第二十話 集落発見
穏やかな水の流れに、視線を移してみた。
せせらぎの音を立体的に捉えながら、無意識に水面下の気配を探る。
大量の情報が頭骨内に押し寄せてきたので、吾輩は慌てて気配感知を中断した。
これは小魚たちか……。
ほとんどが命数1に達していない。捕まえるだけ時間の無駄だな。
他に何か出来ることは――。
そうだ。
こんなに石があるのだから、武器を作れないだろうか。
そう考えて、適当に平たい石を探す。
手頃なのが見つかったので、大きめの石に上から叩き付けてみた。
端が欠けて、石は少しだけ鋭くなった。
ふむ、力加減が難しいな。
何度も小さくぶつけては、石の端を出来るだけ尖らせていく。
形はそれらしくなったし、次はちょっと研いでおくか。
大きな石があったので、これで擦れば良いだろう。
水で濡らして……何ということだ。
吾輩の骨の手では、水が汲みだせないではないか。
仕方ないので葉っぱが茂った枝をベキっともぎ取って、川の流れにつける。
そして濡れた枝で石をバシャバシャと叩けば、研磨台の出来上がりだ。
周囲を時々探りながら、無心に石同士を擦り合わせる。
かなり長い時間研いでいたが、川原に近付いてくる気配は何もなかった。
仲間を連れて戻ってくる様子はなさそうだな。
……よし、このくらい尖れば良いか。
次は握りやすい太さの枝を探し、その付け根に研ぎあげた石を叩きつけて折り取る。
あとは木の枝の真ん中に穴を開けて、この刃石を通せばって。
これは、ちょっと難易度が高すぎるな。
ならばと枝が分かれている二股のところに石をあてがって、少女の手を縛っていた荒縄できつく枝同士を縛って固定する。
その上からさらに、伸び放題の蔓でぐるぐる巻きにしてみた。
よし、不恰好だが石斧らしきものの完成だ。
成果を試してみたいが、あまり目立つ跡を残すのも不味いか。
少しだけ太めの蔓を切ってみた。
うむ、なかなかの切れ味だ。
木も切ってみたいが、ここは我慢しよう。
切り取った蔓を落ちていた木の枝に絡めるように編み込んで、籠らしいものも作ってみる。
さらに手の平に収まるサイズの石を拾って、片っ端から中に詰め込む。
そうだ、丈夫な木の皮とかを使えば、投石器なんかも作れそうだな。
でもそれは、次の機会とするか。
すでに陽は山の向こうに沈み、辺りはとっぷりと暗くなっていた。
星灯りを頭頂眼が拾い上げてくれるので、歩くのに支障はなさそうだ。
武器も用意できたので、夜道でも不安は薄い。
しゃがみ込んだ吾輩は、少女の匂いの追跡を始めた。
夜の川沿いを進みながら、足音をほとんど立てずに歩けることに気付く。
む、いつの間にこんなスマートな歩き方を。
吾輩が聞き慣れた骨の足音は、それなりに大きかったはずだが。
これなら、暗くなるまで待つ必要はなかったか。
そう言えば半日近く動き詰めのはずだが、全く疲れを感じていないな。
腹も減ってないし、喉も渇いていない。
うーむ、食事を摂る必要もなく、休憩や睡眠もいらない体か。
骨の体って実際に動かしてみると、不思議なことばかりだなぁ。
例えばこの石斧もそうだ。
初めて手にしたに違いないのだが、なぜか使い方がある程度分かっているというか、戸惑いが全くない。
刃物捌き熟練度や棒扱い熟練度のおかげだと思うが、手にしたばかりの武器を訓練もなく使いこなせるというのは便利すぎる。
いやはや、吾輩たちって本当に何なんだろう。
と、改めて考えなおしていたら、前方にそれらしい場所が見えてきた。
広くなった川沿いに、何軒かの建物が固まっている。
ボロボロの小汚い柵が、その周りを申し訳程度に囲っていた。
糞尿の匂いが混じる風に、集団で生活している様子が濃く感じ取れる。
身をかがめた吾輩は、離れた茂みから集落へ目を凝らした。
建物の数は十軒ほど。どの家からも、灯りは漏れていない。
気配は大小それぞれ二桁以上はあるな……家畜も飼っているのか。
もう少し近づけば数はハッキリするだろうが、暗がりで真っ白な骨は目立つから自重しよう。
うむ、確認完了と。
距離的に考えて非常に危ないな、ここは。
吾輩たちの存在や洞窟の位置を、あの少女は直に目撃はしていない。
あのならず者たちと謎の人物の間で揉め事があったあとに、気がつけば川原に捨てられていたという認識になるはずだ。
関わるとお前もこうなるぞと脅すためにトカゲの死体を見せつけてみたが、そう楽観は出来ないだろう。
恐怖を与えすぎると、過剰に反応してくる場合もあるしな。
それに小男が言っていた親分という存在も気になる。
早く戻って、対策を練るとするか。
▲▽▲▽▲
固い藁の寝床に横たわりながら、ロナは深々と息を吐いた。
スウスウと寝息を立てる双子の妹たちを起こさないように、こっそりと寝返りをうつ。
薄い敷き布を通してチクチクと肌を刺す藁の感触が、余計に少女の眠りを妨げていた。
ただでさえ今日一日の出来事が頭の中でぐるぐると渦を巻いているのに、これでは到底眠る気にもなれない。
恐ろしい一日だったと、ロナは今さらながら身震いが止まらない体をきつく抱きしめる。
無事に家に帰れたのは、本当に奇跡だったと。
そもそもの切っ掛けとなったのは、腹を空かせた双子の泣き顔であった。
貧しいロナの家では、日々の食事に事欠くのはしょっちゅうである。
薄い麦粥が、一日に一度あれば良いほう。
母さんにお客さんが尋ねてきた日だけ、塩漬け豚の切れっ端やパンの皮を貰えたりもするが、それも月に数度のみ。
空腹を抱えたまま、ぐずる妹たちをあやすのが少女の日課となっていた。
村からすぐの森に行けば、食べられる物は幾らでもあるのだ。
キノコや木の実、運が良ければ白蜜桃の木に出会えるかもしれない。
だが森へ入るのは、母さんから強く戒められていた。
「良い子のロナ、よく聞いて。あの森には、恐ろしい物取りや獣が嫌ってほど潜んでいるの。だから決して近づいてはダメよ」
「はい、母さん」
ロナは要領の悪い子ではなかったが、頭の良い子でもなかった。
そして妹思いの子供でもあった。
お腹が減りすぎてべそをかく愛しい双子たちを見て、少女はとうとう我慢できなくなってしまったのだ。
(こっそりと入って、木の実を数個だけ千切ってすぐに戻ればいいわ)
(それくらいなら森に棲む悪い人たちだって、きっと気づかないに違いない)
そう考えた少女は妹たちに家で留守番してるよう言い聞かせて、そっと扉から外へ抜け出した。
人が余り出入りしない森は、沢山の食べ物で溢れかえっていた。
ちょっとだけと決めていた心は、宝物たちを前にあっさりと崩れ去る。
そして木苺に夢中になっていた少女の耳は、背後から近づく足音を簡単に聞き逃してしまった。
声を出す間もなくロナの顔に、強引に袋が被せられた。
振り回そうとした手は簡単に捩じ上げられ、瞬く間に縄が巻き付いて自由を奪う。
袋の上から数度殴られて、少女は抵抗の意思を即座に手放した。
小突かれ引っ張りまわされるロナの心の中は、母や妹たちと二度と会えないかもしれない悲しみと後悔で一杯になっていく。
ロナを捕まえた男たちは、少女を薄暗い場所へ連れていった。
諦めにすっかり身を任せていた少女は、周囲で起こっていた出来事をほとんど理解できないまま、そこで頭をしたたかに殴られて気を失う。
気がつけば、ロナは川原に横になっていた。
辺りには誰一人居ない。
その代わり、岩トカゲの丸焼きが眼の前に置かれていた。
涙と血にまみれた顔を川で洗い流した少女は、素晴らしい贈り物を袋に包んで川沿いをひた走った。
殴られた痛みを忘れるほどに、小さな胸を喜びで満たして。
ロナは川で洗濯しようとしたら、運良く死にかけの岩トカゲが流れてきたのだと母さんに説明した。
母親はトカゲのご馳走を目を丸くして見つめたあと、ロナと双子を優しく抱きしめて天の神々に心からの祈りを捧げた。
その日、久しぶりにロナの家族は笑顔で夕食を楽しんだ。
そして今、寝床に入ったロナは、改めて我が身に起きた恐怖に身を震わせる。
(……私を助けてトカゲの贈り物をしてくれた人は、いったい誰なのかな?)
袋を被せられていたので、恩人の姿は何一つ分からない。
ただとても堅い肩の持ち主だったことは、うっすらと覚えている。
(もしかしたら、母さんがよく言ってる天の御使い様かもしれない)
(私が良い子にしてたから、神様が助けてくれたんだ。きっとそう)
答えを見つけると、少女の胸の中で暴れていた感情はすっと和らいでいく。
ロナは信心深い子であったが、思い込みの激しい子でもあった。
また出会えるかなと願いつつ、少女はいつしか深い眠りへ落ちていった。




