第二十六話 棺の検証
「それは大変でしたね」
「ああ、全くだ。余計な手出しはするもんじゃないな」
「でも、結果的には犬も手に入れて子供も無事と、良いことずくめじゃないですか」
「そう、そうなんだよ。骨噛まれ損のくたびれ儲けにならずに済んで本当に良かったよ。それでその……」
「なんですか?」
「…………そろそろ、勘弁してくれないだろうか?」
正座の状態で膝の上に大きな石を抱えたまま、吾輩は深々と頭を下げる。
ニッコリ笑った五十三番は、もう一つ石を追加してきた。
ギシギシと大腿骨がヤバイ音を立てる。
「反省が足りてるようには見えませんね」
「倒す?」
「倒さないでくれ! 物凄く反省している、した! しました。すまなかった」
「本当ですか? なんだか歯音が軽いですよ」
「自覚が足りなかったと十分に自覚した!」
「もう無茶はしないと約束します?」
「するする、勝手な単独行動はしない。面倒事は見て見ぬ振りだ。欲望に負けそうになっても我慢する!」
足の上にいくら石を乗せられても痛くはないが、大腿の骨が折れると修復できないため交換必須となる。
スペアの数は多くないので、そうなるとあまりにも勿体ない。
それに実際、吾輩がやったことは、一つ間違えればすべて失いかねない行為だった。
軽率というくくりで済ませて良いはずはない。
「仕方がないですね。ただ、次は三段積みですよ。いや、頭外しの刑のほうが良いかな」
さらっと恐ろしいことを抜かしながら、五十三番が膝の上の石をどけてくれた。
大腿骨が軽くなっていく感触に、吾輩は肋骨を撫で下ろす。
「それで、どうだったんだ?」
「犬の結果ですか? 予想通りでしたね」
その言葉に立ち上がった吾輩は、ギリギリ死ぬ前の黒犬を投げ込めた棺を覗き込む。
相変わらず棺の底は真っ黒で、境目も覚束ない。
じっと見ていると、深い井戸の水面を眺めているような気分になってくる。
「と、あったな」
手を伸ばして棺の底から石の欠片を拾い上げる。
それは吾輩が作った黒曜石の刃――黒犬の目に突き刺さっていた物だ。
「首縄はなしと」
先日、人間たちの魂を回収した後、当然であるが棺の底に遺留品が残ってないか調査した。
ナイフや革鎧があれば大儲けと思ってのことだが、結果は何もなし。
身に着けていた装備一式ごと、全てが黒棺様の中へ消えてしまっていた。
そして今回、黒犬に黒曜石の刃が刺さったまま棺へ入れてみたのだが、刃が弾かれて残り、犬が首に巻いていた荒縄は綺麗になくなっていた。
これはつまり本人が自分の一部と認識していた物は、棺へ吸収されてしまうということが判明したと言えよう。
となれば……。
「次はキチンと裸に剥いてから、ぶち込めということだな」
「倒す!」
「うむ、まずはその人間を探す必要があるがな。お、ありがとう、ロクちゃん」
ロクちゃんが差し出してくれたのは、胴体をちょうど半分にぶった切られたムカデだった。
まずはウネウネと暴れる頭の方を棺へ投げ込む。
総命数の数字が3増えた。
次に残った方の胴体を放り込む。
数字に変化はなしと。
「脳みそがある方を認識してるんでしょうか?」
「心臓という可能性もあるな」
「倒す?」
「そうだな、次は頭を取って試してみるか。よし、次の実験だ」
床に積んであったコウモリを、一つずつ棺へ投げ込んでいく。
これは捕まえる時にうっかり殺してしまった死体を残しておいたものだ。
「やっぱり総命数は増えませんね」
「魂が残ってないとそうなるか」
棺の側面の文字に変化が起きたのは、ちょうど十匹目の死骸を投げ入れた時だった。
「あ、反響定位の段階が4になりましたよ!」
「おお、実験は大成功か!」
「倒す!」
「うむ、これからは面倒な相手は殺しちゃっても良いぞ、ロクちゃん」
前に死にかけのムカデを棺に入れた時に、総命数の増加数に変化がなかったので気になっていたのだ。
獲物の状態を問わないなら、命数が0の死体ではどうなるのかと。
どうやら死体の場合、魂自体はカウントされないが能力自体は回収できることが判明した。
これもかなり重要なことだといえる。
あとは死体の部位がどの程度、残っていれば良いのかと、死後の時間経過はいつまで有効なのかも調べておきたいな。
「だいぶ黒棺様の特性がわかってきたな」
「えーと、装備品は吸収されるので注意、同一個体はバラバラにしても一つとみなされる。魂が失われても能力は回収できる。今回はこの三つですね」
「もう一つあるぞ。能力の段階を上げるには、その現段階の十倍の生き物の体が必要となる点だな」
反響定位の段階1から2へ上がるのに、コウモリは十匹。
2から3へは二十匹。そして4段階へは三十匹だった。
仮に10段階が最高限だとすれば、1からだと四百五十匹の計算となる。
「頑張れば、何とかなりそうな数ですね」
「コウモリやネズミなら行けると思うが、犬やトカゲは厳しいかもしれんな……」
一応、他の数値に変化がないかも確認しておくか。
能力
『反響定位』 段階4
『気配感知』 段階3
『頭頂眼』 段階2
『末端再生』 段階2
『臭気選別』 段階1
『火の精霊憑き』 段階1
『腕力増強』 段階1
技能
『棒扱い熟練度』 段階10
『刃物捌き熟練度』 段階10
『投げ当て熟練度』 段階8
『叩き落とし熟練度』段階7
『身かわし熟練度』 段階7
『判定熟練度』 段階5
『抜き足熟練度』 段階5
『差し足熟練度』 段階4
『骨会話熟練度』 段階3
『短剣熟練度』 段階3
『片手棍熟練度』 段階2
『長柄持ち熟練度』段階2
『片手斧熟練度』 段階2
『見抜き熟練度』 段階2
『火の精霊術熟練度』 段階1
特性
『刺突耐性』 段階7
『打撃耐性』 段階6
『圧撃耐性』 段階3
『炎熱耐性』 段階1
技
『しゃがみ払い』 段階6
『齧る』 段階2
『念糸』 段階1
『頭突き』 段階0
『爪引っ掻き』 段階0
『体当たり』 段階0
『くちばし突き』 段階0
『毒牙』 段階0
『噛み付き』 段階0
『三回斬り』 段階0
戦闘形態
『二つ持ち 段階4』
総命数 590
む、熟練度が密かに上がってるな。
抜き足と差し足は、移動時に使うから上がりが早いようだ。
ただこの歩き方だと速度が出ないから、四六時中使うという訳にも行かないのが難点か。
判定も上がったな。
これは黒犬と子供を見ておいたおかげか。
あとは見抜きがいつの間にか2に。
「それは黒犬と戦った際に、上がったんじゃないですか?」
「そうなのか?」
「ええ、犬は顔の側面に目がついているので、真正面が死角になりやすいんですよ」
「なるほど、それで吾輩の投げた石が避けれなかったんだな」
無意識に技能を使って弱点を見抜いていたのか。
これも、素晴らしく使える技能な気がしてきたぞ。
他に変わったのは……。
「……………………圧撃耐性が3になってるぞ」
「ああ、多分それさっきの石乗せの成果ですね。うん、もう少し続けてみますか?」
「倒す! 倒す!」
「倒さないって。もう勘弁してくれ~」
▲▽▲▽▲
早朝の川原。
低く呼ぶ犬の声に、その人影は茂みの奥から姿を現した。
泥か垢染みか区別がつかないほど汚れた上衣、朝露に濡れる皮長靴の馴染み具合から男の森歩きの長さが窺い知れる。
男は犬の指す場所へ屈み込み、血が付いた石を拾い上げた。
そのまま視線を上げ、血痕が点々と川へと続いているのを確認して立ち上がる。
「……クロが殺られちまったか。この血の小ささだと、誰かの肩辺りの高さだな……死体を隠す訳……いや、死体が欲しかったのか……」
ブツブツと独り言を呟きながら、男は手がかりを求めて周囲を見渡した。
そして石に紛れるように落ちていた木の枝を見つける。
明らかに加工された跡がある木片に血飛沫の付着を見つけた男は、川に沿ってうろついていた犬を呼び寄せる。
「ねぐらがありそうなのは川向こうか……。シロ、頼むぞ」
木片の臭いを嗅ぎ取った白犬は尻尾を小さく振ると、鼻先を地面へ寄せて歩きだす。
だが数歩も行かないうちに立ち止まって顔を上げると、くるくると円を描くように回りだした。
そのまま白犬は何度も空気の匂いを確かめていたが、やがて男を見上げながら小さく鼻を鳴らした。
「臭いがねぇのか。何だ、コイツは……。リドが三日過ぎても戻ってこねぇし、てっきり女でもさらって逃げたのかと思ったが、本当に屍使いって奴が居るようだな。他に手掛かりはねぇか、シロ?」
男の言葉に白犬は、先ほどまで居た川のそばへ戻り小さく吠えた。
そのまま川下へ向けて走り出す。
「――待て、シロ。そっちははぐれたちのチンケな村だな。川に入った奴とは別もんだ。クロの血の方を追うぞ」
犬を制した男は上流をギロリと睨みつけた。
「水に流した気分になってるようだが、どこかで川から上がったに違いねぇ。……そこを見つけりゃいいだけだぜ」




