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第三十八話 王国とその周辺のざっくりした事情



「聞いたか? また王国軍が負けたらしいぞ」

「今度はどっちの方だよ?」

「東の方だってさ」

「なら近いうちに、鱗肌の奴らに出会えるかしれんってことか?」

「そりゃ楽しみなこった」

 

 そう言いながら男の一人が、二個のサイコロをお椀のなかに放り込んでテーブルの上に伏せる。


「ほら、賭けろ、賭けろ」

「じゃあ、大に二枚」

「俺も大だ」

「小に三枚行くぜ」


 銅貨が一斉にテーブルの上を転がり、弾んだ音を立てた。

 

「よし、もういないか? 開くぞ――よっしゃぁ!」

「また七かよ」

「チッ、ついてねぇ」


 貨幣をかっさらった男が、笑いながら話を続ける。


「最近はツキが回ってきてしょうがねぇぜ」

「俺は逆だぜ、こないだもひでぇ目にあったしな」

「ああ、腹壊したやつか。変なものでも、拾い食いしたんじゃねぇのか?」

「心当たりが多すぎて、どれのせいかサッパリ分からんぜ」


 そう言って男たちは大きな笑い声を上げた。


 うむ、それは多分、吾輩のせいだ。

 この盗賊どもに拉致されて、そろそろ三週間目に差し掛かろうとしていた。

 その間、色々なことを実験してみたのだが、そのうちの一つにネズミの糞を食事に混ぜるというのがあった。

 

 病気にすれば脱出の糸口を掴めるかと思ったのだが、数人が下痢をしただけの結果に終わってしまった。

 こいつらって、実は凄い耐性持ちなのかもしれないな……。


 相変わらず便利な道具扱いの吾輩であるが、三週間ならず者たちと一緒に生活して良かったと思える節もある。

 それがさっきのような噂話を大量に仕入れられた点だ。


 人間社会の情勢を知ることは、この先の吾輩たちにとってかなり重要な行動である。

 特に吾輩らのような異質な存在はこういう機会でもなければ、じっくり話を聞けるような接点を持つのは難しいだろうしな。


 今までの噂話をまとめてみると、現在人間どもの住む土地の大半は王国に所属しているらしい。

 王国の正式名称は不明だが、王を中心に貴族が領土を支配する分権的封建制の国家のようだ。

 

 王の権力はあまり強くないようで、貴族らの作った議会とやらに振り回されて、あっちこっちで戦争をしているらしい。

 その相手というのが、亜人と呼ばれる人に似た姿をした蛮族だという話だ。


 王国の西にあるのが、小鬼ゴブリンがまとめる鬼人帝国。

 東は鱗の肌を持つ竜鱗族リザードマンたちの巨大な集落があるらしい。

 南は海で、ここ王国の北に当たる森の向こうには、獣の目と耳を持つ恐ろしい部族が暮らしているのだとか。


 三方を敵対する勢力に囲まれて、人間ちょっとヤバイぞというのが現状か。

 そう言いながらも内部で足を引っ張り合ってるのが、人間らしいともいえる。


 こいつら盗賊どもがいい例だ。

 東西に長い王国は、西から東、東から西へ物資を運ぶため何本かの街道が横切っている。

 そのうちの一つ、もっとも北にある最北街道はそれなりに利用者が多いのだが、そこをこの盗賊どもが襲っているという訳だ。

 

 国境であるこの森は危険な獣が多く、近寄る者はほとんどいない土地である。

 街道で一働きした奴らは、すぐにこの森に逃げ込んでしまうため、街道沿いの領主もおいそれと手出しができないようだ。


 ちなみにこの砦は、以前に森林開拓のために建てられた物らしい。

 だが予想以上にこの森を切り開くのは厳しかったようで、諦めて廃棄処分されたのをこいつらがこっそり使っていると話していた。


 それと女の子がいた集落だが、あれははぐれと呼ばれる土地を棄てて逃げ出した農民とかの集まりなんだそうだ。

 森の近くは土地の所有が曖昧なため見逃されているというか、実は防波堤みたい役割があるらしい。

 いつ森を越えて獣人が攻めて来るか分からんという理由だとか。


 まあ、今のところ洞窟の近くで人が多い場所は、ここ盗賊の砦とあのはぐれ者たちの村だけのようだ。

 そうなると、しばらくはおおっぴらに活動しても大丈夫のようだな。

 街道さえ近付かなければ、かなり自由に生き物を集めても気付かれなさそうだし。

 

 それと話が逸れるが、先ほどこいつらがやっていたのは大小というサイコロ遊びである。

 二つのサイコロをお椀に伏せて、目の合計が八以上なら大、六以下は小で、七がでるとサイコロを振ったやつの総取りとなる。

 他にも色々と遊び方があったり、貨幣や鍋などの鋳造技術もそれなりに高いようで、文化的になかなかに侮れない感じである。


「チッチ!」


 お、吾輩の忠実な配下の帰還だ。

 手桶に飛び込んできたネズミは、吾輩の頭の中に潜り込んで小さな鳴き声を上げた。


 それと同時に不思議な感覚が吾輩を襲う。

 吾輩の体を通じて誰かが覗き見しているような、なんとも形容し難い感触が頭骨内を横切る。

 その奇妙な感覚は、意識すると一瞬で消え失せた。


 うむむ、またか。

 何だか誰かに体を勝手に使われているようで、少々気分が悪いぞ。

 だが、もしかしてという気持ちもある。


 実のところ、復讐の機会はそう遠くはないと言っておきながら、今夜にでも部屋中の男たちを皆殺しできる算段は整っていたりするのだ。

 だが問題はその後である。


 男どもを始末しても体が手に入らない限り、この砦から逃げ出すことは叶わない。

 それに二階の連中までは始末できないので、やらかした後に吾輩だけ回収されて、余計に厳しく監禁されるか、最悪、都へ売り払われる可能性が高い。


 とりあえず脱出経路くらいは探っておこうとネズミたちを外の偵察に向かわせていたが、ここ一週間ほどはネズミどもが戻ってくると、一瞬だけ今のような奇妙な感じになるのだ。

 何かの合図のようでもあるが……。


 そろそろ行動を起こすべきなのかと悩む吾輩の耳に、男たちの声が飛び込んでくる。


「あれ、親分、今日は居ないのか?」

「街の方に行くって言ってたぜ」

「良いなあ、俺も女買いてぇよ。もうかなりご無沙汰だしな」

「お前も頑張れば幹部に取り立ててもらって、護衛で連れて行ってもらえるぞ」

「無理無理、あんな連中に敵いっこねえよ」


 ほほう、二階の連中は今日は帰ってこないのか。

 それは良いことを聞いたな。



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