91話
12/23 修正していない方を載せてしまいました。
後半の独白部分です。
ご迷惑をおかけしました。
じっくりと火を通す。
クツクツと小さく沸騰する鍋からは、食材の甘い香りと刺激的なスパイスの香り。
最後の味見をする。
ん。微調整は必要なさそうだ。
最高の出来である。
「うし、いい感じだ」
「おぉ! 美味しそうです」
「ギィ!」
「手料理を振る舞って貰えるとは、僥倖の極みです」
「大袈裟だな」
ここ最近外食が多いので、栄養バランスが気になっていたのが事の経緯だ。
宿屋の人に頼み込んで食堂の台所を貸してもらう事ができたので、久しぶりに料理の腕を振るっている。
決して、チャレンジメニューというタダ飯に飽きたというわけではない。
ただ、行き過ぎると出禁になりかねないし、自分好みの味が少々恋しくなったのだ。
アーシェに頼んで魔道具の火を消してもらう。
後は余熱でジックリと火を通して味をしみこませて、温め直せば完成だ。
一応この場にはいないルテルの分も作っている。感謝して食べろよ。
さて、ただ待つのも惜しいので待ち時間中に簡単なデザートも作ろうかと考えていると、ギルド職員が現れた。
「すぐにギルドへ来るように」
割と高圧的な態度である事にはもう慣れてしまっていたが、そういった態度をされる事に心当たりがあるので少し焦る。
どの悪事がバレたのかと思って身構えるが、どうやらその件で来た訳では無いようだ。
詳しく話を聞くと、前回の働きが良かったので特別なボーナスが出るようだ。
聞いた日にすぐ来い、というのはどうなんだ? と思いつつも悪い気はしない。
仕事の内容は良いと言えないが、それでも労ってくれるというのなら素直に嬉しいものだ。
時間もそんなにかかる事はないようなので、出席することにした。
アーシェ。このまま余熱でじっくりと沁み込ますから蓋は取るなよ。
勝手に食べようとする奴は実力行使で止めていい。
ハクシ。分かったな。
「はい!」
「ィ!」
返事は良いが涎を垂らしているので説得力がない。
早めに帰ろう。
デザートはまたの機会だな。
完成間際の料理をアーシェに見張ってもらいギルドへと向かう。
・・
・
ギルドに着くと、いつものタヌキに案内される。
案内されてついた場所は、割と広いうえに内装が凝っている。
こんな所に通されるとは思ってもみなかった。これは想像していたよりも評価が高いのかもしれない。
それとも、助けた人が偉い人だったのだろうか......いや、それはないな。報復されてもおかしくないぐらい煽り倒したのだ。助けた人が偉い人の友人か恋人のほうがありえる。
そうこうしていると、幾人かの人が部屋に入ってくる。
呼ばれたのは自分一人だけと言う事は無かったようだ。
それもそうか、大規模だったので同じように活躍した人はいるだろう。
成程、改めて見ると全員いい面構えをしている。
しかし、話題の中心である勇者の姿が見えないところを見ると、あちらはまた特別な扱いで表彰でもするのだろうか。そうであるなら、前回の時と同じく大々的なお披露目となりそうである。
時間が来たのか、扉が締められ正装したタヌキが現れた。
ゆっくりと壇上に登り、何やら畏まりながら、前口上と挨拶を述べた。
ようやく始まったようだ。
挨拶の内容は少し硬めの言葉を使っているので分かりづらいが、要約するなら「良くやった。これからも励んでくれ」と言う事だろう。
定型文ではあるではあるのだろうが、感謝されているようなので悪い気はしない。
話しが終わった所でタヌキに名前を呼ばれた。
驚いた。こういう時は一番活躍した人から順番に呼ばれるのではないのだろうか。
それとも一律全員同じで、たまたま最初に呼ばれただけか?
妙な緊張感を纏わせながら壇上へと近づく。
誰も動揺やざわつきを感じない事から、おそらく一律なのだろう。
少しホッとしたのも他束の間。
部屋の奥から大きな箱が運ばれてくるのをみて緊張感が戻ってくる。
いやいや、ないない。
これは、あれだろう。全員のが纏めて入ってるだけだろう。
勲章か金一封が纏めて入っているだけだ。
そう予想していたが、長めの口上を聞けばどうやらこれがボーナスのようだ。
まさか冗談のつもりで思っていた事が現実だったのだろうか。
拒否できるならしたいが、それをこの場で言うとなると他の人への侮辱になりかねない。
一先ず受け取ってからタヌキと相談しよう。
この後にする着地地点が決まった所で、大きな箱が目の前に置かれた。
そして、タヌキの合図で大きな箱が開かれた。
何が入っているのか、緊張と期待感を込めて箱を覗き込む。
「.......」
その箱は見た目よりも頑丈にできていた。
中身を傷つけないように内側には毛布のようなクッションが詰められており、開けた拍子に香った花のような香りは、香水だろうか。
唖然とするこちらの視線に気が付いたのか、箱の中身がこちらを見た。
「.......」
箱の中身は、子供の獣人が4人。薄いショーツだけを身にまとい、全裸に近い姿である。
見つめ返すその目に光はなく、何もかもを諦めた死人のような目をしていた。
現状とその姿を見ればそれが一体何を意味しているのかすぐに理解できた。
だが、理解したくなかった。
そして。
あぁ、止めろ。それは......ダメだろ。
まるで教えられた動作のように拙くも、ゆっくりとこちらに手を伸ばし、口を半開きにして舌を出していた。まるで、キスをせがむかのようだった。
毛が逆立つような感覚がした。
瞳孔が開き、血流が一気に早くなる。
あぁ、クソが。子供になんてことをさせてんだ。
感情が大きく揺らいで、煮え滾る。
何よりも、語りたくも無い過去が今の現状と重なってしまう。
今まで、知らなかったで済んでいた事実が最近知った知識によって鋭い刃となって深く抉った。
その刃に名前を付けるなら、愚図か恥知らずであろう。
唇に力を籠めながら耐える。
そして、そっと花束を持つように、祈るようにして伸ばした子供の手を包み込む。
感情を押し殺しながらも、上手く笑えたと思う。
少し戸惑う色を見せながらも、子供達は暗い目をしたまま業務を遂行しようとする。
なんと声を掛ければいい......この子達になんと声を掛ければいいのだろうか。
事ここに至って分からない。
拒否するのは簡単だ。
だが、その後の処遇はどうなるのであろうか。
ボーナスとして渡された子供らを拒否するとなると......この子らにとっていい結果になる様な事が想像できない。
必死に考えた。そして、考えた末に。
「あとでな」
最低な言葉で保留にした。
それを聞いて、子供たちは箱の底で小さく縮こまった。
箱の子供らから視線を切る。
何時ぞやに弟が言っていた言葉が蘇る。
知識は未知を照らす光であると。
おおむね理解できるし、賛同する。
ただ、今回は知らなくても良かったと心の底から思う。
今まで未知という暗闇で隠れていた傷口が、知識という光で照らされた。
あまりにも醜い傷口が露呈した。
酷く顔が歪む。
もし、別のタイミングに気が付けたのなら、ここまで揺らぐ事は無かっただろう。
その時は、後悔しながらも静かに黙祷ぐらいは出来たかもしれない。
謝罪の言葉も添えれただろう。
だが、こんな所で......こんな形で晒されて.......穏やかでいられる事は無理だ。
子供になんて事させてやがる!
辛うじて抑え込んでいた感情をむき出しにして、タヌキを見据えた。
今回ばかりは冗談で済ますような事は無い。
◇◆◇
最初に疑問を感じたのは、アクゥンだった。
予定していた報奨を入れているにしては、かなり大きな箱で運ばれていたからだ。
ここで随分と派手な演出だなと思わず、中身にまで疑問を感じていれたのなら話は変わっていたのかもしれない。
だが、この場は彼に対して礼や労いの場であり、侮辱するような場ではないと判断していた事と、仮に何かあっても大丈夫なように彼以外は全てこちらの関係者であり、優秀な精鋭であるという信頼という緩みが確認を怠らせた。
アクゥンはキャラを演じきり、たどたどしく箱を開けさせ、驚愕の事実を知った。
中身が変わっている?
彼専用に厳選した宝物と酒ではなかった。
なぜ獣人の子供が入っている? 報奨が奴隷に変わったのか? その疑問が頭をよぎった瞬間に空気が変わった。
いや、そんな生温いものではない。
凍り付いたという言葉すら足りない。
まるで体に巨大な氷の剣が刺さったような感覚。僅かな身じろぎが傷を広げ寿命を削るのでは、と錯覚させるほどだ。
あまりにも致命的なナニかが起きた。
それは己が力の際限を超えた災害と対面した時とよく似ている。ただ過ぎ去るのをジッと待つ。
身動きを取らず、息を殺して。死なないために。
助けを求めようにも、精鋭たちも動けずにいた。
怒りすら湧かない。そうであろう、と感じてしまうほどの圧力なのだから。
今は喧しく動く心臓ですら止めてしまいたいと思うほどだった。
だが、自然災害とは違い、それは意思を持った人間であっることを思い知った。
それが.....殺意と悪意を持ってアクゥンを見ていた。
悟ってしまう。逃れる事は出来ないという事実に。
言いようの無い巨大な何かが、ゆっくりと時間をかけて体と心を潰していく様な感覚に眩暈がする。
これでも幾つもの修羅場を超えて来た。
死を意識したことは幾度もあった。
そんな経験が冗談だったかのように、今目の前にある死に震えた。
......早く......早く。
耐えきれなかった。
逃れられない。待ち受ける結果はどうあがいても変えられない。
ならば、いっそ......早く、楽にしてくれ......。
死を願った。
死が歩を進める。
近づくたびに感覚は鈍くなり、少しづつ閉じていくような感覚に襲われた。
死ぬための準備が整いつつある。
ソレが、手の届く範囲まで来たところで何者かが両者の間に立った。
強烈なストレスが遮られたことにより、糸が切れた人形のようにその場にへたり込んだ。
辛うじて顔を上げ、その者の顔を見る。
「お久しぶりですね。アズガルド学園以来ですか。シヒロ様」
アズガルド学園にいた受付嬢が立っていた。
「まずは伏して、今回の非礼をお詫びさせてください。申し訳ありませんでした。新米に経験を積ませようとしたのでしたが手違いにより侮辱をするような形になってしまったことを重ねて謝罪させてください」
深々と頭を下げた。
その行為に男の歩は止まった。
しかし、感情が収まったわけではない。薄氷の上である事は変わらない。
つばを飲み込む。
「こちらの過ちで、最近潰した犯罪グループの押収品にあった奴隷の子供と間違えてしまったようです。改めて本来の品と謝罪の気持ちを渡そうかと思」
突然視界をふさがれて、言葉が止まる。
感触からして、正面から頭を掴まれ目隠しをされたようになっている。
加減されているのに外せる気がしない。
微かな身じろぎでさえ、反抗と捉えられ泡のように握りつぶされてもおかしくない。
「前回言った事を覚えてるか?」
「いえ、申し訳ありませんが覚えておりません。ご教授願えますか?」
「あんたの顔を立てるのは、前回で済んでる」
声色が平時と変わらない。
それがより恐怖を駆り立てる。
しかし、これは好奇であり希望だ。
会話が出来ており、加減もしてくれている。
まだ何とかなる。挽回できる。
であるなら、強気でこちらの全てを差し出す。小出しはしない。
「そうであるならどうしたら良いでしょうか。謝罪の意を込めて、こちらが出来る事であるなら何でもします。慰謝料を要求するなら可能な限り出しますし、私たちが気に入らないというのでしたら、この場で叩き伏せて、犯してくれても構いません。むしろこの国であるなら罪にもなりません。それは弱い者の運命であり、強者の特権ですから」
凛と構えて、視線を真っすぐ射抜くように見つめて答えた。
それは偽りなく本気で言っている。
むしろそうであった方が良いとさえ思っている。
抱けば情が湧き、怒りは静まる。
そして、ある程度の庇護の感情が湧く。そうなれば操縦が可能となる。
「私が好みでないというのなら、後ろの獣人でも構いません。女に興味がないというのなら男の人も用意できますよ」
頭を掴んでいた手が離れる。
そして、彼の表情を見た。
差し出したもの全てが彼の琴線に触れる事は無かったようだ。
恐怖で一歩後ろに下がってしまいそうだった。
「言いたい事は一つだ。子供に、そんな事をさせるな。それだけだ」
「し、承知しました。こちらの人脈を使って何としても保護させていただきます。そして、これは本来の報奨とお詫びを込めた逸品です」
1本の酒瓶を手渡し、受け取った。
「本日は、無礼を働き申しわけありません。そして、今後もまた活躍される事を願っています」
それを受け取り、返事もせずに男は部屋を後にした。
部屋に充満する緊張感が一気に解け、この場の誰もが腰から砕け落ちた。
気を失った者さえいる。
辛うじて切り抜ける事が出来た。
手を見つめ、【変装】のスキルが解けてない事にも安堵した。
ホッとしたのも束の間、すぐさま切り替える。
アクゥンの胸倉を掴んで睨みつける。
「どういうつもりですか。あなた達の集団自殺に巻き込まれるところだったんですよ。何が琴線に触れるか分からないのならお金とか適当な勲章とか、無難な物を選ぶという選択が出来ないんですか? 馬鹿なんですか? 今、私達が生きていられるのは彼の気紛れで」
強く服の端を引っ張り、話を遮った。
「頼む......頼む。......何もかも屈してしまいそうなんだ」
今までの口調が変わっている。それに、別人と思えるほど雰囲気が変わっている。
これが彼女の本来の姿なのだろうか。
彼と対峙して、私の【変装】が解けなかったが彼女は何かしらのスキルが解けたのだろう。
無理はない。
ある意味で同情してしまう。
これは種族の差であろう。
弱い者を虐げ、強い者に従いたいという欲求。
それに抗うための懇願。なるほど、彼女の正体が分かった気がする。
密偵か。
「はぁ。貸し1つ。いえ、前回も含めれば2つですか。忘れないでください」
全力で拳を握り込み、顔面に叩きこんだ。
肉が弾けるような音と共にアクゥンは床にめり込み、意識が途絶えた。
それを見て、また大きく溜息をついて考える。
彼に対するマイナスの心象と、何に対して怒るのかを知れたこと、本来不可能だと考えていた人脈を得られた事。
結果から見ればトントンと言ったところか。
「どっちにしても割に合わない」
◇◆◇
トボトボと来た道を戻る。
知っている。
この世界は奴隷制度があることを。
そして、それを知りつつ実際に見に行ったこともある。
冷やかしではあるが、買おうとしたこともある。
奴隷に対していい印象は抱かないが、全く理解できないというほどではない。
こっちの世界でも未だにある事だ。
ガロンド砦の事を思い出す。
最近では、そういった目的のための奴隷もいる事も理解した。
この世界ではそれは悪いことでは無いのだろう。
法がそう定めているのなら部外者が言う事ではない。ましてや、その恩恵を受けているのなら尚更であろう。
こちらの倫理観に照らし合わせても両者が納得しているのであれば文句はない。そこに愛のない金銭的なのやり取りであっても理解できる。
そういった職業があり、それで生計を立てられるのなら立派だとさえ思える。
ようは郷に入れば郷に従え。
口出しは余計なお世話。
大きく息を吐きだす。
分かっている。理解もしているが故に、あれだけは許せなかった。
許してはダメだった。
理解の乏しい子供にさせるべきものでないし、ましてや強要である。
だが、忠告という釘を刺す以外に何が出来ると言えるのだろうか。
普通の子供ですら不幸にしてしまう人間が、獣人という種族すら違う子供に何をさせてやれるというのだろうか。
関わらないと言う事が何よりも不幸にならない方法なのだろう。
「あぁ、もやもやする。今日は腹いっぱい食べて、酔って寝よう」
そうして宿屋に着くと何やら台所が騒がしい。
幾人かが台所の前で倒れている。
貸してもらった主人に聞いてみると、良い香りがするから近づいてみると途端に気絶するようだ。
何を作ったんだ? と詰め寄られるが心当たりがある。
主人をたしなめつつ覗き込んでみると、アーシェとハクシの壮絶な戦いが繰り広げられていた。
何が何でもつまみ食いをしようとするハクシと、それを阻止しようとするアーシェ。
何処から持ってきたのか、鍋の蓋を使って空中を自由に動くハクシの動きを遮り、ハクシは何をやっても近づけない事に疑問に感じつつも、一心不乱に鍋に近づこうとする。
珍妙な戦いを見ていたら、肩の力が抜けてしまった。変な笑いまで出てきた。
「お疲れ」
バッと一斉にこちらに振り向いた。
「頑張りました!」
「ギィ!」
早く食べようと絡みつくハクシと、撫でて欲しいかのように頭を差し出すアーシェ。
「飯にしよう。今日は疲れた」