第二十八話 初めての乱獲
さて今回の遠征だが、最低でも生き物十匹捕獲が目標だ。
特に能力を増やすのが狙いなので、捕まえたことのない生き物を積極的に探していきたい。
新しい能力の獲得は、それだけで強さに直結しやすいからな。
もちろん、すでにある技能もバンバン使って熟練度も上げていきたいところだ。
「目的地までどれくらいなんだ?」
「もう見えてきましたよ」
「早いな!」
歩き出してから、まだほとんど時間は経ってないぞ。
「森の外は歩きやすいですから」
「なるほど、言われてみればそうか」
ここの森は人の手が全く入ってないようで、非常に移動が面倒なのだ。
枝が密生してるせいで常に薄暗く見通しが悪い上に、根っこに足が引っかかったりと非常に鬱陶しい。
下草もボウボウで地面がよく見えないから、でこぼこの地面で足を捻りそうになったりもする。
まあ吾輩たちの場合、筋肉や腱がないので捻っても歩行に全く支障はないのだが、足の小さな骨が取れたりするのが厄介なのだ。
この間、川を歩いて戻った時も、知らぬ間に左足の小指の骨がなくなっていたので驚いた。
もっとも末端再生のおかげで、翌日には生え揃ってくれたが。
森と丘の端境をしばらく進むと、森から追い出されたように点々と木が繁る場所へ行き着く。
「ほら、あの木ですよ」
五十三番が指差した先には、丈の低い木が枝を広げていた。
ゴツゴツとした樹皮ではなく、のっぺりとした外見をしている。
警戒もせず近づいた五十三番は幹にナイフで切れ込みを入れると、そこに指をかけ真下へ一気に引っ張った。
木の皮は音もなく、根元の方までズルリと剥ける。
「おお、簡単に取れるものだな」
「吾輩先輩もやってみます?」
「うむ、やらせてくれ」
ナイフを受け取りながら隣の木を見ると、ロクちゃんも石斧を器用に使って樹皮を引っぺがしていた。
よし、吾輩も負けておれんな。
しばし夢中で木の皮を剥く。
慣れてくると楽しくなってくるな、これ。
そんな訳で気がつくと、両手いっぱいの木の皮が採取できていた。
「……こんなものでいいか」
「駄目ですよ、吾輩先輩」
「う、駄目か。だが、もう剥がすところはあまり残ってないぞ」
「だから駄目なんです。同じ木ばっかり剥がすと枯れちゃうので、気をつけて下さいよ」
しまった。
つい欲が張って、その辺りまで気が回っていなかったな。
よく見ると、ロクちゃんは次々と木を変えながら皮を剥いでいた。
まさかロクちゃんより気が利かないとは、地味にショックだ。
「まあ、皮集めはこの位でいいだろう。ところで気になっていたのだが……これは何だ?」
木の根元にある灰色の繭のような物を指差す。
大きさは吾輩の膝小僧あたりまであり、幅もちょうど脹らはぎほどだ。
皮をめくる際に邪魔だと感じていたが、触る気になれなくて放置していたのだ。
「それ、前に話した蜘蛛の巣ですよ」
「これが? 蜘蛛の巣というのは、もっとこう枝と枝の間に網状に広がるものじゃないのか?」
「地面の中に潜んで、こんな風に袋状の巣を貼る蜘蛛もいますよ」
試しに長い木の枝で突いてみたら、触れた箇所があっさり破けて、開いた内側部分がべっとりと張り付いてしまった。
「ふむ、表面は粘つかないが、触ると繭が潰れてくっつくようになっているのか」
「獲物がうっかり触れると、絡みついて動けなくなるんでしょうね」
そう言いながら五十三番は、なだらかな丘の傾斜へ顔を向ける。
草に覆われた斜面のあちこちに、黒い点のような小さな穴が開いていた。
「ははぁ、巣穴から出てきたネズミが森へ入ろうとして、この木陰まで来ると罠が待ち構えていると」
「上手く考えてますよね」
五十三番の説明に納得しつつ、長い棒で巣の奥をほじくってみた。
だが何かが飛び出してくる気配は皆無である。
「……何もいないな」
「それ多分、放置された古い巣ですね。あっちのほうに気配のある巣を見つけましたよ」
「おっ、じゃあ捕まえてみるか」
現場の木に到着すると、すでにロクちゃんがスタンバっていた。
「倒す?」
「うむ、逃げられそうなら、倒しても構わんぞ」
ロクちゃんから木の皮を受け取った吾輩は、一歩下がって様子を見守る。
同じく少し下がった五十三番も投石棒に石をセットして身構えた。
我らが注目する中、ロクちゃんは棍棒をヒョイと持ち上げると、ためらう素振りもなくズボッと巣の奥へ差し込んだ。
そのまま無造作に、棍棒をグリグリと動かし始める。
次の瞬間、黒い影が巣穴から飛び出して木の幹に飛びつく。
が、その寸前、振り下ろされたロクちゃんの石斧が、影を地面へ勢い良く叩き落とした。
黄色い体液を撒き散らして、黒い影はあっさりと潰れる。
大きさは吾輩の手の平ほどで、ズングリとした体から数本の足が生えているのが確認できた。
「これは確かに蜘蛛だが…………小さいな」
洞窟で遭遇した奴は、中型犬ほどのサイズだったぞ。
しかし外見は、あの時の蜘蛛とそっくりである。
「まだ子蜘蛛とかじゃないですか?」
「そうだろうな。ま、何にせよ生き物捕獲第一号だな。いや死んでるので、この場合は回収か」
「…………倒す?」
「何、次は生け捕りにすればいいさ。気にすることはないぞ、ロクちゃん」
「倒す!」
「そうそう、その意気だ」
勢い込むロクちゃんは、その後三匹の蜘蛛を続けざまに潰した。
「だから倒しちゃ駄目だって」
「…………たおす?」
「石斧だと難しいと思いますね。こっちを使えば大丈夫な気がしますよ」
石斧を黒曜石のナイフと取り替えてもらうロクちゃん。
再び蜘蛛の巣へ挑んだロクちゃんは、飛び出してきた影に向かって黒い刃を一閃させる。
「お見事、ロクちゃん」
「やはり熟練度の差が大きいですね」
地面に落ちた蜘蛛は、逃げ出そうと懸命にもがく。
だが、その片側の足が全て切り落とされており、前に進むことさえ叶わない。
「よし、この調子でガンガン狩っていこう!」
「倒す!」
サクサクと蜘蛛を行動不能へ追い込み、次々と捕獲していく吾輩たち。
と言ってもハズレの巣も多く、カゴが一杯になったのは太陽が空の中心をやや抜けた時刻であった。
先回りして点在する木を巡りながら、蜘蛛の気配を確かめていた五十三番が不意に歯音を上げる。
「む、見てください!」
声に釣られ顔を上げた吾輩の目に飛び込んできたのは、一斉に森の方へと逃げていく子蜘蛛たちの姿だった。
わじゃわじゃと群れているので、それなりに気持ち悪い。
「よく逃げるな、あいつら。追うぞ、ロクちゃん!」
「倒す!」
勇ましく武器を掲げ森へ駆け込んだ吾輩たちだが、数歩の時点で足を止めた。
さっきまで明るい陽の下に居たせいか、森の中はやけに暗くぼんやりとしていた。
熱感知にも明らかな温度差が伝わってくる。
さらに下草を揺らす音が辺りに跳ね返ると、大量の木が遮蔽物となって頭骨内に浮かび上がる。
「むむ、気配が多すぎるな。しかも距離があるせいで、大きさがハッキリしないぞ」
「警戒して進みましょう、ロクちゃん」
「倒す!」
極端な前傾姿勢を取りながら、ロクちゃんは音も立てず歩き出す。
なるほど、視覚と聴覚に気配と熱まで頼りにならない時は、臭いの出番というわけか。
数歩遅れた位置で、投擲棒を構えた五十三番が続く。
樹々に囲まれた中を骸骨が歩き回る姿は中々にシュールな絵面だなと思いつつ、吾輩も何かが待ち構えていそうな森の奥へと足を踏み出した。




