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幕間 それぞれの夜

◇◆◇ 勇者


勇者一同、4人全員が集結していた。


「やあやあ、みんな集まってくれて嬉しいよ」

「煩いわね。私デートがあったんですけど」

「いやいや、勇者としての務めが大事じゃん。求められたのなら答えなきゃ」

「務めねぇ~、聞いた話だとズタボロに返り討ちにされたから泣きついたんでしょ?」

「最低ですね」

「なんでお前の尻を拭くような事しなくちゃいけねんだよ」


一同はこの強制招集に不満を持っていた。


「待って待ってよ。それは誤解だって言ったじゃん。実際すぐに終わったでしょ?」

「終わったっていうか、すでに終わってたじゃん。勝手に死んでただけじゃん。それなのに手こずってたとかありえないんですけど。現場の人とかに聞いてみたけど、勝手に突撃して、返り討ちにされて収拾がつかなくなったとか終わってない?」

「最近のあなたの発言は誇張と矛盾が目立ちますよ」

「うへぇ、クソダサじゃねぇか」


顔に陰りが出来る。


「誰が言ったか知らないけどそれは全部デマだから。本当はこっちで大半を終わらせたけど、勇者としてさ、名誉の山分けとかした方が良いかなって思って、美味しい所だけ残して戻ってきたわけよ。ほら、皆さアズガルド学園での席順が下がってるわけじゃない? 挽回の機会を与えたいって親切心だよ」

「きょーみなーし」

「気にしてるのは君だけです」

「お前になびかない赤髪の女を振り向かせたいだけだろう。それも順位を抜かされて目に見えて焦って、功を焦った挙句に、失敗を俺達に押し付けるとかダサすぎだろ」


顔が引きつる。


「ぜんっぜんそんな事ないし! 意識なんかしてないし! 今その話関係なくない!?」

「そっすねぇ~。もう終わり? 帰っていい? つか早く戻せ」

「わざわざ手伝ったことについてお礼も無しですか」

「暇じゃねぇんだよ。どうしてもって言うから残ってるんだ。要件が言い訳ならさっさと戻せ」


ッチ、と小さく舌打ちをして一つの小さな袋を見せる。


「何それ? ダッサ」

「巾着袋に見えますが、それが何ですか?」

「夏祭りの誘いだったらぶっ飛ばすぞ」


っは、と鼻で笑う。


「ただの袋なわけないじゃん。よく見てみてよ」

「ムカつく」

「はぁ......」

「うぜ」


渋々促されるようにそれを【鑑定】で見つめる。

すると、それがどういった物なのか理解できた。

一様に顔色と目の色が変わる。


「分かった? これはただの袋じゃない。素材がこっちの世界にはない物なんだ。ではどこから? ここに無いのならそれは限られている。そう、魔族領の物だ。これがあれば僕の力で一気に魔族領へと侵入できる。それも布を作り加工する技術があるのなら一定以上の文明がある場所だ。魔人の集落があるか魔王へと繋がっているかもしれない。もし魔王に繋がっていれば油断している所の一斉攻撃で討伐も可能だ!!」

「これは何処で手に入れたんですか?」

「たまたま行商人から手に入れた。本当に運が良かったよ」


見返せて気分が良くなる。


「これのおかげで楽に魔王を倒す足がかりが出来た。これで僕らが帰られるという可能性も出てきたことになる」

「正直帰りたいとは思わないけどね」

「まぁ、帰る事が出来るという選択肢があるだけで結構心持に余裕が出来ますから」

「本当にたまにだが、役に立つこともするんだな」


嫌らしく口角を上げて話を進める。


「ここからが本題。早速だけど魔族領に向かうメンバーを決めたいんだよね」



◇◆◇フレア=レイ=ブライトネス


夜も更け、部屋で酒瓶を取り出す。

白い炎を使って一瞬で瓶ごとコルクを燃消した。

この白い炎を扱うのにも慣れたものだ。

酒瓶を傾け、グラスに注ぐ。

今夜は一人で飲みたい気分だ。


慨嘆の大森林での比較的安全なルートと、拠点に適した場所の確保。

大きな成果を成し遂げた。

2度の大きな大暴走が起きたおかげで、驚くほどスムーズに事が進んだことと、大暴走による魔石の大量確保も功を奏した。

成した功績は大きく、勇者を抜きんでるほどであった。

主席が確約されたと思った矢先に、勇者一同は歴史的犯罪者の発見および討伐を成功させたという報が届いた。

結果として、一気に並ばれる形になり、僅差で抜かれて次席と相成った。

それ自体は別に何とも思っていない。

また抜き返せばいいだけだ。それだけの実力が私にはあると自負している。

ただ、お酒に逃げたくなった理由は別にある。


グラスに口を付けて、一口飲む。


この言い知れない胸の空虚と不安が拭えない。

今まで出来なかった事が出来るようになった。

今まで諦めていたようなことにも手が届くようになった。

遥か先だと見上げていた勇者が比肩できるまでになっていた。

単純な力ではまだまだ及ばないが、それでも見えるほどには近づいている。


最近勇者に対して、こんなものか......と感じてきてしまった。


もし、この思いがシヒロと会った時に感じてしまったら、私はどうするのだろうか。

勇者に対しての畏怖や敬意すら消えてしまった今となっては、シヒロに対する思いさえ消えてしまうのだろうか。

そんな事は無いとは思いつつも、前ほどに焦がれる思いが薄くなっているのは間違いない。

募り、高く積みあがっていた想いはどうなってしったのだろうか。

心に靄がかかるように、自分の気持ちが掴めない。

もし、会える機会があったとしても、会いに行きたいと思えるだろうか。

気持ちが少しづつ離れていっているような気がする。

その不安が拭えない。いつかこの気持ちも消えてしまうのだろうか。


コンコン。


扉を小さくノックする音が聞こえた。


「なに?」

「夜分に失礼いたします」


扉越しにそんな声が聞こえる。


「一人でいたい気分だったけど......いいわよ」

「失礼します」


我が家のメイドが入ってくる。

ここは実家ではないのだけど、たまにこうしてどこからともなくやってくるのだ。


「もう驚かないわよ」

「そうですか。それは残念です。ですが、少し驚く内容だと思いますので落ち着いて聞いてください」

「そう、それは楽しみだわ」


グラスを置いて聞く姿勢を取る。

とは言っても、何を聞いても驚ける自信は無い。

今は、何を聞いても心に響かない。


「シヒロ様が見つかりました」


バン!と机をなぎ倒し、椅子から転げ落ちそうになりながらも必死にメイドへと向かって近寄っていく。

驚きと興奮で歩き方を忘れたかのような動きだった。


「どこ!!」



◇◆◇アベル=エル=キングストン



某同時刻。

扉をノックする音が聞こえてそちらを振り向く。

すると、例の如くモーラルがそこに立っていた。


「返事をする前に入ってくるな」

「そう? いいじゃない」

「よくない。何のようだ」


なぜかこの女はこちらの居場所をすぐに見つけてくる。

今回も秘密の工房で隠れていたのだが、すぐに暴かれてしまった。

言いたい事はあるが、追及するのは諦めた。理由を聞いてもはぐらかされるのは目に見えている。


「試作品? もう完成?」

「一応形にはなった。動作テストも耐久テストも合格した。後は実戦でどこまで使えるかのテストをするだけだ。だが、手頃な相手が見つからなくてな。選定中だ」

「魔族領にでも行く?」

「それもいいな。勇者が折角攻略してくれたんだ。慨嘆の大森林経由で行くか」

「そう、乗り気なら良い話が2つほどある。聞く?」

「......見返りは?」

「ちょっと2人で小旅行。当然宿泊」

「それほどまでの情報なのか?」

「あなたにとってはそうかもね」


悩む。

ここまで大胆に誘ってくるとなると、よほどの情報となる。

気になる。

だが、気軽に聞けるほどの交換条件ではない。ハッキリ言えば貞操の危機ではある。

まぁ、それ自体は別に気にはしないが、遥か高みで見降ろされ、手の平で踊らされている気がして嫌なのだ。

気分を害すると断ってもいいのだが......なぜか異様に気になる。

直感が聞いておくべきだと言っている。


「いいだろう。だが、忘れるな。ただの旅行だ。泊まったとしても同室でないならいいだろう」

「んー、了解。それぐらいが妥当かな」


コホン、と軽く咳払いをする。


「1つ目。一切の手間なく安全に魔族領に行けるかも」

「慨嘆の大森林ルートではなくてか?」

「そう、勇者の力を使う。魔族領へ行くための足掛かりを見つけた」


それだけか? それなら聞いて損した感じだ。

アイツらに手を借りなくても行けるし、多少時間が掛かってもその間にやるべきことは沢山ある。

別に非効率ではない。

もう一つも同じ程度ならガッカリだ。


「これだけなら別に報告はしなかった。気になるようだからオマケみたいな感じ」


心を読まれたかのような返答にも最近慣れてしまった。


「そうか、それで? 本命はなんだ?」

「あなたの探し人。シヒロって人を獣人の国で見つけた」


それを聞いて、空気が張り詰める。

アベルは驚いたような、怒っているような、笑っているような、そんな顔をしていた


「すぐに案内しろ。そのまま小旅行だ」



◇◆◇執務室



バグナゥは胸倉を掴まれていた。

件の人間に誰の許可も無く会いに行ったのだ。


「テメェも馬鹿だったみたいだな。いや、テメェが馬鹿だから部下も馬鹿だったんだな!!」

「随分と剣呑だな。少し挨拶に行っただけだよ。この国のために骨を折ってもらったみたいだからね」

「そういう割には殺気を込めた挨拶だったな。どれだけ寿命を縮めたと思ってる!!」

「悪かったと思っている。手土産を持って普通に挨拶しに行こうと思ってたんだが、他の人が随分と殺気立っていたみたいでね。少し当てられた」

「嘘つけ!!」


奥歯が割れんほどに噛みしめる。


「あながち嘘というわけでも無いさ。周りが殺気立っていてこれ幸いだったと思ったことは否定しないけどね。著名な方たちや君がご執心の彼はどういった人物なのか肌で感じたかったんだよ。見事に振られたけどね」

「それをするなと言ってたんだ!! 無事で何もなかったのは運が良かっただけだ!」

「それは良く分かっている。本当に.......もう同じような事も似たようなこともしない」


あまりに素直な対応に肩透かしをくらったような印象を受けた。

前線を退いたとはいえ、好戦的なバグナゥが手を出さないといった。

こういった状況で嘘はつかない。つく前に実行する奴だ。

掴んでいた胸倉を離す。


「それに約束は守った。見るだけに止めた」

「結果論だろ! ......それで、直に見てどう見えた?」

「最初は何も。ただの普通の人に見えた。修羅場や死線は何度か超えてるのだろうが、よくこんなところまで来る事が出来たな、と思える程度の実力だとね」

「それで?」

「......」


あの時、目の前で酒を飲んでいる人間を注意深く観察していた。

前回とは違い、息遣いさえ聞こえそうなほど近い距離での観察。

なるほど、アクゥンが熱心に忠告や警告をするはずだ。無意識ではあるが、体が近づくことを嫌がっていた。

だが、ここで引くのはつまらない。

まだ何も分かっていない。もっと深く簡単に知れる方法がある。どうすればいいのか。

手を出して見ればいい。

さっそく実行に移そうとするが、体が拒否して立ち上がれなかった。

ダメージも毒も受けていないのに、意に反して体が動かない。

初めての経験だった。

そしてその理由が遅れながらに気が付いた。

本人を目の当たりにしているのに、暗幕が下りているように何も見えなくなる感覚。

その向こうには、理解を超えた何かが蠢きこちらを凝視している。

その暗幕に手を突っ込めばどうなるかなんて.......想像に難くない。


ゾッとした。


充分だ。

好奇心で進めるのはここまでだ。

手土産の酒を進呈し、可能な限り気配を消しながら尻尾を巻いて逃げたのだ。


「......?」


何時まで経っても答えないバグナゥに首を傾げる。

別にその事を彼女に伝える必要はないだろう。


「まぁ、とにかくこっちは手を出さないよ。安心してくれ。それよりもご機嫌を取った方が良い。論功行賞はいい物を上げた方が良いな」


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