恋春の明日
あの日から1週間。恋春は一度も学校に来ていない。
「先生!恋春はなんで学校に来ないんですか!?」
俺は職員室の真ん中で叫んだ。先生はちょっとビックリした顔をしている。
「夏樹、ちょっと声がうるさいぞ」
「恋春はなんで学校に来ないんですか」
「さぁ~なんでだろうな~」
先生は横を向いてとぼけたようにそう言った。
「なんで、なんで俺には教えてくれないんですか!」
俺はそう言って職員室を飛び出した。
廊下を早歩きで歩き、校舎を飛び出た。
放課後の学校は部活をやっている人の声や帰っている人の賑やかな声で溢れている。
僕はその人たちの合間を縫って歩く。
恋春がいない。恋春がいないと賑やかな声も騒音にしか聞こえない。
恋春、恋春、恋春。今、どこにいるんだ…。
今俺は恋春の家の前に来ている。
『ピンポーン』
「はーい。ちょっと待ってください」
僕は3日前から恋春の家には来ている。
「あっ、夏樹君…」
「あの、恋春のこと、教えてください」
俺は恋春の母親に勢いよく頭を下げた。いつもここで「帰って下さい」と追い払われていた。でも、俺は諦めるわけにはいかない。恋春と電話も繋がらない今、恋春の母親に聞くしかないのだから。
「顔を上げて」
俺は恋春の母親に言われて頭を上げた。
「あなたに負けたわ、夏樹君。こんなところじゃなんだから中に入って」
「はい、ありがとうございます」
俺は恋春の母親に言われて家の中に入った。
「ごめんなさいね。こんなものしかなくて」
恋春の母親は麦茶とせんべいを出してくれた。
「いえ、お構いなく」
「恋春がね、よくあなたのこと話してたわ。優しいって。あの子、今まで私にはあまり学校のことを話さなかったの。でもね、あなたと付き合ってから恋春は学校のことをよく話していたわ」
恋春の母親の言葉がちょっと過去形なのが気になった。
「あの、結局恋春は?」
「急に来るのね。そうねぇどこから説明したらいいのかしら」
それから恋春の母親は少し考えて口を開いた。
「恋春は小さい頃から病気を持っているの。それで今、入院しているわ」
「え?」
『コン、コン』
「は~い。どうぞ~」
「恋春、久しぶり」
「なっ夏樹!?」
真っ白な部屋の中で青い病衣を着た恋春がベッドの上に腰掛けていた。
「ひっ久しぶりだね。もしかして、お母さんが言っちゃった?」
「うん。でも、恋春のお母さんは責めないであげて。俺が毎日毎日押しかけたんだから」
「夏樹、そんなことしてたんだ」
恋春のベッドの横には小さい本棚があった。恋春の本だろう。女子向けの小説が並んでいる。
「…なんで俺に話してくれなかったの?」
「だって…」
「だって?」
「夏樹君が心配すると思ったから。…怒ってる?」
恋春の腕にはチューブが繋がれている。よくドラマとかで見るみたいなやつ。
「怒るに決まってんじゃん。…俺は恋春の彼氏なんだよ?」
「好きだから!好きだから言えなかったの。心配かけたくなかったの…」
恋春はぼろぼろと涙を流していた。
俺は恋春の近くに行って恋春を抱きしめた。
「怖かったの。不安だったの。夏樹がいなくて寂しかったの…」
恋春は俺の背中に手をまわして制服をギュッと掴んだ。
「ごめん、俺がそばにいてやれなくて」
「うっ…うっ…」
俺は恋春の頭をポンポンとした。
「でさ、手術とかすんの?」
俺はそれが一番心配だった。恋春が死んだら?。そんな縁起でもないことを考えていたから1番最初に確かめておきたかった。
「ううん。今の所はね」
「じゃあ、そのうちするの?」
「多分。今回は調子が悪かったから一応入院って。でも、もっと調子が悪くなったら明日するかも」
「明日!?」
ビックリした。手術の成功率は知らないけどなんか怖い。恋春はもっと怖いんだろうな。
「うん。だからいつかわからない…」
「怖かったよね?俺じゃ良くわかんないけど、これからは、その怖さも、不安さも、悲しみも、一緒に分かち合って行きたい」
「でも、私には明日がないから」
そう言った恋春はどこか悲しそうで諦めているようでもあった。
「明日」ってよく考えたことはなかった。当たり前に来るから。今日が当たり前に過ぎて行って、明日が当たり前に来る。それが普通だと思っていた。でも、恋春の言葉を聞いて「明日」が来るってどれだけ幸せなことなのかわかった気がした。
結局俺は恋春の言葉に何も言えなかった。