嗚呼、海よ
ザザァン……ザザァン……。
海鳴り、と言うのだろうか。私はそれを聞いていた。胡座をかいて居座っていると言うべきかもしれない。また夢か、と思う。嫌な事があると、こう言う夢を見る。
ふわふわと浮かんで、消える。ふわふわと浮かんで、消える。意識は退屈な五限目の授業の様にぶつ切りだ。詰まるところ、眠いのである。ただ、此所は夢の中。眠れないのだから、こんなもの拷問だ。静かに眠気と抗い、立ち上がることにした。
見渡す限り砂浜だ。いや、海はあるが、砂浜と言うべきなのか? どちらかと言えば、平坦な砂漠に強引に海をくっ付けたような歪な砂浜だった。水平線も地平線もぼんやりと薄れている。太陽はない。あの天に浮かぶ、鬱陶しい笑顔を張り付けた光の球体がそうだというなら、あれが太陽なんだろうが。
海を見据える。ザザァン、ザザァン。海鳴りは止まず、耳鳴りのように私の頭をかき乱していく。煩いなあ。消えてくれよ。誰にともなくボソリと呟いた。すると、海の中から大きな貝が現れて、口のように開閉していった。私の数少ない友人の口癖がその中から泡のように吹き出した。
「そんなものだよ」
何が。頭がガンガンと痛んだ。貝は答えずに、また海の中にぶくぶくと沈んでいった。そんなもの? 一体、何がだ。頼むから教えてくれよ。返答の代わりに、海鳴りが耳に響いた。
海は答えてくれない。空を見上げても星が笑い返してくれないように、大きな物は得てして私に答えをくれない。
悲しくはなかった。それが世の常と思えば、幾分か気は楽だから。でも、だからといって、何時でも返さなくて言い訳ではないはずだろう。そんな問いには、ウツボが地面から生えてきて、静かにいった。
「じゃあ、君が答えられる物って?」
何だろうか。何かあるだろうか。哲学的、抽象的な話は苦手だ。
「そうやって苦手なものをできないというから、誰も返してくれないに」
煩い。お前に何がわかる。そう叫び散らして、ウツボを蹴飛ばそうとしたが、私が近付けば近付く程小さくなって、穴ごと消えてなくなった。息が荒い。こんな夢を見るのは久しぶりだった。何時ものように、もっと綺麗な夢を見せてくれよう。駄々をこねる子供のように泣き叫んだ。
結局、何も分からないのは私だけだ。数学の授業もそう。最近の流行りだってそう。目標だって曖昧だ。答えられない人は返してもらえないなら、私には誰も返してくれない。分かっている。だけどわかりたくはなかった。
その瞬間、太陽もどきから真っ白な手が延びて私を掴んで持ち上げ、海に見えるぼんやりとした何かに叩き込んだ。
何も見えないかと思えば、そうではない。ブクブクと沈んでいく海は思ったより鮮明で透き通っている。私は、自分が息をできることに気付いた。シーラカンスが、ゆっくりと威厳のあり動きで近づいてきて、言った。
「その環境が自分に合っているかもわからない」
その言葉を継ぐように、足元のボコボコとした珊瑚の様な何かがぶくぶくと紡いだ。
「嫌だと言っている限りなにも変わらない」
そしてその二つが口を揃えていった。耳が割れそうな程大きな声で、多分叫ばれたのだろう。頭がグワングワンして、ただ伝えられた言葉だけが鮮明に届いた。
「自分から進め」
そう言ってシーラカンスはクルリと尻尾を振るって帰っていき、珊瑚はボロボロと崩れて消えた。いつの間にか海中への落下は止まっていて、私にはヒレが付いていた。これで、自分から進めと言うのか。使い方も知らないのに。だけど、自分から進めと言われたのだから、私は必死に腕を振って海中へと消えていった。
何処まで潜った? 分からない。ただ、自分がはいた泡が見えないところまで潜ったのは確かだ。鮮明だった海は既に真っ暗闇の中だが、私の前は不思議と明るかった。
それもそのはず、気づいたら、私は魚に成っていたのだから。深海魚、チョウチンアンコウに。
顎の突き出た不格好な顔は、だけど私の素顔によく似ていて、少し笑った。綺麗な夢とは言い切れないけれど、紛れもなく私の夢だった。
ふと、自分が海の底にいるのだと気付いた。サラサラとした砂が、地面を覆う。一見すれば岩はなく、海底の砂浜とでも言うべき場所であった。ゆっくりと身を砂に這わせ、ピタリと動くのをやめた。
するとしばらくして、ユラユラと揺れる光が近付いてきた。いつか見た、灯火の様だった。だけど私は、すぐそれが火ではなく、チョウチンアンコウの光なのだと理解した。どこからどう見てもアンコウ。私にそっくりだった。そして口を開いて、ウツボの声で言った。
「何か答えられるものは?」
それは、何か見つかったか、と言うことだろうか? なら、その答えは否だ。結局、何も見つけられてはいない。
「なにも」
――だけど
「だけど。これから探してみる」
見つからないから諦めて。そんな自分が嫌いだった。潜るのを諦めたら、この二つ目の砂浜も見つけられなかったのだろう。そう思えば、自分から進むのも悪くはない。私はそう思った。ウツボ声のチョウチンアンコウは静かに笑ったように見えた。
気がついたら目は覚めていた。ただ、深い眠気の中、どこかで鳴る海鳴りが聞こえた気がした。
ちょっと他の夢比べると短くなりました