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第三十三話 川向こう



 出発前に時間を貰い、装備を追加することにした。

 まず乾いた木の皮を、捻りながら交差させて丈夫な紐にしていく。

 腕の二倍ほどの長さになったら、中央部分に拳大の輪っかを作り上下を結び目で補強する。

 そして新しい紐を輪っかの左右にくぐらせながら、交差させて出来るだけ隙間がないように編み上げる。

 あとはすっぽ抜け防止に指を引っ掛ける輪を紐の先端に作って、新兵器の完成だ。 


 出来たての投石紐を、五十三番に洞窟の外で試してもらう。

 中央の広い部分に石をセットして、ぐるぐるぐるぐると。 


 紐の片方を放した瞬間、派手な音と共に草むらが抉れて土埃が上がった。


「お、これは良いですね。あまり力を入れてないのに、この威力ですか」

「投石棒と勝手が違うだろうから、ちょっと練習しておいてくれ」


 嬉しそうにブンブンと紐を回し始めた五十三番をおいて、吾輩は棺の部屋に戻り他の武器の補強に取り掛かる。


 鉈と小さなナイフを使って、木の枝を持ちやすく削り直し上部に切れ目を作る。

 そこに尖らせた黒曜石を楔のように打ち込み、ずれないことを確認してから木の皮を固く巻きつけて固定する。

 前のナイフはこの挟む部分が上手く加工できず刃がスッポ抜けやすかったが、これでかなり事故が減るはずだ。

 

 それと吾輩たちは汗をかかないので滑って落とすことはないが、手の平の肉がないためピッタリと握れない。

 摩擦が起きやすい木の皮を巻いたのは、それを補うのも狙いである。


 次に長い木の枝の先にも同様の加工を施す。

 こっちは槍のつもりだ。

 と言っても柄はぐねぐねとうねってるし、石突きの加工もないので重心は露骨に前に寄っているが。


「おーい、ロクちゃん。五十三番を呼んできてくれ」

「倒す?」

「折角積んだのに、倒しちゃ駄目だよ」


 予備骨部屋の前で、せっせと石を積んでくれていたロクちゃんをお使いに出す。 


 留守にしている間、盗まれたり壊されると一番キツイのは修復した骨の胴体たちである。

 現状、この予備の体があるから、吾輩たちは損傷を気にせず戦えるわけで。


 なのでロクちゃんに頼んで、入り口を一時的に石で塞いで貰ったのだ。

 そうそうないとは思うが、また蜘蛛のような生き物が入り込んでくる可能性も考えておかないとな。


 吾輩の肩の高さまで積まれた石壁の出来栄えに感心していると、ロクちゃんに引っ張られる形で五十三番が戻ってきた。


「大体のコツは掴めましたよ」

「それは良かった。出発前に荷物の整理をしておこうと思ってな。ほら、ロクちゃん」

「倒す!」

 

 リニューアルした黒曜石のナイフを手渡すと、ロクちゃんがぴょんと飛び跳ねた。

 もう片方の手に鉈を持って、ブンブンと振り回しながら手に馴染ませている。


「五十三番にはこれだな」


 長い木の皮の紐をつけた小さなカゴだ。

 肩に斜めに掛けられるように調整してある。


「石入れですね。ありがとうございます」

「背負袋は吾輩が持とう。服の方は、どっちがどっちを着る?」


 即席の槍を持ち、袋を背負い直しながら問いかけると、二体は互いに顔を見合わせる。


「かえって動きにくくなりそうだから、僕は結構ですよ」

「倒す!」


 ロクちゃんは、そっぽを向いてしまった。

 よほど臭いが嫌だったのだろう。


「……なら吾輩が着るとするか」


 いざという時に生き延びて二体を助けるのは、後方待機の吾輩の役目だ。

 わずかでも身の守りが増えるなら、やらない理由はない。

 それに主導者たるもの、皆が嫌なことでも率先してやらねばならんしな。

 

 靴はぶかぶかだったので、銅貨や革袋の水筒と一緒に部屋の隅に固めておく。


「それでは出発しますか」

「頑張って奴らの本拠地を突き止めましょう」

「倒す!」


 洞窟の外に出ると、すでに日はとっぷりと暮れてしまっていた。

 中天にかかる月のせいで、視界はさほど悪くはない。


 縦列隊形をとった吾輩たちは、ロクちゃんを先頭に森の奥へと歩き出した。

 行き先はお馴染みの川原だ。

 

 最初は川向こうを片っ端から探すつもりだったのだが、よくよく考えれば犬男は吾輩を追ってきたわけで。

 そうなると追跡の始点は、あの黒犬を倒した場所が一番怪しいとなる。


 昏い森の中を黙々と進み、特に何もなく吾輩たちは川原へ到着――する寸前に、足を止めたロクちゃんが片手をサッと上げる。

 それを見た五十三番も動きを止め、吾輩に手を突き出して止まれと合図する。

 ……またそれか。


 足音を殺したままロクちゃんに追いついた吾輩たちは、茂みに屈んだままソっと川原を覗き込む。

 そこに見えたものは、数匹の鳥が何をついばんでいる光景だった。


 月明かりに照らしだされているはずなのに、なぜか鳥たちは影しか映っていない。

 その真っ黒な鳥の形をしたモノは、不意に空高く羽ばたくと月影が漂う川面ギリギリを掠めるように飛ぶ。


 旋回し戻ってきた鳥の影は、銀色の雫を飛ばす魚を足の爪に掴んでいた。 

 そして川原に降り立つと、捕まえたばかりの魚にくちばしを突き立てる。

 他の鳥たちも一斉に群がり、魚は瞬く間に骨だけになった。


 何とも言えないシュールな眺めに目を奪われていると、不意にその中の一羽が顔を上げてこちらに顔を向けた。

 影の中に赤い二つの眼が浮かぶ様を見て、吾輩はそれがようやく全身真っ黒の鳥――カラスであると気付く。


 カラスの群れは気ままに川原をうろつきながら、時折り捕獲した魚を奪い合うように貪っている。

 その様子に五十三番が無言で立ち上がり、投石紐を勢い良く回し始めた。


 慎重に狙いを定めながら、紐の回転を上げていく五十三番。

 そして回転がピークに達し、遠心力の恩恵を最大限に授かった石が――。


 示し合わせたように黒い影たちが、一斉に飛び立った。

 同時に黒い羽毛が、粉吹雪の如く舞い上がる。


「――やったか?!」


 と問いかけて、吾輩は顎をガクッと開いた。

 そこにあるべきモノは、羽を撃ち抜かれたカラスの姿のはずだった。


 だが吾輩の額の眼には、全く違う光景が映っていた。

 月光が照らし出したのは、一匹の大きな獣の姿であった。


 空から降り注ぐ淡い輝きが、獣の背の美しい縞模様をあらわにする。

 一体、いつから、そしていつの間に居たのか、気がつくとその四つ足の獣は川原の中央でカラスを咥えていた。


 舞い散る黒羽の中、獣はカラスを噛み砕きながら周囲を睥睨する。

 他のカラスが全て逃げ去ったことを確認したのか、獣はゆっくりと咥内の獲物を咀嚼し始めた。

 一気に溢れ出した血の臭いが、吾輩のところまで漂ってくる。


 何が起こったのか理解できず、呆気にとられる吾輩の耳に空気をかき乱す小さな音が飛び込んできた。

 慌てて顔を横に向けると、五十三番が投げ損ねた投石紐を再び回し始めていた。


「おい、どうする気だ?」

「食事をしてる今が絶好の機会です」

「いやいや待て待て、勝算はあるのか?」


 判定が下した獣の命数は7。

 だがその体の周囲を覆う影の大きさは12から15――不意打ちで仕留められるほどの相手と思えない。


「任せてください、狙い撃ちで……一撃で仕留めてみせます」 


 そう小さく答えながら、五十三番の肩や肘に念糸が巻き付いていく。

 力が再び高まって、一点に収束し――。


 そして放たれた。


 空気を派手に裂きながら茂みをぶち破った石弾は、食事中の獣へ真っ直ぐに飛んでいく。

 結果を見届けようと見開いた吾輩の視界の内で、獣は一瞬のうちに跳躍していた。


 宙空を四つ足の影が軽々と横切る。

 そして川原の石が弾け砕ける音に、骨の砕け散る音が重なって響き渡った。

 隣にいた五十三番にのしかかる獣の姿に、吾輩は狙いが外れたこと、そして獣が一瞬であの距離を跳んできた事実に驚愕する。


 咄嗟に振り向いたロクちゃんの一撃は、返す獣の爪の一振りで腕ごと薙ぎ払われた。

 あっという間に二体の骨を戦闘不能に追いやった獣は、音もなく吾輩の方へ向き直る。


 大きく開いた上顎から伸びる二本の長い牙を見つめながら、吾輩はこの状況から生き延びる術を懸命に考えていた。




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