病気の現状
あれから、4ヶ月の月日が経った。もう10月の下旬だ。
恋春の病気はあまり進んでいないようだった。
恋春から聞いたが、恋春の病気は前例もないくらい進行が遅いらしい。良いことらしいけど、急に進行が早まる危険性があるらしい。
「ねぇ、夏樹。緊張するよ~」
今日は恋春が学校に復帰する。医師が俺が付いているならいいと言ったのだ。俺と恋春はクラスも同じだし離れるとしたら体育しかないが、恋春はあまり運動してはいけないから、体育の時間は保健室で勉強するらしい。
「勉強ついていけるかな?いくら夏樹に教えてもらってたからってさ、なんか心配」
「俺が先生なのはダメだった?」
「そういうことじゃないよ~。夏樹は頭いいけど、教えるのも上手かった」
「じゃあ、良かった」
恋春の入院中、俺は毎日病室に行って恋春にその日に習ったことを教えていた。恋春は理解力がすごくあるから教えるのは楽だった。暗記力がないからそこは大変だったけど…。
「今日さ、午後は学園祭の準備なんでしょ?」
「うん。もう再来週だからな」
再来週は俺たちの学校の学園祭だ。高校に入って初めての学園祭だからすごく楽しみにしている。今のところ恋春も来れるらしいし、一緒に回る予定だ。
「うちのクラスって何するんだっけ?」
「喫茶店。男子は執事服で、女子がメイド服で。前半と後半に分けるから大体14人で店をまわす。厨房が大体6人って所じゃないかな?」
「ふ~ん。で、今日は何するの?」
「前半と後半、厨房に立つ人を決める」
「後の人は執事かメイドだよね。夏樹は厨房?執事?」
「恋春は?」
「私はメイドがいい!」
恋春がメイド服を着る…。俺的には最高だけど、そこらの男たちに恋春のメイド服を見られるわけで…。
「それはダメ!」
俺は思わず叫んだ。叫んだ後、「しまった」と思ったがそれはもう遅い。
恋春は可愛いし、男子の中でも人気だ。俺と付き合っても何人かの人に告白されてたし。
「なんで?夏樹は私のメイド服、見たくないの?」
「見たいけど…」
他の男たちに恋春のメイド服を見られたくなんてないけど、それは俺の決めることじゃないし…。
「なんで?」
「見られたら嫌だから。…他の男に」
顔の熱が上がってくのが分かる気がした。恋春はなんていうかな?めんどくさい男だと思われるかな?嫉妬とかありえないし。
「わかったよ。厨房にする。そうなるかはわかんないけどね。でも、夏樹が私に嫉妬してくれるなんて嬉しい~」
「っ…ば~か」
俺は照れ隠しでそう言った。もう絶対耳まで赤くなってるよ。情けなさすぎ。
「じゃあ、前期の人で厨房がいい人はいますか?」
学園祭の実行委員がやる気がなさそうに言った。
俺と恋春は午前になった。午後でもよかったが、前半の希望の人がすごい少なかったから午前にした。
「「「は~い」」」
俺と恋春を含めた何人かが手を挙げた。
「1、2、3、4、5、6、7。男子が3人。女子が4人なので女子は後ろで話し合って下さい」
恋春はそういわれると席を立って後ろへと足を進めた。
俺は一番後ろの席だから女子の話声がよく聞こえた。
「ねぇねぇ恋春ちゃん、恋春ちゃん可愛いんだからメイドにしなよ」
「そうだよ。恋春ちゃん可愛いから男子がいっぱい来るよ?」
「男子がたくさん来れば家のクラスも大繁盛だね」
女子3人はどうしても恋春をメイドにしたいらしい。
俺が口を出そうとすると
「ほら、私彼氏いるし。それにさ、私病気だからあんまり運動しちゃダメなんだ」
そう言えば恋春はあまり運動をしちゃダメだったんだ。メイドは厨房と店の中を行き来する。前半だけどとはいえすごい運動量になるはずだ。
「そっそかぁ。じゃあしょうがないよね」
「じゃあ、私お店でいいよ?」
「真由香ありがとう」
結局その真由香って人が店になった。
その後はサクサクと決まり準備もある程度終わったからこのまま帰ることになった。
「ねぇ夏樹ここ寄って行きたい」
「恋春の親が心配するからちょっとだけな」
「うん!」
俺たちは誰もいない静かな公園のベンチに座った。
「夏樹、生きるってなんだろう…」
恋春が急にそんなことを言うからギクッとした。
生きるなんて正直言って考えたことがない。
「病気の進行、早くなってるんだって」
「え?冗談だろ?」
俺が言うと恋春は首を横に2回振った。
「手術しなきゃなんだって」
「………」
何も言えなかった。恋春の彼氏なのに。
「手術が成功しても、移植した心臓がちゃんと機能しないと死ぬんだって。それにドナーだってそうそういないんだって。……だから私と別れて」
「え?今の話からどうしてそうなったの?」
「お願い…」
恋春は下を向いてそう言った。手が震えてる。
「恋春は俺のこと嫌い?」
恋春は首を横に振った。
「俺は恋春のこと好きだよ。どんなことがあっても一緒にいたい」
「私には、私には明日がないの。いつ死んじゃうかわかんないの!」
前にも言ってたな。「私には明日がない」って。
「恋春、明日は絶対ある。誰にでも明日はあるんだよ。確かに明日は来ないかもしれない。でも、それもみんな同じなんだ。俺だって今、急病で死ぬかもしれない。この後、事故で死ぬかもしれない」
「そうだけど、そうだけど…」
恋春の頬には涙が流れていた。俺は指で恋春の涙を拭った。そのまま手を恋春の右頬に当ててこう言った。
「俺は、恋春の明日を見つめて、恋春と生きて行きたい」
「そんなこと言われたら別れらんないじゃん!」
恋春は怒りながらも涙を流していた。俺はその涙を指で何度も拭った。
「だから、そんなこと言うな。俺の心がズタズタになる」
「私だって夏樹のこと好きなんだもん。好き過ぎて困ってるの。家でも病室でも夏樹と別れた後は夏樹が恋しくて、すぐに会いたくなるの。ずっとそばにいたいの。病気が怖いの。死にたくない」
恋春は俺の胸に顔をうずめながら泣き叫んだ。心の中にたまっていたものを吐き出すように。
「俺がずっとそばにいる。だから泣くな」