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第三十九話 迷宮入り密室大量殺人放火事件


 

 吾輩は常に正しい選択をしようと心掛けている。

 だがこの夜のことは何が本当に正しかったのか、今でもハッキリとした答えは出せない。

 こんな忌まわしい事件が、なぜ起こってしまったのか……。


「チッチゥ!」


 深夜、男どもが寝静まったのを見計らって、吾輩の忠実な配下どもが動き始めた。

 まずは吾輩の入った手桶をぐりぐりと押して貰って、暖炉の側に。

 

 次に前々から進めていた、壁の補修を完成させる。

 具体的には古くなった壁石に出来た隙間に、藁などを詰めて空気を逃さないようにしたのだ。

 そして残していた唯一の脱出穴からネズミたちが全て避難したのを確認してから、吾輩は暖炉に意識を集中させる。

 

 ――炎よ、くすぶれ!


 灰の中に埋まっていた大量の炭に、静かに燃え上がるよう働きかける。

 便利な吾輩のおかげで料理人が暖炉の手入れをサボるようになり、灰の下にはかなりの炭の欠片が溜まっていた。


 薄っすらと残っていた暖炉の熱が、次々と炭たちに伝わり火を灯していく。

 だが火力を上げ過ぎてはいけない。

 じわじわと肉を焙る時のように、抑えめの火加減を心掛ける。


 不完全に燃え上がる炭たちから、次々と重苦しい空気が生み出された。

 それは音もなく床下に溜まり、心地よさそうにイビキを上げる男たちを覆っていく。

 まあ実際は、空気なんて見えないから、ただの吾輩の想像でしかないが。 


 この作戦は以前、洞窟の前で焚き火をされたことを思い出して考えついたモノである。

 吾輩と違って人間たちは、新鮮な空気がないと簡単に死んでしまうからな。


 大部屋が半地下状態になっていたのも幸いした。

 どうやら暖炉の熱を効率よく二階へ伝わらせるための構造らしいが、それをこんな風に使われるとは人間どもも予想外だったろうな。


 そうそう、二階の連中は日が沈んでも帰ってくる気配がなかったので、噂通り今日は外泊の予定で間違いないようだ。

 くすぶり作戦はどの程度の範囲まで効果があるか不明のため、これまでは実行を控えていたのだが……。

 まとめて留守にしてくれたおかげで、千載一遇のチャンスが生まれたというわけだ。

 


 じっくりと焼き上げること数時間、最後の一人の呼吸が止まったことを確認した吾輩は大きく歯を鳴らした。



 途中、一人起きた時はヒヤヒヤしたもんだ。

 たぶん小便にでも行こうとしたのだろうが、体が思うように動かなかったようで、結局床に倒れ込んだまま漏らしてしまったが。

 

 さてここからが重要だ。

 この重苦しい空気は、当然ネズミたちにも有害である。

 どれくらいで消えるのか分からなかったため、日が明ける頃に戻ってこいとは命令しておいたが……。

 それまでに親分たちが帰って来ないことを祈るしかないな。


 ネズミどもが戻ってきたら、死体の首を噛み切ってもらって、そこに吾輩が乗っかる算段である。

 あとは持てるだけの死体を担いで、とっとと退散すると――まただ!


 今、また誰かが吾輩の視覚を盗み見た感触があったぞ。

 誰だ? 何の目的で――。



「吾輩先輩、助けに来ましたよ!」

「倒す!」



 唐突に開け放たれた正面玄関から、聞き慣れた歯音たちが吾輩の頭骨内に飛び込んできた。

 そして額の目が見慣れた骨のシルエットを捉える。


「まさか五十三番と、ロクちゃんか! 吾輩はここに――」


 吾輩が言えたのは、そこまでであった。

 猛烈な勢いで高まっていく背後の気配に、慌てて意識をそちらへ向ける。

 な、何だ?

 火の様子がおかしいぞ。

 それに全く制御が効かない。どうなったんだ?!


 ちろちろと舐めるような小さな輝きだった火が、空気を吸い込んだ風船のように凄まじい速さで膨れ上がる。

 空気?

 まさか扉を開けたことで、新鮮な空気が部屋の中に入ってきたせいか?!


 駄目だ、吾輩にはこの炎を止めることが――。

 炎は瞬く間に暖炉を包み込み、吹き出した火柱が天井を舐め上げる。

 放たれた高温で壁が一瞬で焦げ付き、 膨張した空気が吾輩を軽々と吹き飛ばす。


 宙を舞った吾輩は、ちょうど開いていた扉から運良く外へ押し出された。

 

 地面の上を弾みながら、ゴロゴロと転がっていく。

 うむ、両目があったら大変な感じの回り具合だ。

 吾輩、骨で本当に良かった。


 転がり尽くした吾輩は、柵にぶつかってようやく止まる。

 気を取り直し、急いで視線を背後に向ける吾輩。

 その目に飛び込んできたのは、紅蓮に包まれた砦の光景であった。



「ど、どうして……こんなことに…………」



   ▲▽▲▽▲



「ど、どうして、こんなことになっとるんだ!」


 黒腐りの森に居を構える盗賊団の首領、ドン・ドムロンは目の前のあまりの惨状に大声を張り上げた。


 街道沿いの街まで出向いて商談をまとめ上げ、ついでに娼館に寄って二日ほど楽しんで、すこぶるご機嫌だった彼を出迎えたのは焼け落ちた元砦の姿であった。

 自慢の住居はもはや見る影もないほど、あちこちが焼け焦げ半分以上が崩れ落ちている。

 永遠に砦としての機能を失ってしまった瓦礫の山を前に、ドムロンはがっくりと膝をついた。


「おい、誰か? 誰も居ねぇのか?!」

「頭、人の気配はないようですゾ」

「畜生、誰にヤラれたんですか?!」

 

 口々に叫ぶ部下の言葉もまったく耳に入らず、ドムロンは悲痛な呻き声を上げ続けた。

 コツコツと頑張って古い砦を修復し、増やした部下にはキチンと訓練を施し、盗品を売りさばくルートも何とか確立して、ようやく盗賊家業の波が乗ってきたばかりだったのだ。

 そうやってやっとの思いで作り上げた安住の地が、ちょっと留守にしただけで全て瓦解していた。


 これを絶望と呼ばずして、一体何をそう呼べば良いというのだ……。


「親分、しっかりしてくだせぇ」

「大丈夫ですか? 顔色がスゲェことになってますよ」

「こりゃ駄目だな。しばらく放っておくしかねぇゾ」

「…………足跡がない」


 普段は無口であるが、重要なことは見逃さない寡黙な大男オグの言葉に、幹部たちは慌てて地面を見回す。


「言われてみればそうだな、男爵の軍隊が来たなら、足跡が大量に残っているはずだ」

「レッジ、シュナック、ちょっと中を探ってこい」

「はいはい、了解しましたよ、副長殿」

「俺たちは他に生き残りが居ないか、周りを調べるか」


 男たちが手分けして調査した結果、いくつもの不審な点が明らかになる。

 まず砦の周りには、大勢が攻めて来たような痕跡がなかったこと。

 奇妙な足跡が二組ほど、見つかっただけである。


 そして出火の火元は外部からではなく、砦の内部、激しく燃え落ちていた暖炉の辺りが怪しいと分かった。

 だがもっとも奇妙な点は、黒焦げになった断片はあったものの、団員のほとんどが姿を消してしまっていたという事実であった。


「……何が起こったのかサッパリ分からねぇゾ」

「同感だ」

「残った連中の間で仲間割れがあったんじゃないですか?」

「だとしたら死体が少なすぎる。それにわざわざ火をつける意味も分からん」

「…………ニルゴの骸骨もない」

「む、言われてみればそうだな」


 その事実に改めて気づいた男たちの脳裏に、恐ろしい想像が一瞬で駆け巡る。

 押し黙ってしまった仲間の姿に、最年少のシュナックがおそるおそる口を開いた。


「まさか……その、ニルゴさんの呪いとかじゃないでしょうね」

「おっさんが、あの世にアイツらまで道連れにしたってか?」

「ま、まさかな。そんな馬鹿な話が……」


 それ以上は何も語らず、男たち無言のまま静かに空を見上げた。

 ちぎれ雲の隙間から光を投げ掛ける太陽は、そんな男たちの顔を眩しく照らし出していた。

 

 この日を境に最北街道を荒らし回っていた黒腐り森の盗賊の話は、ぱったりと人の耳に上がらなくなる。

 そして邪悪な妖術師に逆らって皆殺しにされたのだとか、呪われた冥界の品を巡って互いに殺し合ったとかの、嘘のような噂話だけが後に残った。



 今だこの事件の真相は、明らかにされていない。



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