第三十五話 事案発生
吾輩に残された時間は数秒。
「すまん、ロクちゃん!」
咄嗟に背負い袋から取り出したロクちゃんの頭を、石壁の向こうへ投げつける。
顎を大きく開いたままロクちゃんは壁の向こうに消え、一呼吸遅れて地面を転がる振動が伝わってくる。
よし、無事に着地できたようだな。悪いが、そこにしばらく隠れていてくれ。
さて次はどうするって、もう時間切れか。
入り口から聞こえてくる足音に、吾輩は身を隠すことを諦めてその場で倒れ込んだ。
うつ伏せの状態で全身の力を抜き――はい、白骨死体の完成と。
「よし、頼んだゾ、シュナック」
「はいな、レッジの兄貴。この罠名人にお任せあれですぜ」
「何が名人だ。テメェはその自惚れを何とかしねぇと早死すっゾ」
パチパチと馴染みの木が爆ぜる音と焼ける匂いが近付いてくる。
松明を持っているのは、先頭の小柄な男だな。
次いでやや長身の男、その後ろにがっしりとした体格の大男が続く。
足音で視る限りでは三人。
洞窟の外からした声は五人分だったので、残りは外で待機しているようだ。
五人か。
想定より一人少ないが、脅威の度合いはさほど変わらないな。
先制の狙い撃ちで一人減らせたと仮定しても、まだ向こうのほうが数が多い。
せめて一対一の状況に持ち込めないと、勝ち目は薄いな。
「何かありそうな石壁発見っと。どれ、向こうは…………う、骨が並んでますぜ、なんてこった」
「妖しい儀式に使うんだろ。マジで気味悪い場所だぜ」
「…………そこに何か居る」
まさか、ロクちゃんが見つかったのか!
「ホントだ、誰か倒れてますぜ」
「骨になってるじゃーか。随分前に死んだようだな」
ああ、吾輩のことか。
「うん……ううん? なんかコイツ見覚えがあるゾ」
「俺もどっかで見た気がしてたんですよ。どこで見たっかなぁ」
「…………ニルゴの親父」
「あ!」
「ああ!」
大男のボソッとした呟きに、残りの二人がポンと手を叩く。
「間違いねぇ、これ、ニルゴのおっさんの服だゾ」
「え? 本当にニルゴさん?」
ああああ。
しまったぁぁぁああ!
犬男の服を脱ぐのを忘れてた!
「あ、くせぇ。この猫除け草の臭いは間違いねぇ、ニルゴさんだよ、これ!」
「確かに何もかも特徴がおっさんと一致するな。この死体、両足が折られてるぜ。それで逃げられなかったのか。ひでぇことしやがる…………」
長身の男の言葉に、小柄な方がゴクリと生唾を飲む。
サラッと言われたが、この臭いって猫を除ける効果があったのか。
剣歯猫が退散したのは、ちゃんと理由があったんだな。
「おい、気合い入れなおせ、お前ら。ここは確実にやべぇゾ」
「ひ、一晩で、骨になっちまうって、一体、何があったんです?」
「それを今から調べんだろ、ビビってんじゃねぇゾ」
おお、思わぬところで効果があったようだな。
怯えてくれれば、それだけで足が鈍る。
そうなれば、吾輩たちがつけ込む隙が増えるというものだ。
「雑な落とし穴が一つあっただけで、他に罠はないっすね……。奥の部屋で行き止まりっぽいです」
「よし、案内しろ」
男たちは警戒したまま、洞窟の奥へと進んでいく。
そしてついに黒棺様との面会と相成った。
「おい、何だ。物凄くヤバそうな気配がしてるゾ、この黒いヤツ」
「うっかり触ると呪われそうですね……」
「シュナック、ここ以外に部屋はなかったか?」
「壁を叩いてみましたが、怪しい場所はなかったです」
「そうか、なら誰もいなかったと戻って頭に報告するか。アレに触れるのは、俺は真っ平ゴメンだゾ」
「同感です。なんで親分は、こんなヤバそうな相手に拘るんですかね?」
「それな、こないだ拾った嗤う骸骨あるだろ。アレが都の方で高く売れたんだとさ」
「あの気持ち悪い奴がですか? 信じられませんね」
何だと?
その話をもっと詳しく頼む。
だが男たちは話は済んだとばかりに、黙りこくったまま引き返してくる。
まあ、このまま退散してくれるなら、時間を稼げるし助かった。
うむ、偶然とはいえ吾輩の妙手が功を奏したといっても過言ではないな。
しかし断片的だが、かなりの情報が入手できたぞ。
親分という奴が、この洞窟に固執する理由。
嗤う骸骨というのは十中八九、吾輩のお仲間だろう。
それと都という単語と、取引という言葉。
こいつらは一見、ただの小悪党のようだが、取引相手がいるということはそれなりに手広く商売してるということか。
意外と侮れる相手ではないのかもしれんな。
脇を通り過ぎて外へ向かう男たちの気配に、吾輩はホッと胸を撫で下ろす。
なんとか今回の危機は乗り越えられたようだ。
よし、奴らが去ったら急いでロクちゃんの胴体を見繕って、それから五十三番の回収に急ぐか。
首を長くして待っているだろうな。もっとも首の骨は伸びないけどな!
色々と計画を思い描く吾輩の頭に、誰かの手が伸びてきて――ゴキュ。
え?
「…………弔いを」
「そうだな、おっさんのしゃれこうべだけでも埋めてやるか」
ええ、えええええ?!
え? いや? 吾輩はそのニルゴとかいう男ではないぞ。
ほ、骨違いですよ。
頭だけになった吾輩を小脇に抱えた大男は無言で歩き出した。
ちょ、ちょっと待って。
えっ、何その袋?
やめて、押し込まないで。
真っ暗だし、何も聞こえないぞ。
わ、吾輩を、一体どうするつもりなんだ?!




