3つのお願い
A国がB国への侵攻を開始した、と知った俺はすぐに早馬を借りてB国へ走らせた。
八年前、三国からなるこの大陸に未曾有の大地震が襲い掛かり、長かった三つ巴の戦争状態に勝者なしの終止符が打たれてからというもの、傭兵で生計を立てていた俺は割りのいい儲け口を失った。
なので、商人の護衛ぐらいしかまともな仕事のなかった俺にとって戦争というものは、八年ぶりき来たデカい儲け話でしかなかった。
B国に向かっているのも、A国より金払いが良いからに過ぎない。
A国との国境付近に設営された陣地に着くと、すぐに傭兵として契約。
「カレル・ラインバック、三十歳……軽装剣士か。そこそこ名は通ってるようだな。よし、貴様には、隊長として他の傭兵達を率いて、ここより南西に六時間ほどの場所にある村へ行ってもらおう。目的は、村民の保護と敵傭兵の殲滅だ」
忙しさの中、人事も兼ねているというこの将兵によると、A国の傭兵は金払いの少ない代わりに略奪が許されているらしく、被害を受けた村は少なくないという。
「出発は一時間後。何か質問は?」
「敵を殲滅した後、ここに村民を護送すればいいのか?」
「そうだ。偵察部隊によると、傭兵の他に正規兵中隊が向かっているらしい。村を拠点に陣を構える腹なのだろう」
「わかった」
了承すると、結構な額の前払金を渡された。
その金で武具の整備、腹ごしらえを済ますと一時間は素早く過ぎ去った。
「敵の傭兵小隊が、目的の村へ歩を進めているらしい!」
第七傭兵小隊の隊長となった俺が、九人の部下達に向かって叫ぶ。
「我々の仕事は、それらの殲滅と村民の保護だ! 彼らに被害が及ぶと、報酬は減額されるからな!」
十二年の傭兵生活、部下を従えたことは幾らでもある。
見るに、この中に見知った奴はいないが、どの男も使えそうだ。俺が隊長であることの不満は見て取れない。コイツらもプロだ、雰囲気と立ち振る舞いで俺がどの程度の実力か判断できてるんだろう。
二台の馬車に分乗し、出発。後には、村民の為の馬車が三台ついてくる。
昇りきっていた日が地平に沈む頃、目的地に着く。
小さな村だった。
「……悲鳴?」
すでにA国の傭兵による略奪が始まっていた。
馬車から飛び降り
「行くぞ!」
と抜剣して村の中へ駆けて行く。
最初に目に飛びこんで来たのは、命乞いをする老人をまさに槍で突き殺さんとするニヤけた傭兵の姿だった。
「ウオオオッ!」
振り向いた奴の目に十人の敵対する同業者が映る。しかし驚く暇もなく、次の瞬間には俺のロングソードに顔を貫かれ絶命していた。
「散開して各個撃破! 行け!」
号令すると、部下達は散らばっていった。
程無くして、村には無数の剣戟が響き渡った。
略奪の最中だったのが幸いしたのだろう、虚をつかれた敵の半数は剣を交えることなく死に、残りの奴らも、ものの数分でカタがついた。
被害の確認の為、村を歩いて回っていると、背中に深い傷をおって倒れている娘を見つけた。右手には、護身用と思われるナイフ。
娘は俺に気付くと、自分はもう長くないと悟った様子で、か細い声を絞り出す。
「傭兵さん……?」
「そうだ。敵兵は皆殺しにした」
「よかった……。傭兵さん、お願いです……こんな酷いことを命令する人を……殺して下さい……。こ、このナイフを報酬として受けとって……だから、お、お願いです……。お願……い……」
娘は事切れた。
「依頼、か」
ナイフは、柄に装飾のなされた高価そうな代物だった。
報酬を貰ったのなら、依頼は完遂する。
傭兵として至極当然のことだ。
俺はすぐ、部下に全ての死体を片づけさせると、村民とともに陣へ帰還するよう命じた。
それを見送ると、一軒の民家に身を潜めた。
「全員殺しているのか、調べてこい!」
宵闇の迫った頃、到着したA国の中隊の将兵が馬上から命令する。
あいつか。
奴を殺せば、娘の依頼を達成したことになるだろう。だが、俺も無事では済むまい。
……なに、普段より少し厄介な仕事を引き受けたにすぎん。死んだら死んだで、それだけのことだ。
やがて、一人の槍兵がやってきて、ドアを開けて普通に入ってきた。
不用心な奴め。
後ろから近づき、口を押さえてナイフで喉を切り裂く。
「ガボボッ!」
十数秒もがき苦しみ、動かなくなったことを確認すると、そいつの装備一式を纏い、家を出た。
それからは、造作もないことだった。
小走りで近づき、報告すると思わせて、槍で顔面を一突き。声を出す間もなく、将兵はダラリと馬の首にもたれかかった。
突然の出来事に固まっている兵士を尻目に将兵を急いで引きずり下ろし、またがってその場を脱出しようとした――が、無駄だった。
激痛。
背中を何本もの矢で射られていた。
全身から力が抜け、地面へ落ちる。
薄れゆく意識の中で聞いた
「将軍! ……だめだ、死んでる」
と言う兵士の言葉に、俺の頬は緩んだ。
「へ、へ……」
「B国の刺客か? しかし……笑みを浮かべながら死んでるよ、コイツ……」