85話
◇◆◇ 実地調査解析官 某ダンジョン換気口前
「おう」
「よう」
ぶっきらぼうな挨拶を交わす。
2人は業種こそ違えど、仕事で何度か顔を合わせた事がある専門家である。
「お前が呼ばれたのか?」
「まぁな。こんだけの案件だ。上の連中は是が非でも突き止めたいんだろ。不満か?」
「っは。そりゃそうだろう。何が悲しくておっさん2人で仕事しなくちゃいけねぇ。華が無いんだよ」
「うっせぇ。そんなに華が欲しけりゃ色街の女でも連れてきたらよかったじゃねぇか」
「仕事になるか」
「確かに、さっさと終わらせて色街に駆けだすとするか」
「奢りか?」
「アホ言え、行きたいならテメェの分は自分で出せ」
調査用の魔道具一式を地面に拡げ準備に取り掛かる。
「んで、周辺はどんな感じだ?」
「周辺区間は全部封鎖。目か鼻が良い奴は哨戒行動に移ってる」
「頼もしい限りだな。それにしてもだ。たった2人だけで調査も解析もしないといけないのは骨が折れるぜ」
「魔力解析もするからな。混ざらないように人数が少ないに越したことがねぇんだよ。だから呼ばれたんだろ」
「優秀過ぎるのも困りもんだな」
「自分で言うな」
慣れた手つきで魔道具を組み立てていく。
「それで? 直近の報告じゃコレが何なのか分からないままだったけど、これが何なのか位の推測は立ったのか?」
「ん? あぁ。一応な。なんでも換気口らしいぞ」
「はぁ!? 嘘だろ。国庫並みのデカさで、俺のベッド並みに分厚いこれが換気口? 冗談だろ」
「同じこと言ったよ。でも本当らしい」
「何考えればこれを換気口として使おうと思ったのか理解に苦しむね」
「同感だ。最初見た時は形状から蓋か何かかと思ったよ」
「はっははは。だとしたら何を出さないように蓋をしてたんだろうな」
「さぁな。それを考えるのは俺らの仕事じゃないし、考えるだけ無駄だ」
「確かにな。見れば分かるか」
国庫を連想させるほどの大きさ。
人の身長以上の分厚い金属の塊が下部の方から縦に割られていた。
「っへ。ゾッとするぜ。それにしてもよくこの場所を見つけられたな。案内されなけりゃこんなところにこんなものがあるなんて、気付きさえしなかったぞ」
「それが割れたせいだ。完璧に隠されていたのに微妙に揺らいじまったんだと。それを偶然見つけたらしい」
「なるほどなっと」
組みあがった魔道具を装備し、調査と解析を進める。
そこからの会話はほとんどなく、調査と解析が終わるまで黙々と作業が続いた。
「終わったぜ。あ~しんど」
「それで」
「ひどく見えずらかったが、こいつの構造は5層からなる積層構造。そのどれもが複合金属で出来ている特別製だ。特に内側がヤバい。見ただけじゃわからないように、魔石を起点に極薄の紋様が刻まれてる。こりゃあ一種の芸術品だぜ」
「随分と豪華な換気口だな」
「あと、冗談で言ってた蓋ってのは言いえて妙かもな。一度閉まっちまうと二度と開かないような嵌め殺しになってる。とてもじゃないが換気口とは思えねぇよ」
「こっちも調査結果が出た。これ以上は何度解析しても無駄だな」
「魔力調査の方か? 結果は?」
「測定不能だ」
「そりゃそうか。こいつを壊したんだ。もっと大掛かりな道具がいるな」
「違う逆だ」
「あ?」
「あまりにも微弱......いや、無いんだ」
「無いって......魔力の痕跡がか?」
「あぁ、微かにも感じられない。残っていない」
2人は黙ってしまう。
その結果に。
そして、その結果が示すことの意味に。
「経年劣化......って可能性あると思うか?」
「傷がある箇所と無傷の箇所を調べても変化なし。つまり経年劣化の可能性は無い」
「......じゃあ」
「だろうな」
方法は一つしかない。
と言うよりも誰もがその方法を予想していたが、誰もが納得できなかった。
だからこそ専門家に調べさせ、それ以外の方法ではないかと探ったのである。
「見たまんまか」
蓋が割れた箇所に視線が集まる。
そこには、人の腕と思しき跡と手の形がくっきりと残っていた。
「あぁ、この金属の塊みたいな蓋に無理矢理腕を突っ込んで、馬鹿げた力業で無理矢理抉じ開けた。それも魔法もスキルも使用せずにな」
それだけではない。
これだけ調べて何も反応が無いと言う事は、何かしらの方法で魔力を誤魔化していると言う事もありえないと言う事だ。
つまり、これを抉じ開けたものは魔力自体を持っていないと言う事になる。
そんな生物は存在しうるのだろうか。
生きとし生けるものは、必ず魔力を持っている。
劣人種と言われる魔力を持っていないとされる者でさえ、良く調べればあるのだ。
一般の計測では測れず、魔道具を使う事さえできないほど儚くとも、一応は存在している。
だが、その痕跡さえ残っていない。
つまりこれは偶然に腕や手の形をして自然に割れてしまったことになる。
現状、魔力の痕跡を一切残さない方法は無いのだから。
「湖沼に手を突っ込んじまったかな」
「こっちがどうこうする事はもう無い。さっさと報告して終わりだ。それでこの話は終わり」
帰り支度を済ませようとしていると、通信用の魔道具が震えた。
浮かぶ文字を見て顔が歪む。
「色街に行くのはしばらく後になりそうだな」
「......家に帰れるかどうかも怪しいな」
ここと同じような事があと3か所で起こっているようだ。
「なぁ」
「あぁ?」
「ふと思い出したんだが、前回受け持った仕事と似たような現場で仕事をした事があるんだが」
「......奇遇だな。恐らくその仕事は俺も受け持った」
「一応報告した方がいいのか?」
「それがいいだろうな」
前回の仕事もこれと似たような仕事であった。
それもこれと同じような結果で、同じように異様な光景だった。
脱落者のアジト、勇者の置き土産。
アレを引き起こした何かが、ここに居る可能性がある。
◇◆◇
現在、ルテル関連の事とポーターの仕事、窒息しないように換気口を開ける事を3つ同時にこなしている。
そして4つ目の換気口を開けたぐらいの事。
前線に向かえば向かうほど比較的安全であることに気が付いた。
なので、ポーターの仕事をしながら最前線の方面へ向けて移動中。
アーシェが突然歩みを止めた。
何か違和感があるというので、その言葉の真意を確かめるために付いて行ってみる。
着いた場所は、金属の墓場。
非常食として大活躍のガミガミを生け捕りにした場所であった。
そして、アーシェの言っていた違和感の正体がハッキリとする。
前回大量にいたガミガミが一匹残らず消え去っていた。
「......これは」
珍しくオロオロと狼狽えている。
「一匹残らずいなくなったな。残念だな。せめてあと2~3匹は予備で持っておきたかったな」
「えっと......もしかして、シヒロ様が何かされたのですか?」
割と本気で動揺しているようだ。
「心当たりはないが、居なくなるのはそんなに不味いのか?」
「いなくなること自体はいい事なのです。放置すれば取り返しのつかない状況になっていた可能性がありましたので、もう少し時間をおいて弱った所を私が処分する予定でした......それを」
表情に出ないが、本当に困惑しているようだ。
こんなアーシェを見るのは初めてだ。
会って日は浅いが。
「こいつってそんなに危険なのか?」
コンコンと金属製の水筒を軽く叩く。
中にはガミガミが入っている。
金属の中に閉じ込めておけば大人しくしている。
「本来のガミガミなら条件を満たした人物でないと近づくことすら危険です。その条件に私とシヒロ様は含まれていますので絶対に安心とまでは言いませんが、大丈夫であると判断しています」
「思いのほか危険な生き物だったんだな」
金属の墓場に目をやり、今は無きガミガミたちに思いをはせる。
「ん?」
「どうしましたか?」
「いや、何か変なものが」
それは黒い線だ。
細くて長い、女性の髪のような物がピンと張りつめたかのように空中に留まっている。
目のゴミかと確認するも違う様で、試しに触れてみようとするが煙のように手をすり抜ける。
「何かあるのですか?」
「長い髪みたいなのがあるんだよ」
目をしばたたかせ、空中を凝視する。
しかし、アーシェには見えていないようだ。
「まぁ、いいか。気にする程じゃない。行くか」
「すごく気になりますけど、了承しました」
「ギィ?」
久方振りにハクシが目を覚ましたようだ。
襟口から顔を出しキョロキョロと頭を動かしている。
「危ないからまだ寝とけ」
「......ギィ」
ハクシは黒い線の方を凝視している。
ハクシにはこの黒い線のような物が見えているのだろうか。
そう思った時、襟口から飛び出し黒い線に噛みついた。
触れる事さえできなかったそれにがっぷりと牙を突き立てる。
すると、ガムテープを裂くような音と共に空間が大きく裂けた。
裂けた向こう側は別の場所へと繋がっていようだ。
「......えぇ」
「おぉ」
「ギィ」
役目は果たしたとと言わんばかりにハクシは襟口に戻っていった。
そして寝息を立て始める。
「......これに心当たりとかあるか?」
「いえ、そういった知識は無いです。何かしらの第3者によるものでしょう。もしかしたらですが、ガミガミについて関わっている可能性がありますね」
「どう思う?」
「もしガミガミを全滅させたのでは無くここから逃がしたとなると......非常に危険な事になりそうです」
「どうなる?」
「最悪はガミガミ以外の生物が絶滅します」
「......荷物の受け渡しが終わってから考えるか」
「そうですね。慌てる必要はありません。よくよく考えれば私とシヒロ様なら生き残れますから、どうしようもなく暇になったら対処しましょう。終末世界でも食べるものには困らないでしょう」
「流石に文明には触れていたいから、早めに対処しよう」
「了承しました。付いて行きます」