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第三十話 認識の甘さ



 洞窟に近づくにつれ、何かを燃やした臭いが一層強く漂ってきた。

 同時に白煙が上がっている場所もハッキリしてくる。

 煙は明らかに、洞窟の入口辺りから吹き出していた。


「……何か火元とかあったっけ?」

「心当たりはないですね」


 となると、やはり――。

 大きな蜘蛛の死骸を抱えながら、テクテクと先頭を歩いていたロクちゃんが急に立ち止まった。

 棍棒を持ち上げて何かを指し示しながら、吾輩たちの方へ振り返る。


「倒す?」


 ロクちゃんが見つけたのは、洞窟の前に座り込んで頬杖をつく男であった。

 傍らには葉がついたままの枝が束になっており、見ていると男は洞窟の入り口に焚かれた火にそれをポンポンと投げ込んでいる。

 枝が投げ込まれるたびに、白い煙がもうもうと立ちこもった。


「糞、なんと勿体ないことを……」

「ええ、あれだとコウモリが全部逃げ出してしまったでしょうね」

「倒す?」

「うぬぬ、今すぐ倒してやりたいが、そうもいかんのだ。ロクちゃん」


 吾輩たちがあまり驚いていないのは、新たな侵入者が来ること自体は想定済みであったからである。

 先日、仕留めた黒犬だが、首に巻いていた荒縄が、ロナという少女を縛っていた縄とそっくりな臭いがしていたのだ。

 

 犬を使ってまで探しているのなら、遠からず洞窟を見つけ出すに違いないと。

 ちょっと来るのが予想よりも早過ぎた上に、あんなやり方をしてくることまでは考えていなかったが。


 吾輩の計算では、まず数人のならず者が洞窟にやってくる。

 で、洞窟の奥で黒棺様を見つけ運び出そうとするが、重すぎて断念する。

 なんせ腕力増強を持つ骨三体掛かりでも、ビクともしなかったからな。


 困った奴らは親分とかいう輩に意見を聞きに戻るに違いない。

 その跡をつけて、奴らの棲家を見つけ出すというのが狙いであった。


「まあ、来るのは早かったが、一人だけのようだし尾行作戦は出来そうだな」 

「いえ、一人じゃないですよ」


 草むらにしゃがんだ姿勢で、五十三番が男の近くを指差す。

 そこに見えたのは、うろうろと男のそばを歩き回る白い犬の姿だった。


「う、まだ犬がいる可能性を考えておくべきだったか」

「こっちが風下で助かりましたね」

 

 現在、吾輩たちは洞窟付近を見下ろせる丘の上に居て、目立たないよう草むらに身を屈めている状態だ。

 まだ気付かれてはいないようだが、風向きがずっとこのままだという保証はない。


「犬が居るとなると、跡をつけるのは難しそうだな」

「困りましたね。僕らの存在がばれるのが、一番の下策ですし」

「倒す?」

「……そうだな、今回は倒すとするか」


 なんだか不味い方向に向かってる気もしないではないが、今は良い手段が思いつかない。

 それにあの男の技能が手に入れば吾輩たちが強くなるのは確実だし、そうなれば全滅の危機を回避できる確率も少しは上がるはずだ。


「だが問題は倒し方だな。近寄ると簡単に逃げられそうだし……」

「うーん、この距離なら行けるかな」


 上半身を起こして男と犬を観察しながら、五十三番は独り言に近い歯音を立てる。


「かなり遠いが大丈夫なのか?」

「あ、はい。ちょっと試してみたいことがあるんですよ」 


 許可をすべきだろうか?

 成功すれば文句なしであるが、失敗すればこちらの存在が明るみになってしまう。

 ただの死体に偽装できるのが、今の吾輩たちの最大の強みである以上――。


「ま、失敗しても距離があるから、すぐに身を隠せば大丈夫か」


 一応、混乱させるために、拾ってきた骨をばら撒いておく。

 これで万が一の時は、体をバラバラにしてここに紛れれば、すぐには気付かれないだろう。 

 カゴは少し離れた場所に隠してと。


「よし、こっちの準備はできた。いつでも良いぞ」

「はい、では行きます」


 少し距離を開けた位置で、石をセットした投擲棒を持ち上げる五十三番。

 その腕に魂の力が急速に集まっていく。

 同時に肩の付け根から溢れ出した糸状の力が、関節部分をぐるぐると固定していく。


「念糸を使って強化しているのか」

「はい、実はさっきの蜘蛛の時もちょっとやってみたんですが、威力も上がるし細かい動きがしやすくなるんです」


 腰を落として力を溜め込みながら、五十三番は集中力を高めていく。

 そして軽く首を回すと、数歩の距離を一気に詰めて力強く腕を振り下ろした。


 一見、只の棒にしか見えない投擲棒であるが、腕を延長させたことにより投石の速度は倍以上に跳ね上がる。

 棒の先から放たれた石は、溜めきった全身の力が収束された結果、凄まじい威力となって対象に飛来した。


 ――瓜を落として割る。

 男の頭部に起こった現象は、まさにそうとしか言いようがなかった。   


 さっきまで座ってくつろいでいた男は、こめかみを石に貫かれ脳みそをぶちまけた後、パタリと横に倒れた。

 一瞬の間が空き、白犬が驚いた顔で跳び上がる。

 そして即座にロクちゃんが、飼い主を失ったばかりの犬に向かって走り出した。


「……恐ろしい威力だな。って、おい、大丈夫か?」

「ちょっと力を入れ過ぎたみたいです。少し休めば動けると思いますよ」

「そうか、犬の始末はロクちゃんに任せて、吾輩は荷物を取ってくるかな」

「あ、待ってください。ロクちゃんだけだと厳しいかもしれません」


 言われてみると勢い良く飛び出したはずのロクちゃんだが、どうも激しく吠えたてる犬を前にして動きが鈍いようだ。

 吾輩が黒犬を相手にした時は、さほど苦戦した記憶はなかったのだが。

 もしかしてわんわん騒動のせいで、苦手意識が出来てしまったとかか?


「よし、先にロクちゃんの手助けに行くとするか」

「はい、お願いします」

 

 丘を急いで下りながら、改めて一連の出来事を考え直す。


 まだ来ないだろうと甘く見ていたら、あっという間に洞窟を見つけ出されてしまったな。

 さらに洞窟内に落とし穴や石塁を作って備えてはみたが、中に入らず煙でいぶり出す手を使われてしまうとは。

 折角、頑張って植えた偽造用の草も、焚き付けに使われる始末だし。

 

 どうも吾輩の予想は、かなり甘かったと言わざるを得ない。

 最初の人間二人の回収が上手く行き過ぎて、心に緩みが出来ていたようだ。



「やれやれ、人間というのは本当に厄介な相手だな」



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