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第三十七話 逆襲の牙を研ぐ



 燃やされた挙句、それを消すために土をぶっかけられ、土葬と火葬の気持ちをまとめて味わった吾輩であるが、現在は綺麗に掃除されて手桶の中に鎮座中である。


 吾輩から少し離れた場所には石造りの大きな暖炉と、その手前に備え付けられた調理台が見える。

 顔が歪むほどのあくびをした男が、暖炉へ近付いて灰の中に埋まっていた炭を火かき棒でほじくり出した。


 あくびを継続したまま、男は脇に積まれた薪を数本、薄っすらと赤みが残る炭の上に置くと、振り返って吾輩の入った桶をひょいと持ち上げた。

 そして暖炉の中へ、吾輩をグイッと突き出す。


 はいはい、お仕事ね――熱よ、集え!


 炭に残る温もりを一点にかき集め、接触している薪へぶつける。

 熱が火に変わり、乾いた木材を瞬く間に包み込んだ。

 

 暖炉から煙と火の粉が上がり始めたのを見た男は、下手くそな鼻歌を口ずさみながら、水が入った大鍋を天井から伸びる木の棒の先に引っ掛ける。

 それから暖炉の熱で沸き立つ鍋に、皮も剥かず適当に切った芋や根っこを放り込んでいく。

 さらに干し肉らしきものを千切って投げ込み、仕上げに乾燥した葉っぱを投じる。


 そのあたりで匂いに気付いた男どもが、床から次々と起き上がってきた。

 涎の跡や寝癖を気にする素振りもなく、男たちはテーブルについて食事が配られるのを待つ。

 吾輩もこっそり念糸を使って、干し肉や芋の切れっ端を少しばかり頭骨内に確保する。


 しばらくすると二階から新たな男どもが下りてきて、暖炉に近い席へ座った。

 そして最後に現れるのは親分だ。


 テーブルの上座に腰掛けた親分は、部下たちにシチューの盛られた皿が行き渡ったの確認して酒盃を持ち上げる。


「野郎ども、飯を食え!」


 その一声で堰を切ったように、男どもは皿へ顔を突っ込んだ。

 獣のように貪り食う部下たちを尻目に、親分は優雅に匙を使ってシチューを味わう。

 よく見ると上座に近い連中だけ、パンと麦酒エールが配られている。


 格差社会はどこにでもあるものだなと感心しつつ、吾輩は大部屋の中を見回した。

 石を隙間なく積んで作られた壁を、木の梁と柱が支える立派な作りである。

 外へ続く扉はやや上の位置についており、男どもの腰の高さの程の上がり階段が付いている。

 どうやらこの建物は、少し地下に埋まっている構造のようだ。


 目の前の粗暴な男たちが造ったとは到底思えないような部屋だ。

 まあ実際、壁の古さから見て、ここを建造したのは彼らではないだろう。

 壊れた箇所を放置してあるのが、その証左と言える。


 この建物、石の砦は一階の大部屋と二階の仕切られた小部屋に分かれており、ほとんどの男どもは食堂を兼ねたこの部屋で寝泊まりしている。

 二階を使っているのは親分と、その直属の部下、幹部と呼ばれる数人だ。

 洞窟へやって来た連中、レッジの兄貴や罠が得意なシュナックなんかもその幹部に含まれている。


 男たちの大半は、日中は薪を切ったり、畑を耕して過ごしているようだ。

 だがまれに一斉に出掛けて、夕方近くに帰ってくる時がある。


 樽や大袋がいくつも運び込まれ、贅沢そうな服を重ね着した男どもが興奮した面持ちで乾杯を繰り返す。

 一見すると荷運びの商売でもしてるようだが、決定的な違いがあった。


 それらの荷物には、血の臭いがくっきりと染み付いていたのだ。

 男どもが羽織る服もところどころが千切れ、ベッタリと赤い跡が残っていた。

 

 うむ、やはりこいつらは盗賊のたぐいで間違いないようだ。

 それが二週間の砦暮らしを経て、吾輩が得た結論である。


 当初は都とやらに売り払われるかもとビクビクしていた吾輩であったが、意外な便利さに手放すのが惜しくなったのか、今ではすっかり調理器具の一つに落ち着いてしまった。

 最初はおっかなびっくりで吾輩に接してきた料理人たちも、今では鼻歌交じりで使いこなす有り様である。


 周りに木が大量に生えてるとはいえ、それを実際に薪にするには色々な手間と時間がかかる。

 それに盗賊の棲み家周辺の木を切り倒すのは、流石に馬鹿な行為だと分かっているようだ。

 そんなわけで瞬時に火力を調整できる吾輩は、盗賊どもの台所事情の大いなる助っ人になったというわけだ。

 これも全て吾輩が有能すぎたのが悪いのか。

 

 だが吾輩も、このまま火起こし代わりに使われて終わる気は毛頭ない。

 後、もとから髪の毛がないのではという指摘も、黙殺させてもらおう。


 食事を終えた男どもが仕事へ出掛け、大部屋にほとんど人影がなくなったのを見計らって吾輩は小さく顎を鳴らす。

 …………カチカチ。


 その音に反応して、寝床代わりの藁の山や柱の陰から小さな影たちが顔を出す。

 影どもは巧みに物陰を利用して、吾輩の手桶へと集まってきた。


 よしよし、今日も良い子たちだな。

 桶の端から覗き込むつぶらな瞳たちに、吾輩は軽く顎を持ち上げる。


 その合図にチチッと小さく鼻を鳴らした下僕ども――ネズミたちが桶の中へ一斉に滑り込んできた。

 そのまま吾輩の頭の中に潜り込んで、シチューになり損なった残り物を取り合うように食べ始める。

 

 こいつらネズミどもは、夜中に吾輩の頭を齧りにきた元不届き者たちである。

 前にも言った気がするが、吾輩の頭骨の丸みはなぜかこいつらを惹き付けてしまうようなのだ。


 脱出方法を考えあぐねていた吾輩は苛立ちの余り、チーチーと走り回っていたそのうちの一匹の尻尾を齧ってしまう。

 その際、うっかり歯を立ててしまい、これまたうっかり痺れ毒を注入してしまった。


 全身を痙攣させたまま動けなくなったネズミであるが、翌朝、料理人に見つかりそうになったので勿体ないと思い吾輩の頭骨内に隠して庇ってやることにした。

 その夜、回復したネズミは、なぜか吾輩に懐いてしまっていたのだ。

 面白くなった吾輩は、片っ端からネズミどもを痺れさせ手懐けることにした。


 それからはちょくちょくこうやって餌をやることで、吾輩への忠誠心を高め、配下に収めることに成功したという訳である。

 今では呼べばすぐにやってくるし、簡単な命令をこなせるほどになった。

 

 ふっふふ、待っていろ、人間ども。

 吾輩の忠実なネズミ軍団が、貴様らの寝首を掻くのはそう遠くないぞ。



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