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89話

◇◆◇淫蝕魔王


仄暗い部屋の中、ボンヤリと明かりを灯す照明器が何もない空間に影を作る。

その影から魔王が現れる。

淫蝕魔王は己が領地に戻ってきた。


「うふふ」


笑みが零れる。

必死に口元を抑えるが漏れて出てしまう。

先程の出来事を思い出しただけで笑みを堪える事が出来ない。

体を小さく震わせ、肌は粟立つ。


あぁ、素晴らしい。


今回の出会いはこれの一言に尽きる。

フラフラとよろめきながら壁に背を付ける。


「やられたわ」


人を見る目はある方だと思っていたが、ここまで節穴だと思わされたのは初めてだ。

死の偽装。それは生き延びるための弱者の最終手段。

それを強者が使うべき手段ではない。

それに倒れて魔力が無いという状態であり、手慣れたかのような演技である。

死んだと思うのは仕方がないだろう。

だが、そう狼狽してしまえば余計に自分の目が節穴である事が強調されてしまう。


「ふふ、素敵。貴方が一枚上手だった」


思考の盲点を突かれた形となった。

結果としては、運よく擬態に気が付け最悪は防げたが、もし気が付けなかった場合は果たしてどうなったいたのだろうか。

そっと胸に手を置く。

どれほど失っていただろうか。それともこの命にまで届いていただろうか。


また笑いが込み上げてくる。


あの目だ。

あらゆる感情を混ぜ合わせて煮詰めたかのような黒い眼差し。

貫くように鋭いのに、粘りつくように絡みついて、苛烈に心胆を凍らさせた。

目を逸らす事も身じろぐことも許されず、鬼人すら凌駕しそうな力で壁に縫い付けられる。

魔法やスキル、魔王の使う権能すら女々しいと言わんばかりの膂力。

畏怖以上に感動すら覚えてしまった。


胸に置いた手をゆっくりと下ろす。

舌を這わせるように、そっと下腹部に触れる。そこは彼の拳が当たっていた場所。

理解を超える何かが起ころうとしていた。何をしても抗えない......そんな何かが。

邪魔が入らなければどうなっていたのだろうか。

死ぬことすら許されない何かが起きていたような気さえする。


「あぁ、こわい」


体の奥から震えが湧き出て来る。

背筋が甘く痺れる。

粟立つ肌が朱に染まる。

期待と恐怖で胸が焦がれる。

焦らされているような感覚に脳が焼ききれてしまいそうだ。

漏れ出る吐息が熱く震える。


「貴方たちが惹かれるのも無理ないわ」


舐めてみて分かった。

彼の体に染みついた他者の感情。

その中でも色濃く残ってる感情があった。

悔恨と愛念。


先のは楔の感情。

後者に比べれば薄くとても古い。

まるで死んだ楔の一部を身に着けていたかのような感じだった。

真偽は不明で、証拠もないが彼が楔を倒したことは実力と状況から見て間違いないだろう。

だが、重要なのは後者である。人数にして2人。

どちらも濃く残っているうえに、どちらの人物も心当たりがある。

泡爆魔王と人属領に入る前に出会った赤髪の女の子。

どちらも彼に対して強い執心が絡みついている。

涙と涎の味がした。


「意外ねぇ」


泡爆魔王が生きていたこともそうだが、あの奔放で戦争狂の泡爆魔王が欲しい者を手に入れられていない。これ程の執心を見せているのに手に入れられず、かといって壊したわけでも無い。

それほどの人材と言う事だろう。

また、笑いが込み上げる。

そして、私からの誘惑を振り切った赤髪の女の子。あの子が言っていた溺れてもいいと言っていた人は同じく彼であろう。白い炎を扱う危ない人間。

そして先程の獣人の心変わりのことを考えれば、種族すら違う三者三様が身を焦がすほど、彼に惹かれている。


「あぁ.....」


艶めかしく唇を舐める。

彼女ら2人は、これは私のモノだと唾をつけていた。

そしてまた一人彼に魅せられている。

手強い敵の多い事。

だが、出遅れたわけではない。彼はまだ誰のものにもなっていない。

つまり誰にもがチャンスがあるのだ。


「見つけたからには逃がさない」


求める相手は非常に手強い。それを狙っている人物達もまた強敵だ。

だが、その強敵を押しのけて手に入れた時の喜びは計り知れないだろう。

そして、彼女らが悔しさで顔を歪ませるその傍らで、彼に抱かれている時の気分はどれほどであろうか。

想像しただけで、ヘソ下あたりが疼いてしまう。

いっそ全員抱いてしまいたい。

怒りに任せて振るう暴力を全身で受け止めたい。

涙で歪む顔を見ながら蹂躙したい。

身悶えする程の情欲が全身から弾けて広がっていく。それに比例するように魔王から痺れるような甘い香りが漂った。

その香りに誘われて配下達が近寄ってくる。

誘蛾灯に誘われる蛾のように。

食虫植物の甘い香りに群がる虫のように。

一切の性別の区別なく魔王の元へと集まってくる。

その後にどうなってしまうか理解していても抗う事は出来ない。


その光景を魔王は艶やかな目で見つめる。

伏し目がちに配下を値踏みする。


今夜は眠れそうにない。

いや、暫く眠りたくない。

少なくとも、この猛りが収まるまでは。


幾日後、淫蝕魔王の配下は2割ほど減ってしまう。



◇◆◇アーシェ=カーメィナ



こんにちは。アーシェです。

日が差さなく気分が滅入りそうな洞窟の中ですが、今回は嬉しい事が起きたので気になりません。

なんと、シヒロ様に仕事をいただきました。

そう! 任されたのです。

それも全幅の信頼をよせての重要任務。

何がなんでも期待に応えなくてはなりません。

例え世界が滅びようともこの任務、完璧に遂行いたします。


最近お気に入りの対戦車ライフルをバットの様に構えて微かな気配も見逃さないように気を張っていると、シヒロ様が向かった方角からぞろぞろと気絶者が運ばれてきます。

あぁ、不甲斐ない。

やはり獣人はクソのようです。

いえ、クソは肥料になるのでクソ未満です。

いっそこのまま地面にぶちまけて、肥料として昇華させてやろうかという気持ちをぐっと胸に押し込んで、見張りを続けます。

こいつらのせいで見落としがあっては目も当てられません。

しかし、見落としさない範囲でなら構わないでしょう。

シヒロ様を馬鹿にしてたやつの脇腹を全力で蹴り上げる。


ふぅ、スッキリです。


そしてどれぐらいの時間が経ったでしょうか。

とうとうほとんどの獣人が戻ってきてしまいました。

不甲斐なさを通り越し、憐れむことすらできなくなりました。

ドン引きです。

まぁ、期待はしてないので予想通りの結果とも言えます。

さてさて、私の方としましてはこのまま終末まで待つ事は出来ますが、如何せんとある疑問が脳裏に浮かんでは消えて、また浮かび上がって消えません。

このまま無視する事は出来そうにありません。

その疑問とは、言われた事だけをやればいいのだろうか。という事。


ただ任されたことを実行する。それは素晴らしい事ではあるのでしょう。

しかし、もう少し上の信頼を得たいと望むのなら、何かしらの+αが必要となるはずです。

余計な事をして信頼を失墜させるのは論外ですが、役に立てると思われる事を実行できればさらに信頼を勝ち得るはず......えぇ、そうです。それは建前です。

本当のことを言うと、褒められたいです。

よくやったと褒められたい。

偉いと言われたい。

頭を撫でてくれるなら最高です。


しかし、考えても考えても喜んでくれそうな天啓は降りてきません。

一番手っ取り早いのは戦力アップですが、それは非常に難しい。

私は基本的な魔法が一切使えないのです。

シヒロ様の許可を得て監視のもと試して見ましたが発動しませんでした。

出来る事と言えば、銃器作成の魔法だけ。単純な鉄の棒すらできません。

分かりやすく言うなら地面があるならどこでも作れる銃器専用の3Dプリンター。

個人的に弾や弾薬がお手製で作れれば多少は期待できるのですが、この世界では作成は不可能。


トントンと眉間を叩く。

私の前世となる人の知識を呼び起こす。


この世界で火薬は作れない。

正確に言えば似たような物は作れるが、本来の効能を望めない。

黒色火薬も木くず程度によく燃える程度であり、ニトログリセリンや精製したガソリンも固形燃料程度でしかない。手間の割には効果は薄く、魔法の劣化であり下位互換である。

原因は魔法の元である魔素。

あらゆる物理学や化学が魔素によって阻害されている。

魔法を介さない場合は、タービンは地球程エネルギーを生み出さず、航空機も揚力が減衰するので飛ぶ事が出来ない。

ある一定速度に達すると魔素が空気抵抗以上に強くなる。

対策は魔力でのコーティングや精製。

同じ火でも魔力を使った火の方が熱量が強く効率もいい。

魔力は生きているものでしか生成できない。

魔力を持っている者ほど魔素の影響を受けず、少ないものほどそれを顕著に受けやすい。

少ない者の影響として基礎的な膂力の低下。

陸地であっても水中にいるかのような動きづらさ。

呼吸が浅い。

食べ物を食べるのにすら苦労するなどの......。


「余計な知識が出てきました」


プルプルと唇を震わせて一呼吸置く。

要するに鈍器以下のものを大量生産するしか能がないと言う事である。

鉄の棒より脆い鈍器。

戦力増強と言うのは夢のまた夢。

そんな事を考えていると、劣化鈍器1本では不安になってきたので、一応予備としてもう2~3本対戦車ライフルを作成する。


「ん?」


変な感じがした。

今まで気にしてこなかった作成に何か違和感があった。

巧妙に隠された何かに、薄っすらと気が付いたかのような感覚に近い。

今まで気が付かなかった別の道があるような。

何かの指標が私を導いているような気がする。

そこに意識して魔力を流し込んでみる。


羽織るクマの毛皮が微かに逆立ち色が濃くなる。


ボコボコと大量の小銃と大砲が地面から生える。

違う。違う?

頭に?を浮かべながら魔力を注いでいると、手の平から何かが零れ落ちた。そして、頭の中のチャンネルが切り替わったかのように感じた。

零れ落ちたものを拾ってみる。


「あ、氷だ」


◇◆◇


魔王が去って、ようやく一段落。

取り敢えず、保険として持っていた裁縫道具で白狼である指揮官の傷口を縫い合わせて指揮官の部下たちに丸投げした。

魔法と魔道具による治療で傷痕残らず完治するそうだ。

それにしても、あれだけ魔王に弄られて失血もしたにも関わらず意識を失わないとは、打たれ強い指揮官である。いや、だからこそ獣人の上に立てられるのかもしれない。

部下達に引き渡した時には、指揮官も部下も対応が優しくなっていた。少しは見直してもらえたのかもしれない。こちらを見る目に険が取れたような気がする。

最終的には指揮官も名残惜しいような目でこちらを見ていた。

軍の人達は一旦前線から後退して、態勢を整え直すようだ。


その前に、奥に行き倒れた人が居る事を伝え、引き取ってもらえるように交渉する。

文句を言われるかと思ったが、二つ返事で了承してくれた。

なので、来た道を引き返し魔王が手を掛けたであろう半裸と全裸の男女を回収する。

よく見れば、全身が粘液塗れであった。触りたくない状態だったが、時間をかけた所で何かが変わるわけも無いので、心を無にして取り掛かる。

そこら辺に脱ぎ散らかした服を集めて結んで紐状にして、全員を一塊にして縛って運んだ。

生々しい匂いで鼻がおかしくなりそうだったが、何とか運ぶ事が出来た。

指揮官の部下たちもこれには顔を顰めるが、文句を言われることなく引き渡す事が出来た。

所属不明の人物だったが、臨時ボーナスにプラスされるだろう。

そして、何やらずっと言いたげだったアーシェの話に耳を傾ける。

任された仕事を全うしたことを褒めて欲しいようだ。

元気一杯に報告をするアーシェを適当に聞き流して、褒めておく。


偉いぞ。


それに気を良くしたのか、止まらないアーシェの話を聞き終えるころには出口が無くなっていた。

謎の切れ目の線すら見えず完全に閉ざされていた。

人員はすべて向こうに行ってしまい、アーシェとハクシが残っているだけである。

要約すると、置き去りにされた。


「ハクシ、おーい。もう一回開けてくれ」


頼んでみても大きな口を開けて欠伸をしている。

ダメそうである。遭難してしまった。

......まぁ、何とかなるだろう。


「あの、シヒロ様。怪我は大丈夫ですか?」

「あぁ。んー、ちょっと不味いかも」


謎のかまいたち現象で切られた箇所から血が止まらない。

普通ならとっくに止まってもおかしくないが、ヒルの様な抗凝固作用でもあるのか、強めに圧迫した程度では止血にはならなかったようだ。

本格的に縫い合わせて止血をしないと、今度はこちらが失血死の恐れがある。

一先ず、こちらも裁縫道具で縫い合わせようとするが、針が乾麺の素麺のように脆く肌に刺さらなかった。この調子だと糸もすぐに切れてしまいそうである。

縫合という手段が使えなくなってしまった。

焼き潰しという最終手段があるが痛い上に高熱が出るので避けたい。


少し悩み、次善策として別の方法での縫合に取り掛かる。

必要な道具は小太刀と髪だ。

父さんから貰った小太刀を使って傷口付近に小さな穴を開けて、髪で無理矢理傷口を縛る。

少し乱暴だが、焼き潰すよりましである。

早速取り掛かる。

相変わらず真っ黒な短刀に怯みながらも慎重に扱う。

少しでも手を滑らせれば腕が無くなる可能性がある。

心を無にして慎重に取り掛かる.......がハクシに邪魔される。

尻尾を使って頬を叩いてくる。


「邪魔しないでくれるか?」


ハクシに意識を向けると、まだ大口を開けて欠伸をしていた。

いや、違う。

急に喉が膨張したかと思うと、口から何かを吐き出した。

それは中身が白い粉が詰まった瓶であり、どこかで見た事があるものだった。


「うわぁ」


白墨家 万能傷薬の元である。

中身の粉を水に溶けば軟膏となる。

それを傷に塗り込めば、どんな傷でも効果があり、程度によるが傷痕を残すことなく素早く完治できる素晴らしい薬。

ただ、すごく痛い。塗った所を切り落としたいと思うほど痛い。

それこそ焼き潰した方がましだと思えるほど痛い。

でも、効能はバッチリである。


ハクシは褒めて欲しそうにこちらを見ている。

精一杯笑顔を作って褒めておく。


偉いぞ。


あるのなら使わない手はない。

今回は手元に水がないので、代用として自分の血を使う。

傷口から血を吸いだし、瓶内の粉を一つまみ口に入れる。

途中、アーシェが言いたそうにしていたが、覚悟と集中が必要なので後で聞くことにした。

口をゆすぐように混ぜると少しずつ粘度が増して軟膏となる。

すべて口から吐き出して、大きく深呼吸を繰り返す。

布を口にねじ込み、軟膏を傷口に塗る覚悟を決めた。


よし、いくぞ。


一気にすべての傷口へと塗りたくる。

襲い来る痛みに身を構える。


......あれ? そんなに痛くな.......


視界に幕が下りた。

脳が痛みを感じる前に意識を手放すことを選んだ。


【白墨流 業術免許皆伝】

『史宏の体質について』のページ項目内抜粋。

解読済み。


お爺ちゃんや母さんがお前の胸骨の近くにある、とある装置を壊すだろう。※装置の詳しい内容についてはまとめに記載。

そうすると、体調が著しく悪くなったり逆に体が動きやすくなる場合があるが、それはあまり気にしなくていい。普段通り過ごしていれば問題はない。

ただ、激しく感情を高ぶったり、暴飲暴食をしたり、本来の使い方で我が家の傷薬を使わない事。

使ったとしても水ではなく血で作らない事。

上記に気を付ければ少し気になる程度ですぐに具合は良くなる。


もし、上記の事が守れなかったとしても正しい対処をすればこれも問題はない。それは後述に記載しているからよく読むこと。


皆素直じゃないから上手く伝わってないかもしれないが、家族全員お前の事を大事に思っているし愛して......以下略。

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