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88話

◇◆◇



「まずはどれほどなのか、測らせてもらうわね」


ゆっくりと距離を詰める。

まるで散歩でもするかのように。

ゆっくり。

ゆっくりと。

そして互いに手を伸ばせば届く距離に近づいた時、魔王の体ごと貫いて触手が攻撃してきた。

己自身を目隠しとした奇襲。

それを斜め後ろへ一歩下がり、体を斜に構えて躱す。

貫かれた魔王は触手ごと大きくゆがみ煙のように消え去った。


今度は何処へ。


視線を彷徨わせて確認するが、目で確認した限りでは見つけられない。

だが、近くにいる事は感じられる。

目に見えず、音はしないが、変な空気の流れを肌で感じる。

収納袋を手に取り、前方へ水を散布する。

跳ね返りなどで確かめてみるが、やはり目視では見つけられない。

その時、真後ろで微かな呼吸音が聞こえた。


振り返ると同時に、腹に攻撃を受ける。

肺の空気をすべて吐き出し、大きく吹き飛ばされる。

何度も地面を転がり、捕らえられた白狼に衝突しても勢いは止まらず、互いを巻き込むようにしてようやく止まった。


「あら、軽めに押しただけなのに予想以上に飛んだわね」


何処か意外そうな声をしながら、男の元へと近づいていく。

そして男の惨状を確認すると、顔がみるみると曇っていった。

男は大量の血を吐いており、致命傷であることは容易に確認できた。

呼吸は止まりかけており、体は細かく痙攣している。

放って置けば死ぬ事は明らかであった。


魔王の目から光が抜け落ちる。

先程までの期待が一気に霧散し、落胆した。

本物だと思っていたものが偽物だった。

美味しそうな果物を切ってみれば腐っていた。

そんな心境であり、興味を失なっているのは明らかであった。


「......そう」


そう呟くと一瞥もせずにその場を後にする。

転がる石程度の関心すら残っていない。

連れて帰るのはあの獣人だけにしよう、そう考え白狼の元へと歩を進める。

すると今度は別の意味で予想を覆される。

魔法の一部が破けている。

包むように縛り上げ、身動きを封じる魔法が破けており白狼の白い体毛がその隙間から見えていた。


その光景に魔王は驚く。


この魔法は本来、外からの攻撃に身を守るための魔法であり、内側からの攻撃には弱いとはいえ、獣人の力でどうにかなる様なものではない。鬼人ですら身動きを封じれる魔法なのだ。

獣人としては破格で優秀な彼女であっても、所詮は獣人。

傷つける事など到底ありえないのだ。


何かのスキル?

勇者の血縁?


湧き上がる疑問をさらに別の事象が上塗りをする。


「私は......ホノロゥ。父より受け継いだ......この名と誇りにかけて......負けるわけにはいかない」


消え入るよう様な小さな声でそう呟いた。

この状況で話せるほどに正気が戻っている。

先程までは必死に抗いながらも情けない表情をしていたのに、今は力強くこちらを敵として睨んでいる。殺意を込めてこちらを見ている。


「ごめんなさい。少し、大人しくしててね」


影から黒い触手が生える。

そしてそれは、白狼を絡めとるように縛り上げ、強く強く締めあげる。

苦悶の表情を浮かべ、歯を食いしばり必死に耐える。

その表情を眺めながら白狼の頬を舐める。


特別なスキルを持っている様子はない。

もっと追い込まないと発動しないスキル?


もう少し様子を見るために、優しく死なない程度に力を込める。

そこには、死なないように気を使われるほど獣人と魔王との力量差があった。

しかし、どんなに力の差を見せつけて理解させても、その目が陰る事はなかった。


「やっぱり変ね」


獣人は酷くシンプルゆえにわかりやすい。

自分より弱いものを従わせることに喜びを感じ、自分よりも強い者に従う事に喜びを感じる。

多少の事は理性で抑え込む事が出来るが、所詮はその程度。

だからこそ彼女は先程まで必死に本能に抗っていた。

なのに今は、理性と本能が一致している。


つまり、私よりも強い人物に遭遇したと言う事?


この短時間で、この環境下で。

ありえない。

この場に居るのは2人だけ。何かしらの方法で急遽力が増したと考える方が自然である。

さらに強く締めあげる。

肉は悲鳴を上げ、骨が限界まで軋む。


「さぁ、頑張って力を示して? じゃないとネジ切れちゃうわよ」


そう言い脅すが、変化はない。

やっぱり彼女の力ではない? では魔法を破った原因は? ......いや、もう一の可能性があるにはある。

細く頼りなく、妄想に近い。たらればの可能性。

死に体となっている男の方を見る。


もしあの時、攻撃によって吹き飛んだのではなく、自ら飛んで威力を殺したとしたのなら。

だとするなら、どうして反撃や応戦をしない?

魔王を前にして怯えてやり過ごそうと死んだふり?

そうだとしても、あの吐血の量が引っ掛かる。血糊と言う可能性もあるが、男の方から鮮烈な血の匂いが漂っているので、その可能性はない。

自傷によっての血の偽装と言う可能性は?

それにしては量が多すぎる。あれでは、ただの致命傷で死にかけている事に変わりはない。


そうではないとするなら、あの血は何処から?


その疑問がある一筋の答えとなって紡がれる。

急いで触手を操作し、裂けたであろう場所を確認する。


「まさか」


力づくで毟り取ったかのような痕跡。

そして、獣人からは深く抉り取られたかのような大きな傷跡。

それはまるで食い千切られたかのように歯形が付いている。


慌てて男の方へと振り向いた。

しかし、目に映るのは男の姿ではなく、こちらの目を抉ろうとする2本の指だった。


◇◆◇


倒れ伏しているさなか、魔王の興味が急速に薄れていくのを感じとり、心の中で喜んでいた。

折角、余計なしがらみが無くなったというのに、新たにしがらみを増やしたくない。

何とか興味を無くしてもらえないかと画策しての死んだフリだったが上手くいった。

念押しで止めを刺すような相手でもなかったのも運が良かった。

もし、上手くいかなかった場合は情けないぐらいに命乞いをするつもりだったが杞憂で済んだ。

だが、よくよく考えてみれば上手くいって当然である。

母さんですら欺いた事がある1級品の死んだふりだ。

よりリアリティを出すために本物の血を利用したのだから、魔王が騙されるのも致し方ないだろう。

血の提供者である指揮官には悪い事をしてしまったが、まぁいい。どうせ、もう会う事は無い。

このままジッとして、魔王が獣人と共に帰り支度を始めた瞬間に胸元の装飾品を奪って全力ダッシュ。

逃げ切れる自信はある。

後はその瞬間が来るまで待つだけである。


タイミングを計るために聴覚へ全神経を集中させていると、羽虫のように小さな声が耳に届いた。


「私は......ホノロゥ。父より受け継いだ......この名と誇りにかけて......負けるわけにはいかない」


耳を疑うような言葉が聞こえてきた。


......っえ? なんていった? 父?

え、ホノロゥさんが父だから......え、その娘?


突如、思い出されるアズガルド学園での記憶。

すっかり忘れていたが、私の娘を頼むだか、任せるだとか言っていたような気がする。


どうする......どうする。


突然の事で驚き、対処に困惑する。

ホノロゥさんとの約束を守るべきか......いや、今は他人を庇うほど暇ではないから、このまま死んだふりをするのが普通だ。それによく考えれてみれば、ただの気のせいという可能性も......あぁ、いや。それはないな。

そんな自問自答の最中にも白狼はもがき苦しんでいる。


ただの軍人なら見捨てれたのに......。


筋肉と骨が軋む音が聞こえてくる。

時間は有限。

悩んでいても、迫りくる結末は待ってくれない。


あぁ、もう。クソが! 死ぬならこっちが知らないところで死んでくれ!


心で悪態をつき、起き上がると同時に魔王へと一直線に近づく。

その気配を察知したのか、魔王はこちらに振り向いた。

ならばそのまま、その綺麗な目を指で抉りに行く。

大層驚いた表情をしていたが、予想通り魔王はその姿を煙のように揺らめかせ消えてしまう。


狙い通り。


魔王が消えると、先程と同じように縛り上げていた触手も消え去った。

これは事前にわかっていたこと。

しかし、予想外だったのは白狼を包んでいた魔法も消えてしまったことだ。

よほど動揺したのだろうか、魔法が保てなくなるほど驚いたようだ。

これは良くない。

振り返り際に、視界の端で白狼の状態を確かめる。

強く圧迫されていたことで抑えられていた出血が、その効果が無くなり傷口から溢れ出していた。

あの量は止血をしないと出血死の恐れがある。

しかし背負って逃げるのにはデカすぎる。

それなら目の前の魔王をなんとかした方が良い。

予定通りに行こう。

振り返ると同時に前方に向けて地面を蹴り上げる。


予想が正しければ見えるはず。


石と土が舞い上がり、透明な何かを浮き彫りにさせた。


見えた。


透明な何かを捕まえることに成功した。


どうやら予想した通りの能力でよさそうだ。

ここまで何度か確認した魔王の能力。

それはラグのあるテレポートだと解釈している。そして出現先の移動条件は視界内に入っている事。

どういった原理かは不明ではあるが、それに近しいものだと判断してよさそうだ。

使うまでの順序は、まずは移動先を視認している事。そして移動。

手順にすれば2動作で済むが、経過に少し癖がある。

移動する際は一瞬で移動するが、その際に立体映像の様なものがその場に残り、立体映像が消えた後に出現場所に姿が現れる。イメージするなら忍者の分身の術みたいなものだろうか。

仮説の裏付けのために触手を至近距離で躱してみたが、風圧の様なものが感じられず、また魔王が不意を突いての一撃は、当たる直前は半透明のように見えた。

だが、ここまでやっても確実とは言えない。

裏付けの結果も、向こうの傲慢からくる余裕の表れである可能性もある。

他にも何かある、と思っていいだろう。だが、何かされる前に動きを止めてしまえばいい。


掴んだまま、力づくで壁際まで押し込んだ。

突然の事でいまだに思考がおぼつかないのか、魔王は抵抗らしい抵抗をしなかった。

そして、透明だった体は色が付き始め、捕らえられた魔王の顔がよく見えた。


絡めとるような視線。肉食獣のように喰いつかんばかりの艶めかしい表情でこちらを覗き見る。

ゾッとする。

自分の男としての部分を浮き彫りにされるような感じたことがない違和感。

気味の悪さに手を放してしまいそうになる。

だが、ここで放すわけにはいかない。

右手を握り込み力を籠める。


殺しはしない。

相手は魔王。

アーシェに話したように殺す事は想像を超えるデメリットを生む。地位が高いものであるなら尚更だ。

ならばどうすればいいか、簡単だ教えればいい。

触れれば痛い目を見る厄介な毒虫であると。


記憶にある負の感情を引き出して、殺意を持って魔王に叩き付ける。

軽い気持ちで触れる事は出来ないと、心に刻み込ませる。

願わくば、心が折れるほどの楔となってくれれば。

そして毒の強さを教え込む。

右拳を魔王の腹に当てる。

そして不動で魔王を......。


その瞬間。魔王に向かって四方八方から斬撃の様なものが飛んできた。

それは見えず、腕を切り裂かれてようやくわかった。

魔王がズタズタに切り裂かれ、巻き添えを喰らう形で斬撃が体を舐める。

服を切り裂き、皮膚を切り裂き血があふれ出す。

身をよじってその場を大きく退く。

魔王は散切りのミンチになるまで刻まれている。


運が良いのか、辛うじて軽傷ですんだ。

いや、致命傷に至る斬撃もあったが、我が家特性の下着によって防がれていた。

もし普通の下着だったら尻が四つに裂け、股間から真っ二つに割れていた可能性がある。

流石と言っていいのだろう。素材にまでこだわり、独自の製法で作り上げた父さんオリジナルの下着である。絹より滑らかで、羽より軽い。

詳細不明の下着であるはあるが実に頼もしい。実際、傷どころか綻びさえない。

しかし他の服はズタボロだ。パンクなファッションになってしまった。

折角買い揃えたが、動きの阻害になるので破り捨てる。


ん?


ネットリと手に謎の粘液が付着している。

魔王を掴んでいた場所なので血か何かと思ったが、独特な生臭い匂いがする。

破った服で手を拭っていると、ローブ事ズタズタに切り裂かれミンチのようになっていた魔王が、何事も無かったかのようにミンチの山のそばに現れた。

そして、ミンチの山は手に付着した粘液と同じモノに変わっていた。


「......分かりやすい警告......ね。お気に入りだったのに」


さも当然のように生きている。

そして、何に対する警告なのか分からないが、別の第3者の示唆が伺える。

謎の斬撃は魔王の悪あがきではなく、その第3者の仕業でありそうだ。

それが証拠に、突然の斬撃に魔王自身が驚いた表情をしていた。


結果は何であれ、脅しとしては中途半端になってしまった。

それに、魔王を見ても恐怖や動揺が見て取れない。効果は薄かったようだ。

魔王の現状を探るためにも、少し話し掛けて様子を伺う。


「随分と素敵な服ですね」

「ん? そうね。お気に入りよ」


聞いといてなんだが、魔王はイカれた服装をしている。

露出狂の変態なのだろうか。ローブの下に来ている服は、服であることを疑問に感じるほどの服である。

三角形の布切れに宝石をあしらったものが、体のあちこちに張り付いている。

いや、引っ付いている。少し動くだけでフリルのように動き、色々と見えてしまいそうな格好をしている。

だが、本人の容姿と相まって下品に見えないのはデザイナーの腕なのだろう。

これを作った奴は、服といえる限界点でも探っていたのだろうか。


傷口に爪を立て、自分に活を入れる。


どうも思考が変な方向へといってしまう。

注意すべきはそこではない事は理解しているが、思考がそれてしまう。

これは魔王の影響であるに違いない。

とうとう、自覚症状が出るほど影響が出始めていると考えていいだろう。

早めに切り上げる。

何としても不動を当てて逃げなければ。


「はぁ、蜜月を邪魔されたのは癪だけど、貴方を知れたことだけでも収穫と考えましょう」


手を合わせ、指先を付けたまま大きな輪っかをつくる。

そして何も無い輪っかの中心を艶めかしく舌で舐めるように動かす。

すると、生暖かくて柔らかい粘液状の物が腹を這いずる感触に襲われる。


「な!?」


驚きと共に一歩後退する。


ぬるりとした粘液が腹に付着している。

変態が。

文字通り舐めた真似をされたのだ。


「っふふ。っはは。くふふふふ」


何やら笑っているようだ。

冷酷に残酷に鮮烈に笑う。


「みつけた。みぃつけた。貴方がそうなのね。楔を抜いた人ね」

「何のことでしょうか」


本当に何のことか分からない


「へぇ、そう。貴方からは白い炎と泡沫の味がするわ。愛されているのね。先に唾を付けられていたなんて嫉妬しちゃう」


本当に何を言ってるんだ?


「今日はここまでにするわ。また会いましょう。あ、名前を聞いてもいい? それ、偽名でしょ?」


最後まで何を言っているのか分からないが、名前を聞かれている事だけは分かった。

どうする。気に入られた。しがらみが増える。

必死に回避する方法を模索し、頭を回転させる。


「では、改めまして、お会いできて光栄です。貴方が会いたがっていた勇者です。名前は次に会った時にでも」


勇者に押し付ける事にした。

それを聞くと少し微笑み、影に溶けるように消えていった。

どことなく匂いは薄らぎ、空気が緩和している様に感じる。

一応、何かあっては困るので警戒は続けておくが、最低限の事は出来た。


「悪いね」


この場に居ない魔王に向かって謝罪する。

その手には、ルテルが望む装飾品が握られていた。

斬撃から逃げるついでに失敬をした。

無駄に傷を負った甲斐はあっただろう。


「それにしても、この後どうしようか」


半裸の人達と出血が止まらない白狼。


「死なれては困るから、指揮官から助けるか」


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