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83話


◇◆◇ 後衛拠点


物資が届かない。

遅れて来るならまだわかる。

だが、テンポよく運んでいたポーター達があるタイミングをさかいにピタリと来なくなった。

物資の方はまだ充分に足りてはいるが、攻略が進むにつれて必要になる物資は増えていく。

このままでは足りなくなるのは目に見えている。

何かあったのだろうか。


「お、着いた。着いた」


そんな心配をよそに緊張感を感じさせない人がやってきた。

その人は何度もここに顔を出しているポーターの一人だった。

ホッとしつつも、他の人がどうなっているのか聞こうとするが、「物資お届けに来ました。確認印ください」との言葉に反射的に対応してしまう。

この人の物腰は柔らかいのに、有無を言わせず従ってしまう妙な圧力を感じてしまう。

いつも通りに確認印を押して荷物を受け取る。


ん?


いつもより少し......いや、かなり重く感じる。


「あの、いつもよりだいぶ重いのですが」

「あぁ、中に同じのが入ってるんですよ。空だった奴に纏めて入れると持ち運びが楽だったんですけど、少し重かったですか?」

「いや、結構重い......というか纏めてる? え? それはどういう......」


そんな疑問をよそに、収納用魔道具がひとりでに開き、幾つもの収納用魔道具が地面に落ちる。

何故勝手に開いたのか、何故取り出してもいないのに中身が出てきたことについて違和感を覚える事はなかった。


()()()()()()()()()()()()


「あの、なぜこんなにあなたが持っているのですか?」

「道中で拾ったんですよ。それよりも早く治療して貰えると助かるんですが。ほら、間に合ったのに間に合わなくなる」

「へ? 何を......ッひ!」


気づかなかった。

気づけなかった。

その男のすぐ後ろに、担架のような物に乗せられた怪我人がいた。

それも今にも死にそうなほどの怪我を負っている。

まるで突然現れたように感じるほど、全く気が付かなかった。

軽く混乱するなか、急いで怪我の具合を確認するために近づく。


酷い惨状だ。

よくもこれだけの傷を負って生きているものだ。

死んでいると判断してもおかしくない程である。

微かに聞こえる呼吸も途切れ途切れであり、何時止まってもおかしくない。

その中でも異様だったのは、まるでボロ布を繋ぐように傷口が糸で縫われている事だ。

酷い拷問のように見える。

宗教的な意味合いでもあるのだろうか。


「ん?」


呼吸が乱れている事はわかるが何か変だ。

耳を傾けると一様に何かをつぶやいている。

耳を澄まして集中して聞いてみる。


「殺す......殺す......ころ......す」

「バカにしやがって.......許せねぇ」

「まだ......死な......せめ......一太刀」


まるで呪詛のように繰り返していた。

咄嗟に身を引いてしまう。

あまりの事に、腰が引けてしまった。


そして、少し引いて見たせいで怪我人に使われている担架が何で出来ているのかをハッキリと見てしまった。

全体的に白く丸みのある木材のような物、そして浅黒い紐。

まさか、そう思うと同時に、プチプチと何かが千切れるような連鎖的な音がすると、担架はその場で自壊した。

そして、確信した。それが何で出来ているのか気が付いてしまった。

変わった材木でも浅黒い紐でもない。

それは大量の骨と浅黒く変色した筋で出来ていた。


絹を裂く様な悲鳴が拠点内に響いた。



◇◆◇ 


時間は少し遡り、拠点へ着く少し前。


死力を振り絞り、死線を超え、何とか犠牲者が出ることなく最悪を回避できた。

巨大な肉の塊がゆっくりと自壊しながら倒れ込む。

払った犠牲は大きくとも、死傷者が出なかったのは奇跡ではないかと思っている。

素直に驚いた。

出来る事なら称賛の言葉を贈りたいところだが、それは憚れる。

何故なら、この場にいる全員が笑っていないからだ。

強敵を倒した後の高揚感に酔いしれていない。

脅威を排除したことに安堵していない。

全員の目がギラギラと輝いき一点を見据えている。


なるほど、よっぽど腹に据えていたのだろう。

全員が恨みと殺意を瞳に宿らせ、こちらを凝視している。

邪魔者は消えた。次はお前だ。と目で訴えかけてくる。

よしよし、これならすぐに死ぬことはなさそうだ。


ならばと、言葉の燃料をさらに投下しつつ、拠点へ目指して先陣を切り開く。

せめてポーションがあれば、こちらも気が楽になれたのだが、物資も手持ちのポーションも先の戦いで使い切ってしまったのでどうしようもない。

拠点までは、あと少しなので頑張ってもらおう。

あと、緊急事態だったとは言え物資を勝手に使ったのは不味い事なので、何か聞かれる前に確認印を貰おう。

貰ってしまえばこちらに非は無い。

検品しなかった向こうが悪い。



・・・

・・



歩ける者は歩いてもらっているのだが、道中で動くことが難しくなった人達が目立ち始める。

それは仕方がないだろう。

自壊した肉の塊があまりにも多い。

進んでも進んでも泥のような血肉に足を取られる。

体力が奪われるだけでなく、傷も悪化してしまうだろう。

現状どうすることも出来ないので、興奮状態が覚めないように煽るぐらいしか出来ない。


もどかしい。


恐らく何人かはこの辺りで死ぬかもしれない。

しかし、このまま死なれては重傷者を罵倒しただけのクズ野郎になってしまう。

出来ることはしたい。


うーむ。


動けない者を担いで運ぶことに躊躇いはないが、当人達が最後の力を振り絞り暴れるのは必至である。

そして、それが一矢報いたと満足してしまえば死んでしまう恐れもある。


どうしたものか。


反撃されないように、体を縛って運べるストレッチャーのような物があれば良かったのだが、そんな都合の良いモノはない。

だが、都合のいい材料が足元に沢山ある事に気が付いた。

自壊した肉に埋もれている骨とまだ腐っていない誰かの筋繊維を使って、引っ張って運べるソリのような担架を作ってしまえばいい。


何かと手間はかかったが作成した。

即席である事と、材料が猟奇的であることに目を瞑れば悪くない出来である。

重傷者の手足を筋繊維で縛り上げ、いざ出発。

道中、別の生き物に襲われたり、道が変化していたりと予想外の事が連続で起こるも、アーシェの案内のおかげで迷わずに進む事が出来た。

怪我人が何度か危険な状態になり、そのたびに応急処置をして活の入る言葉を掛ける。

死に際ギリギリではあるが、何とか死者を出さずに拠点まで連れて来た。

お互いによく頑張ったと思う。

2度目の称賛を送りたいほどだ。

ただ、怪我人を前に誰も治療しようとしない事は予想外だった。


「せっかく助けたのに手遅れになりそうですね」


そうね。


「頑張って引っ張ってきたというのに、無駄骨になりそうです」


手間かけて悪かったな。


「それはいいんです。私が望んだことです。むしろ本望です。腹が立つのはこいつ等です」


確かにね。同感ではある。


「あ、そろそろ歩いてきてる人も着きそうですね」


悪いけど見て来てくれる?


「承知しました」


アーシェは来た道を引き返す。


それにしても、これだけ人が集まっているのに誰も怪我人を治療しようとしない。

助け合いの気持ちが無いのだろうか。

それとも、助けるほどの余裕が無いのだろうか。

こちらから促してみる。


「あー、集まってくれて悪いんだけど、この中で治療できる魔法が使える人か、ポーションを......」

「おい! お前、何してやがる! 説明しろ!」


人を押しのけて女の獣人がやってくる。

その場にいる全員が彼女の動向を伺っている。

あぁ、なるほど恐らく彼女がここの責任者で、周りの人達は彼女の指示を待っており動けないと言った感じかな。

そういえば、前回ここを寄った時は男の人がこの拠点を指揮していたのに、今は見当たらない。そして、目に見えて拠点内の人数も少ないところを見ると新しく出来た拠点へ人を連れて移動したのだろう。

ここに残された人達は経験を積ませるための若手だろうか。

確かに、ここは入り口から最も近く危険度が低い、ダンジョンの攻略速度も順調である事を加味すれば、その線が濃厚だろう。

そして、どことなく初々しく頼りない感じが漂っている。


何にしてもこちらにとっては都合が悪い。

女の獣人は責任の重さと緊張のせいなのか余裕は無く感情的であり、どことなく融通が利かなさそうだ。

このまま懇切丁寧に説明をしても、治療してくれるかは怪しい。

同時進行で動いてくれないか提案する。


「もちろん説明はする。説明している間にでも、こいつ等の治療もしてくれないと本当に」


胸倉を掴まれ、強く捩じり上げられる。

周りの反応から見ても、トップに反論する者は許さない独裁者タイプかな。

緊張しすぎて焦る気持ちは分かるが、仮にでも責任者ならもう少し感情的にならず、冷静に判断して欲しいものだ。

そして、どうせ掴むなら服の方じゃなくて毛皮のコートの方にしてくれ。

購入したばかりの服が無情にも繊維が千切れる音がしている。

タヌキの準備費用で落とせないだろうか。


ピッピーッ、ピッピーッ、とダンジョン内で口笛が響く。

先導しているアーシェだろう。

追加の怪我人が来ているようだ。


女性の獣人の顔を見る。

ダメだな興奮しすぎている。治療は期待できないだろう。

小さく心で溜息をつく。

ここまで頑張ってくれたが、これ以上長く苦しめる位なら......。

そう考えていると、倒れている怪我人から淡い光が漏れ出す。


視線を向けると、先程まで苦痛と憎しみで顔を歪めていた怪我人が少し柔らかな顔になっている。


「離してやりたまえ」


女性にしては低い声が聞こえる。

声の方に視線を戻すとそこには声に反して幼い少女のような人物が立っていた。


「また厄介な」


見覚えがある。

具体的な名前は忘れたが、可愛いらしい名前だったような気がする。

そして、出会った印象は可愛いらしいものではない事は覚えている。

会わないように気を付けていた【蒼花】の一人。

恨まれる事になった切っ掛けでもある人物だ。


「スイレンさん! ここは私が任されているんだ!」

「分かっているよ。だが、救える命を救わないのは私の流儀に反するんだ。あとでラーサットに報告しておいてくれ」


スイレン。

そういえばそんな名前だったような気がする。

そして、よく見てみれば2人とも似たようなマークを胸元に着けている。


ぬかった。

この獣人の女も【蒼花】だったか。


後悔しても仕方がない。関わってしまったのならそれ相応の対応を取らなければならない。


「......初めまして、スイレンさん」

「あぁ、初めましてポーター君」


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