84話
治療は順調に進み、全員山場は超えたようだ。
つくづく魔法の凄さに舌を巻くばかりである。
ただ、少し魔法の効力が強すぎたせいか、死にかけていた奴らが走り寄ってくるぐらいには回復してしまった。
話を聞く感じでは安静必須ではあるらしいのだが、そんな事でジッとしている連中ではない。
半生半死の状態でも一矢報いる事を胸にここまで生き抜いた連中だ。
動ける端から殴りかかってくる。
仕方がないので、小突いたり締め落としたりして大人しくさせる。
「.....ゆるさ.....ぇ」
そう言うとガクリと体から力が抜け落ちた。
ようやく最後の一人が大人しくなった。
今度から縄で縛ったままにしておこう。
「えーと、説明の途中でしたね。何処まで話しましたっけ?」
「最後まで聞かせて貰ったよ」
「あぁ、そうでしたか」
話した内容としては。
この拠点へ向かっている最中に変な生き物に遭遇した。
見た目は、人間を無理矢理こねて丸めたような生物。
何処からともなく現れて、警戒しながら後退していると来た道が塞がれていた。
逃げ場が無く追い詰められた状況になってしまうが、そこは歴戦の強者共。一切狼狽える事は無く、経験と実力で迎え撃つ。
結果としては辛勝ではあったが、死者を出さずに生還する事が出来た。
そんな感じの所まで話したんだっけか。
「信じられるか!」
「やめたまえ」
「スイレンさん。こんな戯言を信じろと? とてもではないけど信じられません」
「でも事実だぞ」
大体ではあるが。
「黙ってろ! ならば何でお前以外の連中は死にかけているのに、お前は無傷同然なんだよ!!」
黙ってろと言ったり、疑問を答えるように促したりどっちなんだよ。
「それは、こいつらが守ってくれたからだ。護衛が仕事だろ?」
「じゃあ、なんでこいつらは護衛対象を恨んでいるんだ。死んでも殺す勢いじゃないか!」
「恨まれるようなことを言ったからだよ。死なせないためにな」
「はぁ!?」
「強い感情と目先の目標があれば多少は生存率が上がるんだよ。一番手っ取り早いのは恨みや怒りだ。ついでに復讐や一矢報いると言った目標も持つ事が出来るから効率的だな。まぁ、最終的には本人次第だけど」
拠点に付くまで頑張れと励ます方法も有効ではあるが、着いた瞬間に緊張の糸が切れて死ぬリスクがある。
「そんな話聞いたことないぞ!! いい加減な事を」
「落ち着き給え。話を聞こうにも聞けないじゃないか」
ピンっと張り詰めるかのような静かな圧力。
「ッ......はい」
こちらに視線を移す。
「一通り聞いてみて分からないところがある。いくつか質問して良いかね?」
「どうぞ」
「何処でこの収納用魔道具をみつけたのかね?」
「道中で。正確に言えば自壊した肉の中で見つけました」
「それを運んでいたポーターはどうなったのかね」
「詳しくは分かりませんが、無事だと良いですね」
「ふむ。先程確認に向かった者のから聞いた話だが、その肉塊は足が沈むほど大量にあったそうだがよくこれらを見つけられたね」
「担架を作る過程で偶然見つけましてね。探せばまだあるかもしれません」
ッチ。と舌打ちが聞こえる。
どうやら後ろの獣人には嘘をついていると思われているようだ。
「なぜ、治療用のポーションを使わなかった?」
「使いましたよ。使用してあの惨状です」
「傷口がボロキレのように縫われていたのはなぜかね?」
「止血と内臓が飛び出ないようにするため。一度飛び出ると戻すのは難しい上に想像絶するような痛みと苦しみが長時間死ぬまで続きますから。まぁ、延命措置ですね」
衛生面から考えれば治療と言うには憚れる状況での処置だ。敗血症や破傷風の危険性は高かったがそこは素敵な魔法が解決してくれる。
傷痕を残さず、消毒をする必要も無く、すぐに完治する。
この魔法があれば、医者いらずというよりも、医療そのものが無くなりそうだ。
「っけ。御託を並べて気持ち悪い奴だぜ」
「やめたまえ」
「ッ!! いいや、スイレンさんの命令であっても聞くに堪えれねぇ!! 言ってることもやってることも頭がいかれてるとしか思えないですよ。大体、何で治療用の魔道具を使わない!? まさか、魔力が足りなかったとでもいうのか? その割には随分と元気だよなぁ!?」
ズカズカと近づき間近で睨んでくる。
近い。キスされそうな近さだ。
「そもそも持ってないんだよ」
「あぁ!? どんな粗悪品でもお前みたいな奴には持っていて当然の必需品だろうが! 見っとも無ねぇ言い訳すんじゃねぇよ!! それともあれか!? お前は......お前まさか」
スンスンと臭いをかがれる。
「やっぱり! お前劣じ」
それ以上の言葉は出なかった。
小柄な彼女から発せられる無言の警告が言葉を続かせる事を許さなかった。
紅潮していた顔が一気に白くなる。
何やら修羅場の予感。
取り敢えず緊張で硬直している獣人から距離を取る。
あぁ、早々にここから立ち去りたい。
「うちの者が失礼したね」
「いや、まぁ、気にしてませんよ。それよりもこれ以上の事は何も知らないので、他の方に質問したほうがいいかな。それでは、失礼して」
「そうか。では最後に少しだけ個人的な質問に答えて欲しい」
服を掴まれる。
離して。
離してくれなさそうだ。
「......少しだけなら」
「ポーター君。君ならこの状況をどう判断する。次に何が起こると思う?」
「何とも言えませんけど、良い事は起こらないでしょうね」
「ほう、詳しく教えてくれないか?」
「具体的にこうとはうまく言えませんど、状況を整理をしながら話してもいいですか?」
「いいだろう」
「んー、まずは......そうですね。これまでの経過が少し順調すぎるという事でしょうか」
「順調だと不味いのかね?」
「時と場合によっては。知っていると思いますが、ここは標的が作った人工ダンジョン。地の利は向こう側にあり、戦力も未知数ながら揃っているでしょう。一度退けたことから、こちら側の戦力もおおよそ把握されているでしょうし、そこから戦略を練ることも出来る。それに対して、こちら側は対象の全容を把握しておらず、何が起きてもおかしくない状況。諸々を考慮しても情報不足は否めない。差し引きで考えれば向こう方が有利かと」
「そうだな」
「なのに現状は予定通り。順調に奥深くへと侵攻で来ており、相手を追いつめている。特別変わったことも無く予想外の出来事も起きていない。単純にこちらの戦力が向こうの予想よりを超えて優秀である可能性もありますが......本当に?」
「ふむ」
「それを裏付けるように、私達の通ってきた道は閉ざされて、突然変な生き物に遭遇した。それも追い詰められるという状況になるように。それがたまたまなのか、意図してやられたのか。どちらがありえそうでしょうか」
「......」
「さらに言うなら、これが起きたのはこの一か所だけ? もし別の所でも起きていた場合、このタイミングで異常が起きたのは偶然なのでしょうか?」
「攻めているつもりが、誘い込まれている。そして、我々は逃げ場なく閉じ込められ、包囲されている可能性がある......か。それも、同時に一遍に」
「最悪を想定するのなら、先程説明した敵対生物達が後衛拠点を順繰りに潰していき、前線で戦っている者達の後ろを不意打ちしてからの挟み撃ち......と言う感じでしょうか」
「飛躍しすぎではと思うが、ゾッとするね」
「まぁ、ただの杞憂って可能性もありますけどね。その可能性の方が高いんでしょうけど」
「楽観するには嫌なシナリオだ。面白い意見が聞けたよ。参考にさせて貰おう」
「はい」
取り敢えず必要だと思う情報は渡せた。
渡さなくても良かったが、聞かれて答えないほど野暮ではないつもりだ。
まぁ、これを聞いてどうするかは本人次第だし、それに伴う結果に対しては干渉する気はない。
「それじゃあ、失礼しますよ」
「ん? どこへ行くのかね?」
「荷物の補充のため外に出てみようかと思います。望み薄かもしれませんが、開いているところがあるかもしれないので。あと、生きている人が居ないか見てきます」
「そうか、また生きて相まみえる事を祈るよ」
「ええ、それでは」
ホッとしつつその場を後にする。
消費したポーションについて言及されなかったのは僥倖である。
そして、先程まで食って掛かっていた獣人の女性はシュンと元気が無く俯いている。
それを近距離でアーシェが凝視していた。
無表情だからなお怖い。
行くぞ。
「一発殴っていいですか?」
駄目だ。
「では、セクハラだけにしときます」
そう言って尻を撫でまわしている。
おい。
「では、最後に一言だけ......おい! どうせ聞こえてないだろうがこれだけは言っとくぞ! 次こんなことをしたらシヒロ様が許しても私が許さない! ......!! ......!! そして、その尻が取れるま揉みしだいてやるからな!」
言葉使いが汚い。
一体どこでそんな言葉を覚えたのだ。
今後のアーシェに対する教育方針について考えながら退散しようとすると、全身を縛られた元重傷者達と目が合った。
「テメェ!! 何処に行く気だ!」
「死にに行くつもりか!」
「どうせ死ぬなら今ここで殺してやる!」
「戻れ! 嚙み殺してやる!」
「このまま行かせるとでも思ってんのか!」
おぉ、元気いっぱいだ。
これなら死ぬことはなさそうだが、一応居なくなることで気が抜けて逝ってしまわないように、最後にとびっきりの捨て台詞を吐いておく。
それを聞いた元重傷者達は一気に沸点を超えたのか、烈火のように怒り狂った。
せっかく拾った命だ。死なないに越した事は無い。
「なるほど、参考になります」
アーシェの独り言は聞かなかったことにする。