第一話 寝起き&目覚め
魂を――。
数多の魂を捧げよ――。
魂を集め、世界を――。
頭の中でガンガンと鳴り響く命令に従って、骨はむっくりと起き上がった。
キョロキョロと、辺りを見回しながら立ち上がる。
もっとも目玉はないので、何も見えていないのだが。
骨に分かるのは地面から伝わってくる振動と、とっくの昔に体から失せてしまった熱だけだった。
頭の上に温かいものを感じた骨は、両手を伸ばした。
が、届かないのでウロウロと歩き回る。
膝を何度かぶつけて、骨は自分の周りに囲いがあることに気が付いた。
何も考えず、囲いの上に足を載せる。
立ち上がりながら、もう一度、腕を伸ばし――。
豪快に足を滑らせた。
足元の囲いに、勢いよく尻もちを突く骨。
当たりどころが悪かったのか、骨の体はあっさりバラバラに砕ける。
辺りに骨片をまき散らしながら、コロコロと頭蓋骨が地面の上を転がっていく。
同時に頭上にあった熱源たちも、キキキと甲高い声を上げながら飛び去ってしまった。
転がり続けた骨の頭は、何かにぶつかって逆さまの状態で止まる。
そして辺りは、再び静けさを取り戻した。
それから、どれくらいの時が過ぎたのだろうか。
不意に何かの音が響く。
キシキシと関節が軋むような音や、カシャカシャと何かを擦るような音。
闇の中からゆっくりと身を起こしたのは、新たな骨であった。
骨は囲いを乗り越え、頭だけになった骨に近付いてくる。
そして何事もなかったかのように、その横を通り過ぎていった。
▲▽▲▽▲
吾輩は骨である。
体は未だない。
頭だけになって、随分と時が流れた……気がする。
なにしろ、ここには時間を計る手段がない。
視界は相変わらず真っ暗だし、聞こえてくるのは時々、お仲間の骨が横を通っていく音くらいだ。
最初の頃は、それをただぼうっと聞き流しているだけだった。
そのうち何となく、ここはどこだろうかとか、どうにかして動けないだろうかと考えるようになった。
そして気が付くと、吾輩は自我に目覚めていた。
逆さまの状態だったのが、良かったのかもしれない。
頭の中でうるさく鳴り響いていた命令は、気が付くと頭の底の孔から綺麗に抜けてしまったようだ。
もっとも命令自体はまだどこかに残っているようで、魂を集めなければという気持ちにたまに襲われたりもするが。
自意識が生まれて分かったことは、どうやら吾輩はかつて人間だったらしい。
二本足で歩き、器用な指先で道具を作り使いこなす。
あと声と文字で意思の伝達を行い、集団で生活するという特徴もあったな。
ふむ、なかなか優秀な種族だったようだ。
おかげで自分の周りにある物も、少しずつ分かるようになった。
頭の下にあるのは地面で、倒れないよう支えてくれているのは壁だ。
ただ自分の名前だとかは、サッパリ思い出せなかった。
どうも個人的な記憶は、骨の状態になった時に失われてしまったようだ。
まあ思い出したところで、今はどうしようもないか。
それに頭だけになって身動きできないまま放置なんぞされたら、人間なら気が狂っていたかもしれない。
うん、吾輩、骨で良かった。
とはいえ、このまま真っ暗闇の中で、耳を澄ましてるだけの骨生もどうだろう。
せめて、目が見えたら良いんだが。
なんてことをうつらうつら考えていたら、ある日、突然に変化が訪れた。
それは骨の一体が、何かを踏ん付けた音だった。
硬質な響きからして、たぶん吾輩の胴体の一部だろう。
特筆すべきは、その後に起こった出来事であった。
いったん足音はそこで止まり、続いて足をどける動きと腰を曲げた振動が地面を通して伝わってきた。
たぶんであるが、足元の吾輩の骨を拾い上げたのではないだろうか。
その証拠に骨の足音が、先ほどより少しだけ大きさを増していた。
増えた音量から考えて、それは太もも辺りの骨だと思う。
骨を持ったお仲間は、いつもより弾んだ足取りで吾輩の横を通り過ぎていった。
見えないので、あくまで全て吾輩の想像だが。
その骨はそれっきり帰ってこなかったのだが、吾輩の失われてしまった胸を高鳴らせるには十分であった。
ついにお仲間たちは、道具――武器の重要性に目覚めたのだと。
そして決定的な事件が起こったのは、三十三番目の骸骨が出現した時だった。
彼もしくは彼女もまた、吾輩の骨を踏みつけた一体だ。
彼もしくは――面倒なので三十三番目で良いか。
前の二十七番目の骨と同じように、三十三番目も骨を手にして出かけていった。
二十七番目と違っていたのは、その後に聞こえてきた物音だった。
まず骨の足音が唐突に止まった。
次に強く踏み込んだ衝撃が伝わってくる。
一呼吸のあと、何かが地面にぶつかった大きめの振動が響く。
同時に、それが放つキィキィと鳴き声らしい音も。
よく分からぬまま聞き耳を立てる吾輩の元へ、三十三番目が引き返してくる。
問題は、その三十三番目と共に移動している熱だった。
ぽたりぽたりと水滴が地面を打つ音が、骨の歩みに紛れて吾輩の頭骨内に響く。
血を流している小さな生き物。
吾輩の中の知識が、そう教えてくれていた。
戻ってきた三十三番目は吾輩の横を通り過ぎ、骨たちが現れてくる場所で足を止めた。
おやっと思った瞬間、熱は消え失せていた。
何事もなかったような静けさが、辺りに戻ってくる。
三十三番目が、捕らえた小さな生き物をどうにかしたら消えた。
吾輩に分かったのは、それくらいであった。
ない首を捻っていた吾輩だが、三十三番目が動き出した途端、びっくりしてパックリと顎を開いた。
――音が見える。
そうとしか言いようがない景色が、頭の中に広がっていた。
三十三番目が立てる足音が、周囲に散らばり近くの物に当たって跳ね返る。
その反響がくっきりと、頭骨内に浮かび上がるのだ。
音で出来た像は一瞬で消えてしまうのだが、足音が響くたびに浮かんでくる。
音の波が形となって、感じ取れるようになったということだろうか。
だとすれば音の源である三十三番目が立ち去ってしまえば、この音景もじきに消え去ってしまう。
吾輩は大急ぎで、周りの状況を確認することにした。
四方向は壁だった。
仕切られた空間、部屋のような場所っぽいな。
吾輩のすぐ横がぽっかりと空いており、そこが出入り口となっているようだ。
天井はちょっと高めで、デコボコした突起だらけだった。
部屋の真ん中には、音を跳ね返す大きな塊がある。
最初は岩かと思ったが、直線で縁取られていたので人工的な物だと思う。
位置からして、そこから骨たちが現れてくるのだろう。
そこで音の像が途切れてしまった。
気がつけば三十三番目の足音は、かなり遠ざかっていた。
しかしその寸前に、吾輩はとても重要な情報を手に入れることが出来た。
人工物の側面。
そこに小さな文字が刻まれていたのを、吾輩はしっかりと聞き取っていた。
逆さまの状態だったので、意味を理解するのにちょっと時間がいったが。
書かれていた文字は、幸いにも吾輩が知っている単語だった。
それは、『反響定位 段階1』という言葉であった。