第二十七話 地図の完成&遠征開始
肝心の黒曜石を拾い忘れ、何をしに川原へ行ったのかサッパリな吾輩に比べ、五十三番たちはキッチリと仕事をこなしてくれていた。
「それでは調査結果を報告しますね」
平然とした顔で五十三番が指し示したのは、地面に引かれた線や数字の集まりだった。
よく見るとそれだけではなく、小さな骨がところどころに置かれている。
この一見すると意味不明な図こそが、この三日の間、付近を調べ回った彼らの成果であった。
「まずは現在位置は、この骨となります」
図の真ん中にドンと置かれていたのは、バラバラになった背中の骨の一つであった。
太さから見て腰椎だと思われる。
線はその腰椎から葉脈のように、全体へと伸び広がっていた。
五十三番がまず指差したのは、地図の右側、東方面へ伸びる線だ。
小さな円を幾つか描きながらも線は奥まで伸びず、中心の洞窟にすぐに戻ってきているのが一目で分かる。
「洞窟から見て東側ですが、小山がいくつも続く丘陵地になってます。下草が多い上に、感じ取れる気配のほとんどは小さな虫ぐらいでしたね。なので遠くの方までは調査していません。気になったのは、巣穴らしき横穴がそこかしこにあった点ですかね。多分ですが、ネズミたちの本拠地はここだと思います」
「ふむ、ネズミの能力は魅力的だが、巣穴から引っ張り出す方法を思いつくまでは後回しだな」
吾輩の返答に頷きながら、五十三番の指が地図の上部、北方面へと移る。
北側の線は数度、枝分かれしつつ広範囲に広がっていた。
「北側はひたすら森ですね。奥に行くほど樹齢の長そうな木がみっしり並んでました。この横線より先は、腐葉土が深くて進みにくく調査を断念しました。ただ、この付近は腐葉土の下からムカデが出てくる時もあるので、狙い目の場所でもありますね」
地図の上限部分に引かれた線には、千三百十四と歩数が記されてた。
かなり奥の方まで行っていたんだなと驚きつつ、吾輩の関心は丘と森がぶつかる辺り、北東の位置に置かれた骨へと移る。
「この胸椎はなんだ?」
「それは綺麗に皮が剥ける木が生えている場所ですね。蜘蛛の巣もチラホラ見かけましたが、肝心の蜘蛛の気配はなかったです。この場所からさらに奥へ行くと、黒い樹皮の大木が増えてきます。カブトムシを見かけたのも、この辺りですね」
「樹液を餌にしてるんだろうな。ふむ、こっちの骨は?」
洞窟から北西へ伸びる線の行き止まりに、見慣れない形の骨が置かれている。
「それは踵の骨ですね」
「そうなのか。って、骨の説明は要らんぞ」
「その踵骨の場所は、なぜか木が全く生えていない広場になってまして、花が大量に咲いていたんですよ」
「ほほう、秘密の花園というやつか。気配はあったのか?」
「ええ、濃厚なのが密集してましたね。流石に危険すぎて立ち入っていません」
北方面は色々と面白そうな箇所が多そうだな。
吾輩の視線が洞窟から左、西方面へと移動する。
そこあったのは、ゆるく蛇行しながら上下に引かれた太い線であった。
「これは川だな」
「はい、まず川向こうですが、明らかに人が居ますね。何人かの足跡や枝を折った形跡がありました」
「集落の住人か、もしくは例のならず者たちか。あいつらの臭いは川を超えて来てたしな」
五十三番の指が川の線に沿って下方向へ動き、川下の下顎の骨へ辿り着く。
「その集落がここですね。吾輩先輩の信奉者もここの子供でしょう」
「好きで崇められている訳ではないぞ」
吾輩の抗議をスルーした五十三番は、次に川の上流へ指を戻す。
「この部分は大きな岩が多くて歩行が非常に困難でした。それと川沿いの岩場にトカゲをかなり見かけましたよ」
「ほほう、それは朗報だな。あと残っているのは南だが、こっちはどうだった?」
洞窟の下、南方面にはあまり線がなく、調査はさほど進んでないようだった。
だが一箇所だけあからさまに目立つ骨たちが置かれているので、スルーするわけにもいくまい。
「洞窟を南下すると木がかなり減っていきますね。森から林以下になる感じです。ある程度までは進めたんですが、身を隠せる遮蔽物が減ってきたので前進を断念しました」
「何か生き物は居そうだったか?」
「気配はあったのですが、木の天辺だったので正体は不明です。もしかしたら前に川原で見かけた真っ黒な鳥かもしれません」
「そうか。鳥はまだ仕留めるのは厳しいかもしれんな。ふむ、後は……」
「後は何でしょう?」
わざとらしい態度をとる五十三番に、吾輩は歯を剥き出しにしてみせる。
「いい加減聞いておくか。この歯たちはなんだ?」
洞窟と集落のちょうど中間部分の地面に、これ見よがしに地面に歯を突き刺して、ぐるりと囲まれた輪があった。
露骨に目を引いたので、今まであえて無視していたのだが。
「とうとう、それに気付いてしまいましたか……」
「いや、最初から気付いていたよ。あえて触れなかっただけだ」
「それはズバリ、沼です」
「沼?」
「ええ、真っ黒な水を湛えたちょっと変わった場所でしたよ」
「当然、何か居たんだろ?」
「ええ、吾輩先輩のお気に入り、火を吹くトンボがフラフラと水の上を飛び回ってましたよ」
「おお、あいつらの生息地はここだったのか」
それは何よりのニュースだな。
意味ありげに歯なぞ並べず、真っ先に教えてくれれば良いものを。
「では今回の行き先は当然ここ――ではなく、こっちだな」
地図の北東の胸椎を指差した吾輩へ、五十三番が意外そうな視線を向けてくる。
もっとも目玉はないので、顔の傾きで勝手に判断しているだけだが。
「真っ黒沼じゃないんですか?」
「今の優先事項は、獲物を出来るだけ多くここへ運び込むことだからな。ならば、先にカゴの材料を集めたほうが効率は良いだろ?」
「倒す?」
カゴという単語に反応したのか、黙々と木の皮の縄を編んでいたロクちゃんが唐突に言葉を発する。
「うむ、これからは存分に倒してくれていいぞ、ロクちゃん。ところで紐は出来たかい?」
「倒す!」
「おお、これは素晴らしい」
元気よく頷いたロクちゃんが、出来上がった紐を差し出してくれる。
ロクちゃんはこういった根気がいる作業でも、とても有能だな。
早速、以前作ったカゴに紐を結び、肩に通して背負えるようにしてみた。
背負いカゴをイメージしたのだが、どうもスカスカで荷物を入れた先から落ちてしまいそうだ。
まあ、何もないよりはマシだと妥協しよう。
「夜も明ける頃だし、そろそろ第一回目、生き物回収遠征へ出発するとしますか」
「そうですね、頑張りましょう」
「倒す!」
「うむ、その心意気だ。ロクちゃん」
石斧と元松明の棍棒を、ロクちゃんが勇ましく掲げる。
五十三番は石を詰め込んだカゴと投石棒に加え、黒曜石のナイフ二号を装備済みだ。
そして吾輩はへなちょこ背負いカゴと、長い木の枝と。
それでは行ってきます、黒棺様。
お土産を楽しみにしてて下さい。




