私が好きになったのは
今から1年前のことだ。突如襲来した魔物とその長、魔王は国王を殺し、この国をのっとった。この国はもうおしまいだと思われた。しかし、昔話で伝えられた聖剣を手にした勇者様と、国王がその命を懸けて守り抜き逃がした姫様、そして冒険の中で出会った勇気ある仲間たちにより、魔王は倒され、この国に再び平穏が訪れた。
ここはアルトラ王国、名もない村。勇者が初めてその力を振るった場所であることから、始まりの村と呼ばれている。そして私は、いつのまにか勇者と呼ばれるようになった幼なじみに恋する、ただの村娘だ。
「お客さんが来たよ。頼んでいたものはできているかい?」
「えぇ、お父さん。今持って行くわ」
私の家は代々薬屋を営んでいる。村の人には昔からよく買ってもらっていたのだが、最近新しいお客さんが増えた。
「お待たせしました。勇者様」
「あぁ、ありがとう」
「ねぇ、レオ。石の町で買ったこのネックレス、きれいでしょ」
「え?あ、あぁ、いいとじゃないか?」
「こら、レオを困らせない」
新しいお客さんというのは勇者様と姫様、お仲間の美人の魔法使いさんだ。いつも親しげに話している彼らを見て、私は醜くも嫉妬してしまっている。昔はレオと呼び捨てで呼んでいたのは私だったのに。勇者となった彼を、私はもうレオと呼ぶことはできないのだ。
「な、なあ....」
「いかがなされました?勇者様」
「い、いや、なんでもない」
また行ってしまわれた。ここ最近はいつものことだ。毎日のように薬屋に来て、勇者様は何かを言おうとするけど何も言わずにお店を出て行く。姫様は彼をすぐに追いかけて、魔法使いさんは私にニコリと笑いかけてお店を出て行く。そして私は、私は....
「おや、どこかへ行くのかい」
「う、うん、お父さん。ちょっと疲れたから、散歩に」
「ああ、いってらっしゃい。残ってる仕事は私が片付けるからゆっくり休んでおいで」
「いってきます」
私は自分が嫌いだ。彼が村を発つときに、魔物への恐怖から一緒に行くと言うことすらできなかった自分が。そのくせして彼と一緒にいる彼女らに嫉妬している自分が。力もなければ度胸もない、そんな私が大嫌いだ
そんなことを考えながら歩いていたら、いつのまにか森を抜けた先にある大樹のある丘まで来ていた。
「ここは....そういえば、今日でちょうど10年か....」
10年前、私と彼は星空のしたで約束した。10年後彼はこの大樹の下でプロポーズすると。私はそれまで待っていると。そのあと、遅くまで帰ってこない私たちを心配した大人たちに怒られて、それでも2人だけの秘密にしていた約束。あのときは彼が勇者になるだなんて2人とも思ってもみなかった。もう果たされることのないであろう約束
「今日までだ。彼があの約束を忘れていて、今日ここに来なかったら、もうこの恋は諦めよう。だから、だから....」
せめて、今日だけは希望を持たせて....
私は彼を待った。1時間、2時間、3時間と時間が経っていく。彼は来る気配もない。真上にあった太陽は、どんどん落ちていき、もう半分も水平線に沈んでいた。
やっぱり、覚えているわけないよね。10年前の約束なんて。ただでさえ今の彼の周りには美人で聡明な彼女たちがいる。勇者となった彼が、私を見続けてくれているわけがなかったんだ。
「もう、帰ろうかな....」
「ほら、レオ早く行きなさいって!」
「いや、だがな、心の準備というものが」
「そんなもののために女の子を待たせるな、ド阿呆!」
そんな声とともに木の陰から気まずそうな顔で彼が出てきた。
「あー、えっとだな....」
口ごもりながら大樹の方へ、私の方へ、彼が近づいてくる。期待はするな、彼は勇者なんだから。そうわかっていても、私の心臓は大きく鼓動する。
そうか。私が好きになったこの人は
「10年前からこの想いは変わらない。好きだ、結婚しよう」
勇者になっても、変わってないんだ
「うん。私も好きだよ、レオ」
夕焼け空に、一番星がきらめいた