最後の夜
「夏樹、ごめんね。私と別れて」
何回か聞いたことのある言葉。ズサッと心の突き刺さるその言葉を言いながら恋春は泣いていた。
もうすぐ夏が終わる。長かった夏が。
そんな夜の日、暗い公園で俺は恋春にそう言われた。
大体わかる。恋春が「別れよう」って言う時、必ず病気のことでなんかあった時だから。
「恋春、ちゃんと説明して。俺は恋春の話が聞きたい」
恋春の涙は止まらない。
あの向日葵デートの日から約1ヶ月経った。
その1ヶ月間、恋春は空元気って感じだった。俺はそれを見てるのが辛かった。恋春は俺に心配かけまいとそうしてるんだろうけど、そんなんだと逆に心配してしまっていた。
手術は早く決断しないといけないから俺が口をはさんじゃいけないと思っていた。
俺は恋春がどんな答えを出しても受け入れる覚悟でいた。
でも、恋春とは別れたくなかった。いくら恋春が最後に出した答えだとしても。
「私ね、手術することにしたの。すごく大変な手術なの。だから前にも話したけど死んじゃうかもしれない。それでも、私は手術したいって思ったんだ。夏樹にも言われたしね。生きる希望を見失わないでって。だから手術することにしたんだけど、……心配で。夏樹のことが。前にも言ったけど、私が死んだら夏樹が夏樹じゃいられなくなっちゃうんじゃないかって」
恋春は泣きながら俺にそう言った。自分の気持ちを精一杯伝えるように。
「恋春、俺のことより自分のこと考えろよ。……手術、怖いんじゃないか?」
「私は大丈夫だよ。そりゃあ怖いけど、夏樹との思い出があれば大丈夫だもん」
俺の目には恋春が強がっているように見えた。涙だって止まってなし、なにより悲しそうな顔してるから。
「で、なんで手術をすることから別れることに繋がったの?」
「だってさ、夏樹は近くの大切な人が死んでしまう悲しみを知らないから分からないと思うけど、大切な人が死ぬってすっごく悲しいの。寂しいの。自分が自分じゃいられなくなっちゃうの。あと、私手術するから遠くの大きな病院に行くことになったの。ほら、私が通ってる病院は小さいから。それでね、夏樹と別れれば私が死んでも夏樹が知ることはないでしょ?だから」
「そんなの勝手すぎるだろ!!」
俺は恋春の話を遮って叫んだ。
「いくらなんでもそれは勝手すぎるんじゃないか…?」
「じゃあ、どうしたらいいの。ねぇ!私は夏樹を傷つけない方法がいいの!これからもずっと笑っていて欲しいの!…うっ…う〜」
恋春は思ってることを俺にぶつけると、本格的に泣き出した。恋春が俺のことを思ってくれるのは嬉しい。でも、俺も恋春のことをすごく思ってるんだ。だからここではいそうですかなんて絶対に言えない。
「俺は恋春と別れたら笑顔でなんていられないよ。恋春がいるから笑顔でいられるんだよ。……恋春は死なない。死ぬとしたらなおさら俺は恋春のそばを離れたくない。…前に言ったろ?恋春の明日を見つめて、恋春と生きて行きたいって」
「うっ…うっ…」
「お願いだ。別れようなんて言わないでくれ!」
俺はそう恋春に訴えかけた。恋春とこれからも一緒にいたいんだ。
「じゃあ、夏樹が私の立場だったらどうする?夏樹も私と同じこと、したんじゃない?私、今回は引かないよ。それに夏樹は私がどんな道を選んでも賛成するんじゃなかったの?夏樹は私との約束、守ってくれないの?」
何も言えなかった。多分俺が恋春の立場だったら恋春と同じ選択をしただろう。それに、確かに俺は恋春がどんな道を選んでも、賛成すると言った。恋春が正論だった。だから何も言えなかった。恋春を抱きしめて上げることもできなかった。俺はダメな彼氏だ。
「…恋春は本当に1人でも大丈夫なのか…?」
「大丈夫。夏樹との思い出があるから」
恋春の声は明らかに震えていて、目も泣きすぎて腫れていた。
「…わかった、別れよう。今までありがとう」
引きたくはなかった。でも、これが恋春のためなら俺は引こう。
「俺が力になってやれなくてごめん。…生まれ変わったら一緒になろう。そうしたらまた、俺は恋春の明日を見つめたい…」
「うん…。ごめんね。ありがとう」
「またいつか会おうな」
夏が終わろうとしてる。僕たちの恋も終わってしまった。




