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第三十六話 土葬or火葬


 最初は焦っていたものの、暗闇の中で時を過ごすうちに吾輩の気持ちはすっかり落ち着いてしまった。

 うむ、よくよく考えれば骨になってしばらくは、ずっとこんな感じだったなと。

 感覚のほとんどを閉ざされたまま過ごしたあの日々に比べれば、今の状態は遥かにましである。


 よし、落ち着いたところで、現状をしっかり認識していこうと思う。


 そのためには情報が必須だが視覚は無理だし、聴覚もあまり役に立たないな。

 袋の布地が邪魔をして、上手く音の像が形成できない感じである。

 嗅覚も同様で、袋のすえた臭いしか伝わってこない。


 唯一の頼りとなるのは振動と気配感知のみ。

 吾輩が捉えられて洞窟の外に連れ出された後、しばらくは何か固いものの上に置かれていた。

 男たちの気配も周囲になかったので、おそらくではあるが地面に吾輩を放置してどこかに行っていたのだろう。


 かなり時間が経ってから、複数の気配が戻ってきて吾輩を持ち上げ移動し始めた。

 多分であるが手ぶらで帰る訳には行かず、周囲を探っていたのではないかと思う。


 彼らの狙いはあくまで"妖しい儀式"とやらを行う"屍使い"の居場所である。

 だが、あの洞窟には誰かが住んでいた痕跡は皆無だ。

 まあ吾輩たちは食事も排泄もしないので、生活臭というものが出ないからな。

 そうなると違う場所に、屍使いとやらの棲み家があると考えるしかなく、それを無駄に探して回る羽目になったというところか。

 

 袋が上下する回数、つまり歩数を数えながら、吾輩をさらった目的も考えてみた。

 答えはすでに大男が教えてくれていたな――弔いだと。


 わざわざ首だけ持ってきたということは、彼らの棲み家近くまで運ばれる可能性が高い。

 途中のそれらしい場所、泉とか大きな樹の下とかに捨てられる可能性も否定しきれないが。

 ここは前向きに、労せず奴らの居場所が割れると思えば、この暗闇旅行も悪くはないな。


 ただ問題はそこに着いてからだ。

 埋葬の方法は色々とある。

 理想としては地下の納骨堂あたりの棚に並べて放置してもらうのがベストだが、流石にそれは厳しいだろうな。

 一般的なやり方だと地中深く埋める土葬、燃やして灰にする火葬といったところか。

 うむ、最悪だ。


 頭骨だけになった状態で使える手段のうち、今のとこ当てになりそうなのは念糸と火の精霊術くらいである。

 だが吾輩の念糸は、そんなに遠くまで伸ばせない。

 精々、腕一本の長さが限界だ。

 ロクちゃんのように自分の身長ほど伸ばしたり、五十三番のように関節に巻きつけて強化するといった使い方が出来ないのだ。


 実は吾輩たち骨は同じ能力や技能、特性を共有しているはずであるが、得手不得手が存在したりもする。

 ロクちゃんは武器を二つ持っての近接攻撃が得意で、相手の攻撃にも素早く対応できる。

 逆に五十三番は遠隔攻撃がメインで、近寄っての攻防は苦手らしい。

 そして吾輩はというと火を操ったり、対象の弱点を見抜いたりと搦め手一択となる。


 もちろん武器を持って戦うことは出来るが、ロクちゃんとサシでやりあえば吾輩の敗北は必至である。

 そのあたりの差異を五十三番は、生前の性格が影響してるんじゃないですかと言っていた。

 吾輩たちが各々の人格を宿している以上、それに引っ張られるのは必然ということらしい。


 少し話がずれてしまったので戻そう。

 今の吾輩は、まず骨の体を取り戻さないと話にならない。

 そのためには、腕一本の範囲内に骨がたくさんある場所へ行く必要がある。


 共同墓地でなら、その希望は叶えられそうである。

 ただ地面に掘っただけの穴に無数の人骨で埋まっていて、そこに新たな骨が無造作に投げ入れられる。

 荒くれ者には、そんな埋葬がよく似合う。

 うん、是非それでお願いします。


 妄想にふける吾輩だったが、大きな気配をいくつも感じて正気に戻った。

 どうやら、どこかに到着したようだ。


 歩数は九千七百八十二歩。

 途中五百七十二歩あたりで、川らしき水音を微かに拾えたので、斜めに移動したと考えれば洞窟からは北西か南西。

 川の下流の集落は、こいつらと良好的な関係にはないことは、少女のお礼の言葉から判明している。

 そうなると、消去法で洞窟から北西の位置となるな。

 もっとも直線で進んだとの仮定なので、間違ってる可能性はかなり高いが。


 しばらく男たちは止まっていたが、また移動を始める。

 だが周囲の気配は増えたままなので、集団でどこかへ向かっているのだろう。


 五十二回の振動を経て、またも動きは止まる。

 そしてついに袋の口が開いた!


 眩しさに眼を細めようとした吾輩は、周囲がさほど明るくないことに気づく。

 時刻はすでに夕方近くになっていた。


 十人ほどの男たちが、吾輩を取り囲んでいる姿を確認する。

 皆、武器は持っておらず、代わりに小さく灯るロウソク立てを手にしていた。


 男たちの合間から見える景色だが、辺りは平地で遠くに固まっている木々が見える。

 畝のようなものと柵があったので畑だろうか。


 森と畑の合間にそそり立っているのは、石を積んだ大きな建築物だ。

 ところどころ崩れているのを見るに、かなり古いのかそれともまだ作りかけなのか、その辺りは近寄ってみないと分からないな。

 しかし驚いた。

 ただのならず者でないと怪しんでいたが、これほど立派な建物を所有していたとは。


「…………ニルゴ、なんて姿になっちまったんだ」


 不意に吾輩を持ち上げていた恰幅の良い男が鼻声を漏らした。

 慌てて景色を眺めていた意識を、近くの観察に切り替える。


「オメェとは長い付き合いだったが、まさかこんな別れ方が来るなんてな…………」


 いやだから骨相が全然違うでしょ。

 本当に長い付き合いがあったのか、疑問を感じざるを得ない。

 って、そんなことを言ってる場合じゃないな。  


 まずは足元。

 穴があった!


 あああ、どう見ても骸骨一個分だけしかないぞ。 

 横には山盛りの土と、それに刺さった踏み鋤スコップが見える。


 いやぁぁぁあああ、埋める気満々だ!


「先に向こうで待っててくれ、…………あばよ」


 男はそっと吾輩を穴の底へと置く。

 そして背後の男から受け取った革袋を、逆さまにして吾輩へ向けた。

 袋の口から溢れ出した液体が、ビシャビシャと降り注ぐ。

 この臭いは酒精か。


「手向けの酒だ。腹いっぱい飲んでくれ」 

「うう、ニルゴさん、あばよ」

「あの世でも犬を飼えると良いな、おっさん」

「…………冥福を」


 すすり泣きを始める男たち。

 夕日が沈んだのか周りが急速に薄暗くなっていき、ぼんやりとしたロウソクの輝きが別れの雰囲気をさらに盛り上げる。

 吾輩もなんだか泣きたくなってきたよ。


 そんな吾輩を尻目に、男の一人が踏み鋤を掴んで土の山を持ち上げた。

 おっと、感傷に浸ってる場合じゃなかったな。

 

 吾輩の前にある選択肢は二つ。

 このまま黙って埋められ、五十三番たちが助けに来てくれるのを待つ。

 無難ではあるが、それは何時になるかが分からないのが難点だ。


 まあ能力が増えていけば、その内、地中に埋まった骨仲間を見つける類のが出てくるかもしれないしな。

 だとしても、そんな低い可能性に掛ける気になれないぞ。

 

 ならばもう一つの選択肢を選ぶしかない。 

 覚悟を決めた吾輩は、男たちの持つロウソクに気持ちを集中させる。


 ――燃え上がれ、炎たちよ!


 一斉に男たちが持つロウソクが火を吹き上げる。

 といっても、人を焼き殺せるほどの威力は到底ないが。

 精々、ちょっぴり明るくなったかな程度である。


 だが多くの灯りを同時に操ったおかげで、その変化に男たちは目敏く気づいた。


「な、なんだ?!」

「急にロウソクが燃えたぞ!」

「…………まさか、ニルゴの親父の霊が……」

「の、呪いの仕業か?」

「――落ち着け、お前ら!!」


 ざわめく男たちを、恰幅の良い男が一喝する。


「で、でも親分……」

「風で火が揺れただけだろ、オタオタすんじゃねぇ」


 やはりこの男が親玉だったが。

 熊の毛皮とか着てるかと思ったが、案外普通の恰好なんだな。

 よし、ここでさらに燃やすぞ。


「ひ、ひぃぃ! また明るくなりやしたぜ」

「風なんて、これっぽっちも吹いてないですゾ、頭」

「……………………おい、ちょっとロウソク貸してみろ」


 手下から燭台を取り上げた親分は、その灯りを吾輩へと近付ける。

 ビビって逃げ出してくれれば成功だったが、やはり上に立つだけあって肝は座っていたか。


 ならば気が重いが、作戦その二に切り替えるしかないようだな。

 近付いてくるロウソクに合わせて、火を強くする。

 離れたら火を弱く。


 何度か試した親分は、ようやくカラクリに気付いたのかポカンと口を開いた。


「まさか、このニルゴの骸骨が火を強くしてるのか」

「やっぱり呪いですゾ、頭。さっさと埋めちまいましょう」

「バッカ野郎! この骸骨がどんだけスゲェか分からねぇのか!」


 やはり嗤う骸骨を売り払うだけの男だな。

 吾輩の有能さに、即座に気付くとは。


「コイツが居れば、火が勝手に強くなるんだぞ。薪をどんだけ節約できると思ってんだ」

「で、でも、それニルゴさんの骨ですよ、親分」

「そうだよ、それが何だ? ニルゴの野郎が、あの世から助けてくれてるに決まってんだろ!」


 見当違いもはなはだしいが、今はその認識で十分だ。

 吾輩を地中深く埋めなければ、それだけで良い。


「はっは、良いぞ、ニルゴ。こいつはスゲェ」


 興奮した親分が、何度も吾輩へロウソクを近付けては放す。

 だ、だから、近い近い、それヤバイ!


 火力を上げすぎたロウソクは、吾輩に掛けられた酒を気化させついでに火をつける。

 一瞬で、火だるまと化す吾輩。

 だから不用意に、酒精に火元を近付けるなよ!


「うわぁぁ! 誰か、早く火を消せ!」


 燃え上がる吾輩を見て、親分が叫びを上げる。

 もう勘弁してくれぇぇ!



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