第十話 存在感チェック
トカゲ、大蜘蛛と続けざまの乱入のあと、しばらく平和な毎日が続いていた。
もちろん吾輩も代わり映えなく依然、逆さまのままである。
動かせる部分も、相変わらず顎だけである。
なので、今日も今日とて歯を鳴らすのである。
そのおかげなのか、骨会話のほうは先日やっと熟練度が2になった。
外へ出向くお仲間たちに、欠かさず挨拶していた甲斐があったというものだ。
もっともその成果は、ちょっと早口で会話出来るようになっただけだが。
しかしこのまま地道に続ければ、将来的には歯ぎしり一つで以心伝心になるかもしれない。
やはり積み重ねは大事だな。
と、吾輩の隣で、頑張り続ける友を見ながら思った。
シュコシュコと壁に埋まった石で骨を研いでいた五十三番が、不思議そうに顔を上げる。
その右腕の骨は、肘から先がポッキリ折れて失くなったままだ。
だが普通であればハンデとなるその箇所に、五十三番は恐ろしい細工を施したのだ。
丹念に磨かれ鋭くなった右腕の折れ口は、今や恐ろしい切れ味を誇っていた。
それだけではない。
石に擦りつけていた骨片の出来映えを確認した五十三番は、それをカチリと背骨へはめ込んだ。
右腕の改造だけでは飽き足らなかったのか、友が次に取り掛かったのは飛び道具の改良だった。
具体的に言うと残っていた自分の肋骨を外して、その先端を薄く研ぎ上げたのだ。
対蜘蛛の際に素晴らしい戦果を発揮してくれた肋骨であるが、今のそれはもう投げ骨刃と呼ぶにふさわしい武器となっていた。
右手の骨剣に、肋骨に偽装した大量の投げ骨刃と、五十三番の武装は着々と進んでいるようだ。
うむ、吾輩も負けておられんな。
そう思いながら、もう一度友人を見つめる。
正確には、五十三番の周りを覆う灰色っぽい影をであるが。
うーん、大きさに変わりはないな。
ネズミがもたらしてくれた気配感知であるが、四日前にとうとう捕獲数が三十を超え段階が3に上がった。
これもひとえに、弛まぬ努力を続けてくれた骨仲間たちのおかげである。
そして新たに判明した事実は二つ。
一つ目はネズミもコウモリも、同じ数で段階が上がったという点。
となれば、棲息数が多いやつほど能力の強化はしやすいとも言える。
二つ目は気配感知も、反響定位と同じく3段階目で大きな変化があったということ。
面白いのは反響定位の場合は範囲が二倍近く拡張されたのだが、気配感知の変化は広がりではなかった。
変わったのは、濃さだった。
感じ取れる気配が、かなりくっきりとなったのだ。
具体的に言うと、あ~居るかなレベルから、あっ居るわレベルに。
しかもそれだけではない。
気配の大きさまで、薄っすらと感じ取れるようになったのだ。
といってもこれに関してはある程度、対象の生き物が近くにいないと無理だが。
気配、つまり生き物が放っている気のようなものだが、吾輩たちにはそれが灰色の影となって本体の周りを覆っているのが見える。
この影であるが、ネズミの大きさを1とすれば、コウモリはちょうど二倍の大きさとなっている。
そして棺から出てくる吾輩の同胞たちは、十倍の大きさの影を帯びていた。
そう、影の大きさは、魂数とほぼ一致していたのだ。
そのことに気付いた瞬間、棺に新たな文字が登場していた。
『判定熟練度 段階1』と。
なんと気付いただけで、能力から新たな技能が生まれるとは。
吾輩の大手柄である。えっへん。
相手の魂数を見定める判定だが、これは気配感知に続いて凄く有能っぽい技能である。
これまでの経験からして、魂数が大きいほど強敵だった。
だとすれば、これからは相手の強弱がある程度、戦う前に判別できるようになったということだ。
問題があるとすれば、その判断できる距離が非常に狭いため、敵わないと思ってから逃げるにはいささか不安があるという部分かな。
もっと遠くから、魂数を判断できれば完璧だと思う。
そんな訳で、熟練度を上げるべく手近な生き物を片っ端から判定していたのだが……。
判定の技能が発覚して、わずか半日で熟練度の段階は2へ上がってしまった。
しかし、これは凄いぞと自画自賛できたのも、その日のうちだけだった。
そこから先が、パッタリと上がらなくなってしまったのだ。
なのでかれこれ三日、吾輩は傍らの友や天井のコウモリをひたすら眺めて過ごしていたという訳だ。
そして今、一つの結論に達しつつある。
これ同じ対象ばっかり判定しても、熟練度は上がらないのではと。
その例として挙げておきたいのが、まず骨会話熟練度だ。
これも習得してから2に上がるまでに、かなりの時間を要した。
日々、なんとなくな会話を五十三番とだらだら続けてきたにも関わらずだ。
次に挙げるのは、刃物捌き熟練度。
これは五十三番が、右手の骨剣で蜘蛛の粘糸を切り裂いた時に発生した技能だ。
蜘蛛が去ったあとに、吾輩は五十三番に適当なものを切って熟練度を上げてはと提案してみた。
それを受けて我が友は地面や壁をほじくり返したりしたのだが、結果は全く上昇せずであった。
他に比べて明らかに上りが悪い二つの熟練度には、共通している部分がある。
使用する相手が少ないか居ないのだ。
そして判定の技能も同じく、部屋に籠った状態の吾輩たちには見定める相手が少な過ぎると言える。
多分であるが技能を上達させるには、多くの対象に働きかけなければならない気がする。
ハッキリ確定ではないが、可能性は高い推論だ。
という訳で、これからは棺から出てくるお仲間たちに出来るだけ話しかけ、判定していこうと吾輩は考えたのだ。
そんな吾輩の前に、新たな骨が棺から立ち上がる。
まずは、カチカチと御挨拶。
次に判定発動――影の大きさは10と。
ちなみに、体が半分しかない五十三番の影の大きさは5しかない。
さらに言うと首だけの吾輩の影の大きさは、なんと1である。
ネズミと一緒である。チュー。
部屋を横切りつつ、六十九番目は途中で骨を拾い上げる。
次いでもう一本。
あれ?
普段なら片手に骨棍棒、もう片手に骨つぶてなのだが。
なぜか六十九番目は、両の手にそれぞれ長い骨を握りしめている。
このうっかりさんめ。
スタスタと部屋から出ていく新人骨を見送ったあと、期待の気持ちに耐え切れず棺をチェックする。
『反響定位』 段階3 『二つ持ち』 段階1
『頭頂眼』 段階1
『気配感知』 段階3
『棒扱い熟練度』 段階9
『投げ当て熟練度』 段階7
『骨会話熟練度』 段階2
『判定熟練度』 段階2
『刃物捌き熟練度』 段階1
『打撃耐性』 段階4
『刺突耐性』 段階3
『圧撃耐性』 段階2
『しゃがみ払い』 段階4
『齧る』 段階1
『頭突き』 段階0
『爪引っ掻き』 段階0
『粘糸』 段階0
『体当たり』 段階0
『くちばし突き』 段階0
ネズミ貯金のおかげで、魂総数は407。
残念ながら、判定は上がらずか。
いやいや、結果をすぐに求めちゃ駄目だな。
ここはじっくりと腰を据えて――今の吾輩に腰骨はないけどな。
って、右上に何か増えてる!!