第三十二話 反撃の狼煙
「――今度、人間が来るとしたら、かなりの人数だろうな」
最初にやってきたのは二人。
次は一人だったが、犬を含めると三体。
明らかに増えている。
そして三人と二匹が消えた今の状況では、奴らが所属していた集団が本腰を入れてくる可能性は非常に高い。
「このまま諦めてくれるって訳にはいかないでしょうね」
「奴らが言っていた親分とやらは、怒りっぽい性格らしいからな。そういう輩は結構、面子に拘ったりするもんだ。部下が何人も戻ってこないとなると、余計ムキになって探そうとするだろう」
「ならせめて、これまでみたいに少人数で来てくれたら対処が楽なんですけどね」
「流石にそこまで無能だと、集団を束ねるのは厳しいんじゃないか?」
続けざまに送り込んだ部下が、連続で失踪しているのだ。
何からの手強い脅威が存在していると、普通は考えるに違いない。
なら次に打ってくる手は、戦力の増強一択だろう。
「そうなるとこっちの居場所もある程度、絞られているのが痛いな。バラバラに分かれて探し回ってくれるんなら、まだ勝機はあったんだが」
「ホント、厄介なことをしてくれましたね、あの犬男は」
犬を連れていた男がしでかした焚き火だが、あれには複数の目的があったのではないかと思える。
一つ目は洞窟内に潜む相手をいぶり出すため。
さらに入り口を煙で満たすことで視界を防ぎ、恐怖を煽りつつ自らが少数であるのも隠せると。
あとは中から飛び道具で狙われる危険性も減らせるか。
あの男、洞窟の正面ではなく斜めにずれた位置に座っていたしな。
まあそれだけ用心しても、予想外の場所から狙撃されてしまったが。
二つ目は、他の出入り口を確認するため。
離れた位置から煙が上がれば、そこに逃げ道があるのが一目瞭然となる。
そして問題は三つ目の目的、仲間にここの位置を知らせる狼煙の役割だ。
あの煙がどのくらい遠くから確認できたのかは分からないが、楽観的に捉えるのは厳しいだろう。
おおよその方角を知られただけでも、こちらが不利である事実は否めない。
「三、四人程度なら、もう負ける気はしないんですけどね」
「うむ、吾輩たちも強くなったものだ」
人間の能力や技能を三人分吸収した今、戦闘力は首だけであった時とは比べ物にならないほど上がっている。
同人数程度であれば、多少の損傷も平気である吾輩たちのほうが圧倒的に有利であろう。
だが相手の人数が倍以上となると、その計算も通用しない。
数の暴力の前には多少の有利さなど消し飛んでしまうのは、過去の歴史が証明している。
と、吾輩ら三体掛かりの攻撃を食らって、棺へ落ちた小男を懐かしく思い出す。
「次に来る人間は最低でも六人と仮定しておこう。何か対策案のある骨は?」
「倒す!」
退屈そうに吾輩たちの話を聞いていたロクちゃんが、真っ先に手を挙げる。
「良い考えでもあるのかい? ロクちゃん」
吾輩の質問に、ロクちゃんは頭骨を傾けると床を指差してみせた。
正確には床に並べられた犬男の所持品であるが。
これらは死体を棺へ入れる前に、身ぐるみ剥いでおいた戦利品だ。
がっつり汚れた上衣と革製の下ばき、下着は履いてなかった。
荒縄の帯には鞘がくくりつけてあり、錆が浮いた鉈が一丁。
あとは雑に縫い合わせた革靴と、同じく縫合が手荒な背負い袋。
袋の中身は小さなナイフが二本、銅貨らしいものが数枚、それと酒らしき液体が半分ほど入った革袋。
最後に火打ち石。これは吾輩的に非常に嬉しい。
「うーん、鉈が欲しいのかな?」
「あ、僕はそのナイフを希望します。投げるのにちょうど良さそうなんで」
「倒す!」
勢い良く歯を打ち合わせながら、ロクちゃんが飛びついたのはなぜか衣服であった。
そのまま上着に頭を通そうとして引っ掛かり、悔しそうに歯ぎしりを漏らす。
「そうか! 仲間に変装して潜り込む作戦ですね」
「いやいや、無理があり過ぎるだろ」
「でも衣服の着用自体は、良い考えですね。防御力も少しは上がりますし、見つかりにくくもなりますから」
確かに白い骨が動き回っているのは目立つからな。
「じゃあ、その服はロクちゃんに着てもらうか」
そう言った瞬間、癇癪を起こしたのか、ロクちゃんがベシッと床に上着を叩きつけた。
むむ、その服、汚すぎてかなり臭かったしな。
「大丈夫、洗えば臭いも取れるさ、ロクちゃん」
吾輩の慰めに首を何度も横に振りながら、ロクちゃんは再び床を指差す。
いやよく見ると、ロクちゃんの指骨が差していたのは、床の品々ではなくその横に描かれた地図の西の端であった。
「これは川に何かあると言いたいのか」
「倒す!」
合っていたのか、ロクちゃんは嬉しそうに返事をする。
そしてまたも衣服に飛びかかって持ち上げると、クンクンと鼻穴を鳴らしてから嫌そうに顔を背けてみせた。
「川と服……やはり洗えということか。いやまて、その臭いが重要なんだな? ロクちゃん」
「倒す!」
「もしかしてその服の臭いを川の向こう岸で探せば、奴らの棲家が分かると言いたいのでは?」
「おお、それは素晴らしい着眼点だぞ、ロクちゃん」
そもそも不思議に思っていたのだ。
この短い時間で、あの犬男がこの洞窟を見つけ出したのは、白犬の功績で間違いないと思える。
だが吾輩は川底を歩いて、臭いをちゃんと消したはずである。
にも関わらず、吾輩の痕跡を追跡されたと言うことは……。
「もしかして、川を通ったくらいでは臭いは消えないのか?」
「臭跡は途切れると思いますけど、臭い自体はそう簡単になくならないですね」
それもそうだな。
となると、あの犬男は川岸を延々と調べて臭いを辿ってきたのか。
そんな厄介な相手を初手で倒せたのは、本当に幸運だったな。
「もうすぐ日も落ちる。吾輩たちに非常に有利な時間になるぞ」
「良いですね、先に仕掛けるのも」
吾輩と五十三番は、顔を見合わせながら嫌らしい笑みを浮かべた。
う、骨の顔だけに、笑うとかなり気持ち悪いな。
「それにしても驚きましたね。……ロクちゃんが地図を読めたなんて」
「ああ、全くだ」
「倒す!」
コッツンと頭を叩かれた。




