過去の話 【恋春side】
これは私が6歳の時の話…。
「パパ!」
「恋春どうした?」
「ねぇねぇ見てゾウさん作ったの」
幼い私は、病室でお父さんに折り紙を見せた。
「恋春、上手いなぁ」
「でしょでしょ」
「昨日の夜、頑張って作ったんだものね」
「うん!」
この頃は本当に幸せだった。
私はお父さんと同じ心臓病を持ってたもののまだ軽く、お父さんも生きていたから。
「パパ、いつ病気、治るの?」
「…すぐ、治るさ」
この時、幼い私でもわかった。もう、治らないのだと。お父さんが一瞬、顔を曇らせたから。
「…治るんだよね?」
お父さんもお母さんも私の問いには答えてはくれなかった。ただ、ただ、泣きそうな顔をしていた。
小学校入学式の2週間前。
ランドセルも黄色い帽子もそろってわくわくした気持ちがあふれそうになっていた時、病院から電話が入った。
『容体が急変した』と。
私はお母さんにそれを聞いた時、意味が分からなかった。
「それって、どういうこと…?」
返答に困ったのか、お母さんは顔を曇らせた。
とにかく私はお母さんと一緒に病院へ駆けつけた。
病院の中は騒然としていた。お父さんの病室は医者と看護師が行きかっていた。
私は恐る恐る病室の中を見た。
お父さんは胸倉をつかんで苦しそうにしていた。私はその光景を見てショックのあまり声も出なかった。
「ピ――――」
乾いた病室の中にその音だけが響いた。その瞬間、私は頭が真っ白になった。
お母さんはその瞬間、ひざから落ちた。その頬には涙がつたっていた。
「○時○○分、ご臨終です」
私はその場から逃げ出した。
お父さんが死んだなんて考えられなかった。いや、考えたくなかったのもかもしれない。
幼い私はとにかく病院内を走った。どこに行ったらいいのかもわからなかったから。
途中で追いかけて来た看護師さんに捕まってお父さんの病室に戻った。お母さんはまだ涙を流していて、お父さんはピクリとも動かなかった。でもまだ、お父さんが死んだなんて受け入れられなかった……。
お父さんが死んでから1ヶ月が経っても私とお母さんは立ち直れなかった。
「ママ…?」
お母さんは夜、私に隠れて泣いてることが多かった。
「あぁ恋春…。ごめんね、こんなママで」
「…ママ、パパの部屋にこんなものがあった」
幼い私はお父さんの部屋の中で見つけたものをお母さんに差し出した。それはDVDだった。DVDには『パパより』と書かれていた。
「何かしらこれ?」
お母さんは私からDVDを受け取ってパソコンにDVDを入れた。DVDには1本の動画が保存されていた。お母さんはその動画の再生ボタンを震えている手で押した。
『ママ、恋春、先に死んでしまってごめん』
その動画はお父さんが最後に残したものだった。
『恋春、すぐ治るなんて嘘をついてごめん。パパはもっと恋春の成長を見たかったよ。恋春がこれからどんな人になるのか、どんな人と結婚するのか、どんな子供を産むのか、もっともっとたくさん見たかった。恋春はこれからいろいろ苦労すると思う。でも、くじけないで精一杯頑張ってほしい。そしていつか、本当に好きな人と出会って、その人と幸せになってほしい。それがパパの最後のお願いだ』
私は涙が出た。幼い私でもお父さんが何て言っているのか理解できたから。
『……そしてママ。先に死んでごめん。恋春を一緒に育てるという約束を破ってごめん。今でも、死んでも、愛してるよ。……これから、恋春のことを頼む』
動画の中のお父さんも、この時一筋の涙を流した。お母さんはもう涙が滝のように流れている。
『もし、パパが死んで立ち直れていないのなら、パパのことなんて忘れて、前を向いて歩き出して。パパは最後まですごく幸せだった。それはママと恋春がいてくれたから。だから2人が下を向いて立ち止まっていたら、パパは悲しくなる。だから前を向いて胸を張って歩きだして。それがパパにとって、一番幸せなことだから』
そこで動画は切れた。
お父さんのことを忘れるなんて絶対に無理だった。現に高1になった今も、お父さんのことは忘れられていない。でも、今は前を向いて歩きだしている。だって、お父さんが私の背中を押してくれたから。
今お父さんに会えるのなら『ちゃんと前を向いて歩いてるよ。本当に好きな人と出会って今、幸せだよ』、そう言いたい。だってそれがお父さんの最後のお願いだから。
私はちゃんと前を向けた。本当に好きな人と出会えた。でも、その好きな人を守るには引き離すしかないなんて、悲しいよ…。