第三話 変革者
骨が一体出てくると、数値は10減る。
コウモリ一匹を入れると、数値は2増える。
つまり骨一体が、コウモリを六匹以上捕まえれば、数値は増えていく計算となる。
だが実際のところ、骨二体でコウモリ一匹が精々だ。
このまま減っていって、もしも数字が0になるとどうなるか?
普通に考えれば、骨たちが出てこなくなり魂の回収も止まってしまうだろう。
そうなれば当然、吾輩も永遠に逆さまのままだ。
それだけは全力で避けたい。
だが今のペースだと、後六十体ほどで数値が0を下回ってしまう。
そうなる前に、より強い生き物の魂を得ることができれば、奇跡の逆転に間に合うはず。
では具体的にはどうすれば?
残念ながら手も足もない吾輩に出来ることは、ひたすら祈るくらいだ。
しかし無情にも、数値はじわりじわりと減っていく。
骨棍棒の扱いにも慣れてきて、ここから魂の捕獲数が増える見通しだったのだが、獲物を手に戻ってくる骨はむしろ少なくなっていた。
原因はすぐに判明する。
コウモリたちが、天井の高い場所に群れるようになったのだ。
そこは骨棍棒を伸ばしても、届かない安全地帯であった。
天井のコウモリに気付いた骨たちは何とか叩き落とそうと頑張るが、そのうち諦めて違う場所へ獲物を探しに行ってしまう。
そして謎の頭突き使いにやられて消息を絶つと。
うーむ。
吾輩たちが学習したように、コウモリもまた生き延びるために学んだということか。
いや、感心している場合じゃないな。
半分くらい諦めつつ経過を見守っていたが、ついに数値は500を切ってしまった。
もう駄目かと思っていたその時、一体の骨が現れる。
吾輩たちの希望の星、五十三番目である。
棺から現れた五十三番目は、他のお仲間と同じように足元に散らばる誰かの骨を拾い上げる。
また同じパターンっぽいなと溜息を吐きかけた吾輩であるが、小さな違和感に気付く。
五十三番目は骨を手にしたまま、動きを止めていた。
顔の傾きからして、天井にぶら下がるコウモリたちに気付いてはいるようだ。
いつもならもうすでに、届かない骨棍棒をブンブンと振りまわしているはずなのだが……。
不思議に思って聞いていたら、五十三番目は唐突に腕をグルンと回した。
次の瞬間、何かが空を切った。
それは天井にぶつかると、グシャっと嫌な音を立てる。
同時に生き物の小さな悲鳴が響いた。
一拍遅れて、天井のコウモリどもが鳴き喚きながら一斉に羽ばたく。
逃げ惑うコウモリどもが放つ音の波に混じって、何かが続けざまに床に落ちる音が聞こえた。
状況が理解出来ず大きく口を開けていた吾輩の前で、五十三番目は平然と瀕死のコウモリを拾い上げた。
そのまま獲物を手に、棺に近付いていく。
そこでようやく吾輩は、五十三番目が何をしたかを理解した。
棺の側面には、新たな文字が浮かび上がっていた。
――『投げ当て熟練度 段階1』と。
なんと!
ついに骨たちは、遠隔攻撃手段を手に入れたのだ!
コウモリを棺に投げ込んだ五十三番目は、屈みこんで新しい骨を拾い上げる。
首の骨を軽く回しながら、新しい武器を手に部屋を出ていく五十三番目。
その背中からは、果てしない頼もしさが溢れ出していた。
その後、五十三番目は、計十四匹のコウモリを持ち帰る大活躍を見せてくれる。
以前から集めていた分と合わさって、これでコウモリ魂は三十一匹分となった。
そして三十匹を超えた瞬間、反響定位の段階が3に変わった。
2段階には十匹でなれたが、3段階目に上がるには二十匹が必要だった。
どうやら魂の必要数は、段階が上がるに連れて増えていく計算のようだ。
4段階アップに要る魂は三十匹分か、もしくは四十匹分かもしれないな。
だけど苦労した甲斐はあったと言える。
うん、吾輩は何一つ貢献してないが……。
3段階になった反響定位は、固定だと思っていた範囲が急にググッと広がった。
おかげで部屋の外の状況まで、音の景色が浮かぶようになったのだ。
ここでちょっと現在の『能力』と『技能』を改めて見直してみよう。
『反響定位』 段階3
『棒扱い熟練度』 段階5
『投げ当て熟練度』 段階3
『頭突き』 段階0
魂総数は502。
おお、ついに盛り返した。
投げ当て熟練度の上がり具合から見て、五十三番目は超頑張ってくれたようだ。
たった一体で、十体以上が鍛えた棒扱いの半分まで熟練度を上げてしまうとは。
こんな風に、たまに骨の中から尖った才覚の持ち主が出てくる。
とりあえず凄い連中なので、"変革者"とでも呼んでおこう。
彼ら、もしくは彼女たち変革者が現れてくれるおかげで、また希望が見えてきた。
このまま行けば、近い未来に吾輩の状況も変わるに違いない。
そんな夢溢れる吾輩の頭の中に、地面を擦る音が響く。
ズリズリガサガサと。
壁の向こうなので、ハッキリと像は浮かばない。
だが、それなりのサイズであることは分かる。
音はかなりの速さで通路を進み、部屋の出入り口で一旦止まった。
小さく何かを打ち付ける振動が、地面を通して伝わってくる。
やがて音の持ち主は、ゆっくりと部屋に入ってきた。
四本の脚を交互に動かして、身体を左右にくねらしながら。
棺の側まで進んだその生き物は、首を持ち上げて周りを見回した。
ようやくそこで吾輩は、そいつの顔をまともに捉えることが出来た。
それは大きなトカゲだった。