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第十九話 復活、我が骨体



「や、や、や…………やったぞぉぉおおおお!」

「やりましたよ、吾輩先輩、ロクちゃん!」

「倒した! 倒した! 倒した!」


 嬉しさのあまり、歯を盛大に噛み合わせる音が部屋中に鳴り響く。


「こんなに上手く行くとはな。……半分以上は自滅してくれたようなものだが」

「いえいえ、見事な作戦でしたよ、吾輩先輩」

「見事というなら、止めをさしたあの骨刃だろう。あの不思議な動きは何だったんだ?」

「ちょっと力んだせいで偶然、あんな軌道になったようですね」

「そうか。やはり運は吾輩らの味方だったということか。だが、五十三番の働きが素晴らしかったのは間違いない。もっと誇っても良いぞ」

「いいえ、今回の最大の功労者は――って、ロクちゃん、わんわん!」


 唐突に謎の大きな歯音を上げる五十三番。

 気持ちが高ぶり過ぎたのかと思ったが、部屋の様子に視線を戻して納得する。

 ロクちゃんが床に倒れていた子供を、今まさに棺へ投げ込もうとしていた。


「ロクちゃん、その子は駄目だよ」

「うむ。子供を床に下ろすのだ、ロクちゃん」

「倒す?」

「ううん、倒さないよ。ほら、その子は小さいから、また母親が助けに来ちゃうよ。わんわんの時みたいに」


 五十三番の説得に小さく身震いしたロクちゃんは、素直に子供を床に戻す。


「よし、良い子だ、ロクちゃん。それは後で外に放しに行こうか」

「倒す!」

「いや、外で倒さないよ。ちょっとした確認のために使うだけだぞ」


 首をひねるロクちゃんに、吾輩を持ち上げるようにお願いする。

 白い手が伸びてきて、逆さまだった吾輩の視界がようやく正しい位置に――。

 

「すまないが、そのままではなく上下を入れ替えてくれ。いや横に回すんじゃなくて、顎を下に向けてだな。そうそう、それで良い」


 これで何ヶ月も逆さまであった吾輩の視界が、ようやく正しい位置に戻った。


「吾輩が先で良いか?」

「ええ、どうぞ。先輩ですからね」


 では、お言葉に甘えてと。

 そのままロクちゃんに頼んで、頭部を失って地面に横たわっていた骨の胴体の首へ繋げてもらう。


 うむ、確かこんな風だったな。

 首の付根からニュルッと魂の影を糸状に生やして、剥き出しの頚椎に巻き付かせる。

 あとはくっ付けるイメージと。


 細い灰色の糸が伸びて、頚椎から脊椎を通し全身へ行き渡っていくのを想像する。

 上手くいった感触がしたので、試しに指を動かしてみた。


 ぐーぱーぐーぱー。

 おおおおおおおお!

 う、動いた。


 とうとう…………。

 ついに吾輩は体を取り戻したぞ!!


 喜びが吾輩の全身を駆け巡り、無意識に手足がジタバタと動く。

 それを見たロクちゃんが、嬉しそうに飛び跳ねた。

 五十三番も腕で地面を叩きながら、首を激しく振り回す。

 

 吾輩たちの歓喜の踊りは、小一時間続いた。


「……ふぅ、ついハッスルしてしまったな」 

「お、おめでとうございます、吾輩先輩」

「た、倒す!!」

「吾輩は倒しちゃ駄目だぞ、ロクちゃん」

 

 さて、何から手を付けるべきか。

 今の吾輩には、なんでも出来る気がするぞ。

 なんだ、この溢れかえる万能感は。


「まずはその子をどうにかしませんか? 意識が戻ると面倒ですよ」

「そうだな、先に一仕事済ませてくるか。で、それが終わったら五十三番の体を見繕うとするか」

「はい、大いに期待して待ってますよ。くれぐれ気をつけて行ってきて下さいね」

「ああ、あと少しだけ辛抱してくれ。出来るだけ急いで戻るよ」


 五十三番の見送りを受けながら、吾輩とロクちゃんは慣れ親しんだ棺の部屋を後にした。

 子供はロクちゃんと分担して持とうと思っていたが、存外に軽くあっさりと吾輩の肩の上に収まってくれた。 


 ロクちゃんは消えた松明と、五十三番の元右腕である骨剣をそれぞれ勇ましく装備している。

 それとくすぶっていた火の跡から、丸焼けになったトカゲが出てきた。

 そういえば、戻ってきた骨がぶら下げていたな。

 ちょうど良い感じな焼け具合だったので、使わせてもらうことにする。

 

 予想していた通り、洞窟はさほど広くはなかった。

 地面に大きな傾斜はなく、ほぼ真っ直ぐに外へ続いている。


 とは言え、天井がそれなり高い箇所もあった。

 壁は石と苔に覆われており、ところどころに横穴らしき窪みがある。


 そして洞窟のあちこちには、白い骨が転がっていた。

 吾輩のお仲間たちの成れの果てか。

 歩きながらまだ使えそうな胴体や、形が綺麗に残っている頭骨をチェックしておく。

 

 洞窟の外は、やや開けた平地になっていた。

 周囲はまばらに樹木が立ち並び、山と森の狭間のような場所となっている。


 長い穴蔵生活から開放された喜びを噛み締めながら、吾輩は静かに顔を持ち上げて鼻の穴をうごめかした。

 立ち昇る植物の青臭い香りに、陽の光が当たった地面の匂い、あとは水の匂いがかすかに西の方角から感じ取れる。


 うーむ、やはり段階1の臭気選別では厳しいか。

 男たちがやってきた方角が分かればと思ったのだが。


 不思議そうな顔をしたロクちゃんが、吾輩を見上げてくる。

 うむむ、こんなすぐに行き詰ってしまうとは…………うん?


「何をしてるんだい? ロクちゃん」


 気がつくとロクちゃんは、地面に這いつくばっていた。

 くんくんと犬のように鼻を鳴らしている。

  

 そうか、位置が高すぎたのか。

 ロクちゃんに合わせて、地面にかがみながら匂いを調べる。


 独特の革の匂いが微かに感じとれた。

 ふむむ。これは、あいつらの履いてた靴の匂いか。

 

 吾輩が頷くと、ロクちゃんはそのまま匂いを辿り始めた。 

 子供を背負い直し、その後に続く。


 道らしき道もない下草が生い茂る中を、ロクちゃんはグイグイと進んでいった。

 その足取りには、恐れや戸惑いは微塵も感じ取れない。

 やはり何度も外を経験している者が居ると、大変心強いな。


 と、懸命に周囲の気配を探りながら、吾輩はしみじみと感心した。


 しばらく進むと岩が多くなり、緑が目に見えて減ってくる。

 同時に水の匂いが濃くなってきた。


 やがて吾輩たちは、さほど大きくはない川に辿り着いた。

 川幅は十歩もないだろう。流れは緩やかで、透き通った水面を通して川底が見えている。 


 太陽の位置からみて、川は洞窟の西側にあり北から南の方角へ流れているようだ。

 そこでようやくロクちゃんは足を止め、四つん這いのまま吾輩に振り返った。


「倒した?」

「何も倒してないよ、ロクちゃん。どうかしたのか?」


 しゃがみ込んで匂いを確かめる。

 男たちの匂いは、川岸でぷっつりと消えていた。


 ふむ、川底を歩いて移動したのか。

 ここから先の追跡は、少しばかり面倒そうだな。

 下流へ目をやると、石の川原が広がっているのが見えた。


「よし、あそこら辺がいいか」 


 川原まで足を伸ばし、子供を地面へ下ろす。

 袋に血は滲んでいたが胸部は上下していたので、死んではいないだろう。


 骨剣を借りて、顔に被さったままの袋の口に切れ目を入れておく。

 ついでに手を縛る縄も、ちょっと緩めておいてやるか。

 あとは丸焼けになったトカゲの死体を、目につきやすい顔のそばに置いて完成だ。


「ロクちゃんは先に戻って、五十三番の話し相手でもしてやってくれ」

「倒す!」

「うむ、ちょっとくらいなら倒してもいいぞ」


 ロクちゃんを先に帰し、吾輩は岸辺の茂みに身を潜める。

 真上にあった太陽がやや西へ傾きかけるころ、ようやく子供が目を覚ました。


 体を大きく仰け反らせながら、手足をジタバタと動かし始める。

 すぐに手の戒めが抜けたのか、そのまま顔を覆っていた布袋を引っぺがす。

 

 現れたのは金髪の少女だった。

 癖のないまっすぐな髪は、首元で切り揃えられていた。

 造形の良し悪しはよく分からないが、目鼻立ちはそれなりに整っているように思える。

 目の上がやや腫れているのは、骨が殴ったあとか。

 出血の痕は、ほとんど残っていないな。


 意識を取り戻した少女は、怯えを隠さぬまま辺りを見回している。

 すぐに近くの黒焦げのトカゲの死体に気付き、ビクリと細い肩を震わせた。

 警告が伝わったようなので、吾輩は一安心する。


 見ていると少女は川へ近づき、顔や手足を洗い始めた。

 まあ、コウモリの糞まみれの床を何度も転げ回っていたしな。


 その後、少女は自分の顔を覆っていた袋にトカゲの死体を入れると、しっかりとした足取りで下流へ向けて歩き始めた。

 迷いがないようだったので、やはりこの近くに住居があるのだろう。

 人の集落というのはだいたい、川の近くに出来るものだからな。

 

 少女の後ろ姿が遠く離れ行く様を、吾輩は茂みの奥からじっくりと見守る。

 姿が完全に消えたのを確認してから、川原へ戻った吾輩は少女がいた場所にしゃがみ込んだ。


 残されていた戒めの縄を拾い上げて、その香りを頭骨深く吸い込む。



「……さて、日が落ちるまで何をするかな」



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― 新着の感想 ―
骨の方が業が深い。深すぎる。薄汚いとか言ってる場合じゃない。
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