第十五話 燃える骨
人の痕跡らしき匂いを確認してから、さらに一週間が経過していた。
そして吾輩たちの状況も、それなりに変わりつつあった。
まず一番大きな変化は、六十九番目の無駄吠えならぬ無駄歯噛みがなくなった件である。
無事、魂集めの命令が、かなり抜けてくれたようなのでホッとする。
だがそこからすんなり行けないのが、ある意味ポン骨仲間らしいとも言えるだろう。
どうやら六十九番目の知能は、普通の人よりも少々、いやかなり劣っていたのだ。
生前の人格が戻った辺りを見計らって、色々と話しかけてみたのだが何とも要領を得ない。
こちらの言葉は分かってくれているようなのだが、返事が二種類しか返ってこないのだ。
「ガチッ!(倒す!)」と「ガチィ?(倒す?)」だけである。
分かり易く会話の例を挙げると、こんな感じとなる。
「やあ、調子はどうだい?」
「倒す?」
「今日はいい天気だね」
「倒す!」
万事この調子なので、意思疎通をすっかり諦め気味な吾輩である。
まあ丸一日、休みなくの歯音は止めてくれたので、もうそれで十分じゃないかと思ってしまう。
「ロクちゃんって、もしかしたら子どもかもしれませんね。三、四歳くらいの」
「そうかもしれん。ただそれだと、情緒が未発達すぎる気もするがな」
幼い子供であれば、状況に理解が追いつかなかったり、使用できる単語が少ないのも頷ける。
しかし仮定する年齢通りであれば、普通であればもっと泣き叫んだりするのものではないだろうか?
だがロクちゃんは、ケロリとしたまま元気よく歯を噛み合わせるだけだ。
これが幼児だとしたら、それはそれで能天気すぎる気がしないでもない。
あとどうでも良いが、ロクちゃんという名前をつけたのは五十三番だ。
由来は六十九番目だからだとか。なんとも適当なネーミングである。
「まあ実際、僕たち骨になってから、結構図太くなってますしね。そのせいじゃないですかね」
「うむ。普通の人間だったら、とっくに気がおかしくなってそうだしな……」
そう考えれば、ロクちゃんの様子も別に不思議ではないのか。
「あとあの子の返事なんですが、分かったと分からないくらいの意味合いで使い分けてる気がしますね」
「だろうな。言葉の意味自体も、よく分かってない時があるようだし」
「ですから、僕たちでもっと色々教えてあげれば良いと思うんです」
「ふむ。悪くない提案だ」
何はともあれ、吾輩らのポン骨仲間が増えたことには間違いない。
全身が復活できる目処はまだまだ立ちそうにないので、それまでじっくり話し合えばいいか。
さて次のそれなりの変化は、骨たちの生還率がこのところ目覚ましいという話である。
以前は骨が外とこの部屋を二往復出来れば、歯を盛大に鳴らして称えたモノであった。
しかし最近は、平然と数往復してくるのだ。
骨たちが何度も獲物を持ち帰って来れるようになった一因は、やはり耐性の向上だと思われる。
初期の吾輩たちには多くのものが欠落していたが、とりわけ顕著だったのが防御力だ。
肉や脂肪の防具を持たないせいで、反撃を喰らえばダイレクトに骨髄までダメージが到達する駄目仕様。
逆に肉や脂肪の重りがないのに、素早く動けるかと思えばそうでもない。
一撃を受けただけで簡単に砕け散っていては、そりゃ魂が中々集まらないのも仕方がない話だ。
だがそれも、もはや過去の出来事である。
もちろん各種の耐性も、最初は微々たる補正に過ぎなかった。
しかしそれでも一撃を耐え凌げば、数値は上昇する。
そうやって骨くずを積み上げていけば、いずれは大きな骨山になるのだ。
うん、なんか死体が山積みになってるイメージで、それはそれで駄目っぽいな。
でも一度耐性がついてしまえば、どんどん上がっていく仕組みは本当にありがたい。
では、具体的な数字の変化を確認しよう。
能力
『反響定位』 段階3
『気配感知』 段階3
『頭頂眼』 段階2
『末端再生』 段階2
『臭気選別』 段階1
技能
『棒扱い熟練度』 段階10
『投げ当て熟練度』 段階7
『叩き落とし熟練度』段階6
『判定熟練度』 段階4
『骨会話熟練度』 段階3
『片手棍熟練度』 段階2
『刃物捌き熟練度』 段階1
特性
『打撃耐性』 段階6
『刺突耐性』 段階5
『圧撃耐性』 段階2
『炎熱耐性』 段階1
技
『しゃがみ払い』 段階6
『齧る』 段階2
『頭突き』 段階0
『爪引っ掻き』 段階0
『粘糸』 段階0
『体当たり』 段階0
『くちばし突き』 段階0
『毒牙』 段階0
『噛み付き』 段階0
戦闘形態
『二つ持ち』 段階4
能力で上がったのは、末端再生のみ。
ネズミとコウモリは数が減ってきてるし、野犬はあれっきり出てこないので仕方ないか。
技能では叩き落としがなかなかの上昇だが、片手棍は2で止まってしまっている。
骨棍棒の使用率が十割なのを考えると、これは上位技能ゆえ上がり難いということだろうか。
あと、判定が4になっているのは地味に嬉しい。
そしてやはり注目は、打撃耐性と刺突耐性の伸びっぷりだ。
トカゲに突撃されたり、ムカデに噛まれたまくった甲斐があったのだろう。
攻撃に耐えられるようになれば、じわじわと確実に強くなれる。
体をなくした吾輩たちからすれば、羨ましいとしか言いようがない仕様だ。
最後は技だが、しゃがみ払いが6に上がった以外は変化なし。
あと二つ持ちも4と、なかなかの活躍のようだ。
総命数は500。
行方知れずになった骨は、なんと二週間でわずか一体のみである。
その上、命数が高いトカゲやムカデのおかげで失った分はすぐに補充できるときた。
うむうむ、これはかなりの快調ぶりと言えるだろう。
「えっ、なんだって?」
「だから見落としてますよ、吾輩先輩」
「うん? 耐性のところ……って、なんだこれ、炎熱耐性!?」
「倒す?」
「しっ! 何か匂いませんか?」
五十三番の鋭い歯音に、吾輩は思考を一旦止めて、急いで鼻の部分に気持ちを集中させる。
ポッカリと空いた鼻孔に、嗅ぎ慣れない臭気がわずかに入り込んでくる。
それは、洞窟出口の方角から漂ってきていた。
同時に規則正しい足音が、この部屋へ近づいてくるのを頭骨が捉える。
古い枯れ木を焦がしたような匂いが、一層強くなった。
よく聞くと、足音だけでない。
パチパチと何かが焼けるような音も一緒だ。
さらに頭頂眼が、かなり強めの光を拾い上げる。
間違いない。
今、この部屋に向かってくる存在は、燃えている何かを手にしていた。
足音は迷いなく、まっすぐこちらへ向かってくる。
壁の向こうを気配が二つ、通り過ぎたのを感知する。
そして息を潜める吾輩たちの前に、その人物は姿を現した。
同時に部屋の中が、これまで見たことないほどの明るさに包まれる。
眩しい光の中に、見慣れた輪郭が部屋の入り口に浮かび上がった。
馴染みの骨の姿にホッとしつつも、普段とはあまりにも違うその様子に吾輩は歯音を失う。
何かを抱える骨の左腕は、真っ赤な炎で彩られていた。