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第十七話 侵入者



「やっぱりありましたぜ、兄貴! ほら、お宝だ!」

「バカヤロウ、静かにしねぇか!」


 はしゃいだ声を上げた背の高い男を、小柄な方が叱咤する。

 見た目とは裏腹の上下関係のようだ。


「屍使いが、近くに潜んでるに違いねぇんだぞ。そんな簡単に緩むんじゃねぇよ」

「でも兄貴、一番奥まで来やしたけど、誰も居ませんでしたぜ」

「死体を操るような薄汚い墓荒らし野郎のこった。どこぞに隠し部屋が掘ってあるにきまってらぁ」

「そうなんですかい? ならお宝だけ取って、さっさとと引き揚げましょうぜ」

「チッ、お前の頭はいつまでたっても水漏れが治らねぇな、ボンゴ。お宝ぁ? 罠があるに決まってんだろ」

「そんな言い方は止してくださいよ、兄貴」

「うるせぇ。よし、その箱ちょっと調べてみろ。お前はソレくらいしか役に立たねぇんだからよ」

「えええっ、その餓鬼使うんじゃないんですか?」


 大柄な男、ボンゴの言葉に、三人目の気配がビクリと身を震わせたのが伝わってくる。

 なぜか一番小さい気配だけは、先ほどから言葉を何一つ発していなかった。


「コイツは後のお楽しみに連れてきたんだ。今、使えなくしてどうすんだよ!」

「どうせオイラには回してくれないんだし、どうでも良いっすよ」

「仕方ねぇな。今回はお前にも使わせてやるから、さっさと働け、ほら」

「ホントですかい? なら髪にかけるのは止めてくださいよ、兄貴」

「墓荒らしとたいして変わんねぇな、お前の悪趣味も。あんまり髪の毛むしると、売り物になんねぇから気をつけろよ」


 声のトーンを落としてはいたが、言いたい放題の二人組の会話からある程度は推測できた。

 どうやらこいつらは、ここが屍使いとかいう存在の棲家だと思っているようだ。

 大方、洞窟を往復する骨の姿を目撃して、それを操る術者がいると判断したのだろう。


 体格の大きい方の呼び名はボンゴ、小さいのは兄貴と呼ばれていたが血の繋がりはなさそうに思える。

 ならず者の徒党にありがちな疑似家族的な関係という奴かな。


 会話している二人はすえた臭いがする皮製の服を着ており、ボンゴは手に松明を持ち、兄貴は腰から何かぶら下げているようだ。 

 兄貴は警戒しているのか、部屋の入口に留まっており細かい部分までは分からない。

 だが漂ってくる鉄の臭いからして、武装しているのは間違いないな。

  

 三人目は一段と低い背丈から見るに、まだかなり幼いと思える。

 服装も薄い布の服だけで、わざわざこんな場所に連れてくる意味が全く感じとれない。

 考えられるのは庇護する必要があるか、もしくは目を離すと逃げられる可能性かあるかだが、会話から察するに後者だろう。


 となると、さらわれてきたのか、もしくは奴隷として買ったものか。

 売り物にするという言い回しからして、誘拐された子供の線が濃厚だな。


「うひゃぁ、兄貴ぃ!」

「どうした?」

「この部屋も骨がありますぜ。しゃれこうべがそこかしこに転がってやがる」

「そんなことで一々、みっともねぇ声上げんじゃねえよ、この玉なし野郎!」

「あんまりひでぇこと言わないでくださいよ」

「で?」

「なんですか? 兄貴」

「箱の中身を訊いてんだろ!」

「何もネーですよ。宝箱は空っぽですぜ。空っぽすぎて、底も見えねぇくらいでさ」


 松明を大袈裟に持ち上げて、へっぴり腰で棺の周りを歩き回る大男。

 こいつらが妙に饒舌なのは、どうも怯えを隠す虚勢のようだな。


 このまま諦めて出ていってくれるのが一番なのだが、どうやらそうもいかないか。

 大男の返答に、小男が苛立った声を上げる。

 

「そんな訳あるか。このまま手ぶらで帰ったら、親分がまーたブチ切れちまうぞ。うん、なんだそりゃ?」


 目敏く何かに気付いたのか、小男が棺を指差す。


「どうしたんすか? 兄貴」

「箱の横に何か書いてあるな。ほら、もうちっと火を近づけてみろ」

「こうっすか。お、変な模様がありますぜ」

「チッ、こっからじゃよく見えねぇな」


 二度目の舌打ちとともに、小男がようやく部屋に入ってきた。

 子供の首を掴み、自分の手前に置いて盾のように扱っている。

 随分と用心深い性格のようだ。

 

 子供は手を後ろで縛られ、薄汚い袋を頭にすっぽり被せられていた。

 手足の長さから考えて、十歳前後だろう。

 覚束ない足取りから、かなり怯えているようにも見える。


「うーん、どうやらただのシミのようだな」

「この箱以外は何もなさそうですぜ、兄貴」

「おい、ボンゴ、箱の後ろに回って押してみろ」


 小男に命じられた大男は、露骨に顔をしかめながらも渋々と棺の裏側へ回る。

 灯りを手にしたまま、棺に体を押し付けて動かそうと試みる。

  

「駄目だ、びくともしねえ。う、服がベトベトしやすぜ、臭っ! 何だこれ?!」

「コウモリの糞ぐらいで、大の大人がガタガタ抜かすな。おめえの馬鹿力でも動かないとなると、人手を増やすしかねぇか」

「そうと決まれば、とっととおさらばしましょうぜ、兄貴。ここは薄気味悪くてしょうがねぇですよ」


 その言葉に、吾輩の隣の骸骨が小さく軋みを上げた。


(どうします、吾輩先輩? こいつらが仲間を連れてきたら、流石に不味いっすよ)

(分かってる。だが今は動くな。正面から行って勝てる相手じゃないぞ)


 当然のことであるが、こいつらが視界に入った時点で判定は済ませてある。

 影の大きさから計れた男どもの命数は30。

 健常な状態の骨の三倍である。


 今の吾輩たちだけでは、どう足掻こうにも勝ち目が見えない絶望的な状況であった。


(倒す?)

(もう少し、あとちょっとだけ辛抱してくれ、ロクちゃん)


 もう、あと数歩の距離。

 その間だけ、あいつらが油断してくれていたら……。


 先ほどから吾輩の頭骨に響いてくるのは、この部屋に向かってくる新たな足音だ。

 ただしその音には、耳慣れた規則正しさがあった。

 

 そう、ちょうど今まさに、獲物を捉えた骨が帰還したのだ。 

 この骨こそが、吾輩たちの唯一の勝機だといえよう。

 とは言え、このまま骨とこいつらが鉢合わせしたところで、勝ち目があるとは全く思えない。

 

(吾輩が合図したら――)

(任せて下さい、吾輩先輩)

(倒す!)


 あと三歩。

 棺のそばの大男は、何度も服に鼻を近づけては臭いをしつこく確認している。


 あと二歩。

 袋を被せられた子供は、何もかも諦めたかのように首をうなだれている。


 あと一歩。

 場を仕切っていた小男が、三度目の舌打ちをした。


 今だ!

 ガツンと激しく打ち据えた吾輩の顎の音に、男たちは驚いた顔で一斉に振り返る。


 注意が吾輩に向いた瞬間、五十三番の左手が目にも留まらぬ速さで動いた。

 放たれた投げ骨刃が、風を切って大男へ向かう。


「うぎゃぁ! 手を、手を噛まれたっす、兄貴!」

 

 手首に骨が突き刺さった男は、情けない悲鳴を上げて松明を手放した。

 よし、上手くいったぞ!


 明かりがなければ何も見えない人間と違って、こっちは音と気配さえあれば十分に動けるのだ。

 これで勝利の天秤は一気に、吾輩たちに傾いたぞ。

 フハハハ、さあ何も見えぬ暗がりの中で震えるが良い、人類!


 ここで吾輩が誤解していたことが、まず一つ。

 松明は床に落としたくらいでは、簡単に消えないということ。


 二つ目は、コウモリの糞は意外と燃えやすかったりすること。

 男の手から落ちた松明が転がっていった先は、床の上の乾いた糞の山だった。

 そして、あっさり糞たちに火が燃え移る。


 瞬く間に出入り口前に、炎が燃え広がった。

 そこに、タイミングよく入ってくる骨。

 下からの灯りに照らし出されて、骸骨の顔が闇の中から不気味に浮かび上がる。


「で、出たぁぁああ!!」


 そのおぞましい姿に、大男がまたも派手に悲鳴を上げた。

 慌てふためいた表情で、棺の中へ飛び込む。

 そして、そのまま音もなく消え去った。



 ………………………………えっと。

 け、結果オーライ?

 


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