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第三十四話 一難去ってまた一難




 …………これは不味いぞ。

 状況は最悪の一歩手前というところだった。


 五十三番は肋骨が全て内側に陥没し、押し倒された際に膝が踏み潰されてしまっていた。

 ロクちゃんの方は肩ごと右腕をえぐり取られて、地面に尻もちをついている有り様だ。


 おいおい、どこにいったんだ? 刺突耐性様と打撃耐性様は。

 といえる程のヤラれっぷりである。


 吾輩の方を見据えていた獣――どう見ても糞デッカイ猫は、急に振り返ると鉈をこっそり構えていたロクちゃんにもう一撃食らわした。

 強烈な猫パンチを食らって、ロクちゃんの左手が付け根から消し飛ぶ。

 さらに足の上に飛び乗って、トドメとばかりに膝を粉砕する。 


 エグいな……獲物が逃げられないように、足を潰しているのか。

 四肢を奪われたロクちゃんだが、近づいてきた獣に噛み付こうと首を伸ばす。

 その空っぽの眼窩からは、燃えたぎる怒りの感情と最後まで戦おうする強い意志が溢れ出していた。

 

 剥き出しの闘志に気圧されたのか、それとも獲物を弄るのに飽きたのか、獣はロクちゃんの攻撃をヒョイと躱しながら後ずさった。

 そして最後の獲物である吾輩へと向き直る。


「吾輩先輩、逃げて下さい!」

「倒す!」

「どっちだよ!」

 

 そもそも逃げると言っても、背中を向けた瞬間、背後から押し倒される未来図しか見えないぞ。

 素早い上にジャンプ力があり過ぎて、今の吾輩たちでは到底敵う相手ではない。


 目の前の獣を懸命に観察しながら、吾輩はわずかな活路を何とか見出そうとする。

 体格は犬を一周りほど大きくしたサイズだが、瞬発力は倍以上はあるな。

 真っ茶色の全身に、背中の部分だけ黒い縞模様がついている。


 そして牙。

 上顎から伸びる犬歯は、口の中に収まりきる長さではない。

 まるで剣のように飛び出した二本の牙は、獣の攻撃力の高さを嫌というほど物語っていた。


 獣はこちらを睨みつけたまま、身を低くして唸り声を上げている。

 食事の邪魔をされたのが、相当腹に据えかねたのだろう。

 

 対する吾輩であるが、武器は槍と呼ぶにはお粗末過ぎる木の枝が一本。

 背中の袋に火打ち石があるので、それで火を起こせば火の精霊術で対抗できるかしれないが、そんな悠長な暇はありそうにない。

 あとは動物調教熟練度…………、どうやって使えば良いかサッパリ分からん。

 もう一つだけ、先ほどのロクちゃんが教えてくれた切り札が残っているが、それを実行するにはかなりの覚悟が必要だ。

 

 だがこの場を生き延びて、皆を助けるためにはやるしかない。


「――来い!」

 

 精一杯の歯音を立てながら、吾輩は猫目掛けて槍を突き出す。

 しかし悲しいかな、長柄持ち熟練度の段階はわずか2。

 全く迫力のない一撃を軽々と避けた猫は、吾輩の脚にのしかかって来る。


 だがそれで良い。


 歯を立てる・・・・・には、この距離まで近づいてくれないとな。

 足の骨が砕ける感触に顔をしかめながら、吾輩は必死に機会をうかがう。

 どこでも良い、どこか体の一部に噛み付いて、この歯から…………あれ?


 吾輩の足の上に前足を掛けたまま、なぜか剣歯猫は動きを止めていた。

 狙いが読まれたのかと焦る吾輩を前に、猫はなぜか下ばきの臭いをクンクンとかぎ始める。


 そのまま熱心に鼻を鳴らしていた猫は、状況が理解できない吾輩を前に不意に顔を上げた。

 猫の顔は眼が真ん丸に開き、口元が大きく持ち上がって、驚いたのか笑っているのか半別がつかない表情になっていた。


 口を間抜けに開けたまま、猫はそろりと後ずさりする。

 そろりそろり。

 後ろ向きのまま藪を抜けて、川原へ戻っていく猫。

 そして獣は無言のまま、闇の奥へと消えていった。


「……………………何だったんだ?」

「前に聞いたことあります。あまりに酷い臭いに出会うと、猫科の動物はあんな風になるらしいですよ」

「そ、そんなに臭いのか? この服」


 吾輩の問いかけに、二体は黙って顔を背けた。

 そうだったのか。


「すみません、吾輩先輩、ロクちゃん。僕が先走ったばかりに」

「いや、許可をした吾輩も同罪だ。気にすることはない」

「倒す!」

「うむ、ロクちゃんは怒っていいぞ。…………しかし強かったな、剣歯猫」

「アイツの名前ですか、ピッタリですね」


 人間の技能を三体分吸収できたおかげで、吾輩たちは強くなったと過信していた。

 だが所詮は人間なのだ。

 野生動物を前にして、それをしみじみと実感できた。


 うん、大蜘蛛相手に引けを取らなかったといって、簡単に調子に乗りすぎたな。

 深く反省せねば。

 この森には、まだまだ強敵が潜んでいるようだ。

 

 そして今さらながら思い当たる。

 棺に浮かんでいた『爪引っ掻き』と『噛み付き』って、もしかしてアイツの仕業か!


「それでどうしましょうか? 吾輩先輩」

「今日はもう撤退するしか道はないようだな。歩ける者は居るか?」


 二体とも無言である。

 まあ当たり前か。かくいう吾輩も膝を砕かれて、動けやしないのだが。


 幸い両手は無事なので、ずりずりと這いずって二体へ近寄る。


「僕も手を使えば動けるんですが、吾輩先輩ほどは無理ですね」


 バキバキに折られた肋骨が、地面に引っ掛かって速度がでないらしい。

 無理に動こうとすると、繋がっている他の骨までヤバイのだとか。


「ロクちゃんは……もっと無理だな」

「倒す?」

「うむ、ちょっと倒されてくれ、ロクちゃん」


 両手両足の骨を失ってダルマ状態のロクちゃんから、頭部をポコッと取り外す。

 脇に抱えて進もうと思ったが、意外とかさ張って邪魔だな。

 仕方がないので、背負い袋にロクちゃんの頭を押し込む。

 

「ぎゃおぐぅ!」


 なんかくぐもった声が聞こえてくるが、今は緊急事態だ。我慢してもらおう。


「吾輩は先に帰って、身体を元に戻してくる。急いで迎えに来るので、安全な場所に隠れていてくれ」

「分かりました、お気をつけて下さい」


 五十三番と別れた吾輩たちは、力の限り地面を這いずりながら洞窟を目指す。

 根っこにしがみつき、下草をかき分けて、ようやくたどり着いた頃には、すっかり夜も明けてしまっていた。


 眩しい朝日を避けて、洞窟の影に転がり込んだ吾輩はようやく安堵の歯音を立てる。

 さて、あとは予備骨部屋へ…………なん……だ、これは?


 部屋の前にそびえ立つ石の壁に吾輩は言葉を失った。

 それは余りにも高く、そして途轍もなく強固な障壁であった。


「って、出発前にロクちゃんに頼んだやつか。糞、まさかこんな事態になるとは想定してなかったぞ!」


 焦りつつ石山に体重を掛けてみるがびくともしない。

 足がまともなら、こんな壁くらい簡単に取り除けるのだが。 


 頑張って腕だけで登るか?

 いやそれなら端の方の石を取り除いて、隙間から潜り込むほうが早いな。


 石壁のしがみついて立ち上がり、一番端の石を下へ落とす。

 よし、上手くいった。

 この調子で行けば――。


「あー、洞窟ありましたよ、レッジの兄貴!」

「大声出すんじゃねぇゾ、ボケ。中の奴らが起きちまうだろ!」

「お、あっさり見つかってよかったな」

「…………ああ」

「お前はもう少し、坊やを見習って喜べ。無口過ぎだろ、まったく」


 ガヤガヤと洞窟の外から声が響き、近付いてくる複数の気配を感じ取る。

 ……え、人間どもがやってきたのか?


 なんで、こんな時にぃぃぃいい!

 間が悪いってもんじゃないぞ!


 ぶっちゃけあり得ない。



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