに向けて――う、不味い予感がするぞ。
ぶわりと黒い糸の束を唐突に吹き付けた。
蜘蛛の粘糸攻撃を思い出し、つい動きを止める吾輩。
だが、ロクちゃんは一味違った。
弾かれた反動で浮いていた鉈をくるりと返すと、糸の束を鮮やかに切り落としてみせたのだ。
左腕で黒い糸の束を巻き取ったロクちゃんは、右足を強く踏み込んで腰を落とし、右手のナイフを鋭く突き出す。
目にも留まらぬ速さで黒い刃が往復し、黄色い体液が骨の体に飛び散った。
奇妙な鳴き声を上げた芋虫は、怯んだように体をくねらす。
そこにすかさずロクちゃんが、糸の束が巻き付いたままの鉈を容赦なく振り下ろす。
切れ味を失った鉈は鈍器と化し、芋虫の頭部をしたたかに打ち据えた。
芋虫の傷口から派手に体液が溢れ出す様子に、吾輩も慌てて戦いに加わった。
燃える枝の先を芋虫に突きつけ、強く念じる。
――火よ、集え!
派手に燃え盛った炎は、芋虫の脇腹に一瞬で大きな焦げ跡を作り出して消えた。
さらに悲鳴を上げる芋虫の顔に、五十三番が投げたナイフが突き刺さる。
それが止めとなったのか、黒芋虫はあっさり横転して静かになった。
う、殺してしまったか。
「……意外と、強かったな。手加減する余裕がなかったぞ」
「ええ、見た目が芋虫なのでちょっと侮ってました。刃物が通じにくいみたいですね」
「倒す!」
これもあるぞとばかりに、ロクちゃんが糸まみれになった左手を突き出してくる。
かなり粘つくのか、関節が上手く動かせないようである。
「粘糸も厄介だな。よしよし、すぐ取ってやるからな、ロクちゃん」
小さく燃える枝を持ち上げて、黒い糸を丁寧に焼き切ってやる。
さっきの燃焼攻撃のせいか、枝の先は炭化して崩れ落ちてしまい短くなってしまった。
うむ、このやり方は、長期戦には向いてないな。
「糸は燃やせば良いが、戦闘中は厳しいか。外皮は刺突攻撃なら通じるようだし、吾輩は三叉棒を使うとしよう」
「僕は投石で誘き出して、隙を見て投げナイフを」
「倒す!」
「うむ、ロクちゃんは芋虫の気を引いて、糸を何とか躱す役割を頼む。次は半殺しを目標にしよう」
気を取り直して、新たな芋虫を狙う。
五十三番が放った石が、茂みの下の一匹に命中した。
耳障りな声を上げた芋虫は、吾輩たちへ向き直る。
同時にその側にいた二匹も、なぜかこっちへ反応する。
「え?」
さらに隣の茂みにいた芋虫も顔を上げる。
その横の奴も。
奥の二匹も。
一瞬の間が空き、吾輩たちと芋虫たちは静かに目線を合わせた。
次の瞬間、怒涛の如く芋虫の群れが動き始めた。
押し寄せてくる黒い虫の波を前に、吾輩に出来たことはただ一つ。
「に、逃げろぉぉおおおお!!」




