第二十五話 信徒獲得
ぎごちない沈黙が場を支配していた。
少女は地面に伏したまま、顔だけ持ち上げてキラキラした眼差しで吾輩の返事を待っている。
他の子供達は、声を失ったまま呆然と立ち竦んでいる。
そして吾輩は、瀕死の犬を肩に担いだまま懸命に考えを巡らせていた。
どうも困ったな。
このまま無視して立ち去るべきか。
だが放置した子供たちが集落に戻って、吾輩の存在を吹聴すればどうなる?
では洞窟に連れ帰って、総命数の足しにすべきか。
この少女だけなら容易いが、四人まとめてだと手が足りないな。
それに洞窟の場所を知られてから逃げられると、厄介さは今以上になる。
なら少女だけにして、残りは殺して茂みにでも隠しておくのはどうだろう。
わざわざ身を危険に晒してまで助けたのにか?
それに生活共同体から一度に四人の子供が居なくなれば、大規模な探索が始まる可能性も高い。
かといって口封じもせず戻せば、吾輩の存在が明るみになることは明白だ。
「あ、あの、覚えてらっしゃいならないかもしれませんが、前に助けて頂いたロナと申します」
返事を窮する吾輩にじれたのか、少女はいきなり自己紹介を始めた。
やはり以前に、洞窟に連れてこられた子供か。
どうやら不思議なことに、吾輩がここに置いていったことを覚えているらしい。
助けたというか、危険性が高いので巣に戻したというのが正しい言い方だが。
脅しのために黒焦げのトカゲを見せつけてやったのだが、あまり上手く伝わらなかったのか。
「母さんが言ってたんです。真面目にお祈りしていれば、困ったときに天の御使い様が助けてくれますよって。それで私、そのお礼が言いたくて」
「な、何言ってんの、ロナ。それ、どう見ても化け物……」
「失礼なこと言わないで、アル!」
アルと呼ばれた少年は、ロナ少女の怒りに満ちた一喝に顔を引きつらせて黙り込む。
いや、当たり前の指摘だと思うのだが。
同情の眼差しを向けると、少年はガタガタと震えだした。
ああ、小便を漏らしていたのは、この子か。
「私を二度も助けてくれた方を、化け物呼ばわりするなんて! ごめんなさい、御使い様」
おい、名乗ってもいないのに、御使い様という名称が確定されてしまったぞ。
って、不味いな。
肩に乗せた犬の余命が残り少ないと、熱探知が知らせてくる。
早く洞窟に戻ってこの犬の魂を黒棺様に捧げたいのだが、このままだとこの子らもついて来そうだな。
適当にあしらって、さっさと追い払うべきか。
それとも全員を川に投げ込んで、溺死に見せかけ――いや不自然すぎるか。
「……もしかしてお怒りに? ああ、一体どうすれば」
その答えは、吾輩が一番知りたい。
ロナと名乗った少女は、すがるような目で吾輩を見上げてくる。
アルと呼ばれた少年は、必死に目をそらしながらもチラチラとこちらを窺っている。
そして二人の幼女は、相変わらず固まったまま吾輩を凝視してくる。
四人の視線を一身に浴びた吾輩は、考えあぐねた末――。
立てた人差し指を、そっと口の前に寄せた。
伝わったかと心配したのも束の間、少女の顔がパァと明るくなる。
「秘密! そう、秘密なんですね? 御使い様!」
…………………………良かった、通じたぞ。
安堵した吾輩は深く頷く。
「ええ、分かりました。決して、御使い様のことは誰にも言いません!」
「えっ、本気? 僕、絶対に喋っちゃうよ」
「そんなことしたら、アンタの舌引っこ抜いてやるんだから! サーサとビービも分かった?」
幼女たちがコクコクと顔を縦に振る。
よし、話はついたようだな。
犬を抱え直した吾輩は、三人の子供たちの方へ歩き出す。
そして口を開けっ放しの子供たちの横を通り抜けて、川へ足を踏み入れた。
匂いの痕跡を消すために川の中を歩いて戻ろうとした吾輩の背に、少女の弾んだ声がぶつかる。
「何かお手伝いさせて下さい、御使い様!」
結構だというジェスチャーが思いつかなかった吾輩は、振り返って少女の顔をじっと見つめる。
伝われ、伝われ。
「どこかに埋めるんですか? 穴掘りなら任せて下さい!」
無理か。
どうやらこの少女は、吾輩の役に立ちたくて懸命なようだ。
だがそんな細い手足では、穴どころか窪みを作れるかも怪しい。
よく見れば子供たちは、薄汚れており一様に痩せていた。
うむむ、子供というのもは、もっとふっくらしてるモノではないのか?
折角助けてやった命が、大きくなる前に死んでしまうのは困るな。
吾輩は以前やったように流れの中の気配を探りながら、足元の砂利の中から手頃な石つぶてを拾い上げる。
そして目星をつけた気配に、手首を捻って石を投げつける。
水を切る音の数秒後、ぷくりと小魚が浮かび上がった。
近付いて拾い上げた魚を、岸へ投げてやる。
続けざまに三匹ほど投げてやると、目を丸くしていた少女がおずおずといった感じで魚を摘み上げる。
頷いてさらに仕留めた数匹を、子供たちへ投げてやる。
そこでようやく理解したのか、子供たちは必死な顔になって魚を拾い始めた。
アル少年や二人の幼女も、先ほどのまでの強張った表情が嘘のように、はしゃいだ顔で魚に飛び付いている。
しばらく続けると、子供たちの両手の中はピチピチと動く魚で一杯になった。
魚を捕るのを止めた吾輩へ、期待に満ちた目を向けてくる。
何も語らず、ただ集落の方向を指差す吾輩。
あっさり伝わったのか、歓声を上げながら子供たちは下流へ向けて走り出す。
ふう、上手く行ったな。
途中、振り向いた少女がぺこりと頭を下げるのを見送ったあと、踵を返した吾輩は洞窟へ向けて一心不乱に走り出した。




