81話
アーシェとタヌキの競争はタヌキに軍配が上がった。
タヌキは大きめのカバンを肩にかけて息を切らしがら到着し、少し遅れてアーシェが転がり込むように到着した。
小太刀が予想に反して重かったようで、息を切らせながら両手で抱えるように運んでいたようだ。
思っていたより大変だったようなので、褒めておくことにする。
よく頑張った。
取り敢えずタヌキが先に来たので話をすることにする。
このまま公園で話すのも何だと思い、お腹もすいていたこともあり飯屋へ移動。
前回飢え死にしそうになった時にタヌキが案内したところだ。
今回もタヌキが先導してくれるが、動きが鈍い。
全力疾走をした弊害で疲れているのだろうか。
まぁ、別に急いでいるわけではないので歩調を合わせる。
そして店に到着。
さっそく入店しようと扉を開けると、奥が霞むほどの煙が立ち込めていた。
火事か、とも思ったがどうやら違うようだ。
店にいるお客の全員がタバコのような物を吹かしている。
愛煙家の集会だろうか。
これでは食事どころではないと引き返そうとすると、店員に呼び止められて個室へと案内された。
先程の所とは違い、換気が行き届いているのか煙の臭いはしない。
そして、奥の方にあるためか煙が来ない。
こんな個室があるとは思わなかったが、気を使って貰ったことに素直に感謝する。
少し上機嫌になりつつ、注文を取ってもらう。
今日のオススメをすべて特盛で注文した。
せっかく来たのでチャレンジメニューでも良かったのだが、それはまた今度だ。
今回はアーシェも食べるし、近日中に何度も挑戦すれば迷惑になるだろう。
ソワソワしながらメニューを見ているアーシェを眺めていると、注文した品が次々にテーブルに並べられる。
前回とは違った意味で壮観だ。
ドン引きで見ているタヌキとは違い、アーシェはキラキラした目でこの光景を眺めている。
アーシェの新鮮な反応に、何だかこちらも嬉しくなってくる。
気分が良いのでタヌキの分も奢る事にする。
迷惑料と言う名の臨時収入もあり、財布は暖かい。
ついでに前回のお礼も込めてだ。
では、いただきます。
うんうん、いい味だな。前に食べた時にも思ったが、日本人好みの味付けだ。
不思議と舌に合う。
アーシェは色々な種類を少しづつ取り分けて、全種類食べる作戦のようだ。
タヌキはギルパのみ食べている。
ハクシはいまだに爆睡中。
こちらは、次に注文するメニューを考えながら食べ進める。
そして、夢中に食べ進めること数十分。
あらかた食事が済み、食後のデザートに舌鼓を打っていると、妙な笑顔をしたタヌキと目が合った。
「なんだよ」
「あ、いえ。見事な食べっぷりでほれぼれしたと言いますか、美味しそうに食べる姿が可愛いなぁ、と思った次第です。はい」
「ジロジロ見るな」
「あ、はい。すみません。あ、あと奢って頂きありがとうございますです。ごちそうさまでした」
「あいよ」
アーシェは限界まで食べたのか、お腹を押さえながら小さく唸っていた。
だから、腹八分にしとけと言ったのに。
膨れた腹をさすりながらタヌキと世間話をしていると、タヌキは自分が何をしに来たのか思い出したようで今回の依頼の内容を説明し始める。
「まぁ、先程話した内容と大体同じなんですがね」
釈放前に聞いた内容はある程度割愛し、より具体的な話に入る。
向こうがこちらに求める事は、ポーターとしての経験を活かし前線に物資を届ける事。
そして、より精査なダンジョンの情報の提供である。
可能であるなら、前線の補助。退路の確保。要救助者がいた場合の搬送等。
こちらは歩合で、特別報酬として出してくれるようだ。
内容自体は悪くない。
前線に物資を届けると言う事はこちらである程度の裁量で自由に動く事が出来ると言う事でもあり、他の人に話しかけても怪しまれることなく交流が出来る。
自然に探りを入れる事が可能であるという事だ。
続けてタヌキが参加するメンバーを紹介する。
大体は聞いたことが無い連中ではあるが、『勇者』と『蒼花』は聞いた事がある。
『勇者』は前に一度だけ会った事があるし、遠くからではあるが見た事もある。
正直そこまで評価されている事に驚きではあるが、知らないところで色々あったのだろうと予想する。
そして『蒼花』。以前、瀕死の重傷を負って死にかけている連中を見かけてしまい、救命処置を取ったがあらぬ誤解を受けてしまい、目の敵にされている。
一緒に仕事をしたくはないが、大勢いる中の一部だ。
滅多に会わないだろうし、会ったとしても気づかれないようにすればいい。
あと気になるのは別の国からの応援できたという精鋭隊。
国直轄の軍隊らしい。
まぁ、面識があるわけでも無い。こちらから何かしない限りは向こうからも変な事はしないだろう。
今の所前向きに検討していたが、作戦決行日の説明で問題が浮上した。
それは、決行日が明日である事だ。
いくら何でも急すぎる。
準備もまともにできやしない。
断るべきかな、と考えていたが「必要なものはこちらで全部用意しますよ。もちろん費用はこちら持ちです。はい」と言われた。
一気に胡散臭さがにじみ出る。
断るべきだな、と考えていると食い過ぎで苦しんでいたアーシェと目が合う。
やる気に燃えていた。
役に立てることが嬉しい、任せてくれ、と体全体から溢れ出ている。
食い過ぎで動けない状態で、だ。
なんだろう。
アーシェに対する毒気がどんどん抜かれていく気がする。
警戒している自分が馬鹿のように感じる。
これはダメだと一度思考の切り替える。
深呼吸をして今一度よく考える。
今回の依頼のメリットとデメリットを探り出し、問題点と改善点を上げていき天秤にかける。
熟考の末......。
「......引き受けるよ」
「そうですか。こちらとしてはありがたいんですが、凄く嫌そうですね。はい」
「気にするな」
鼻息荒く、やる気満々なアーシェを横目に、危機管理が下手になっているのでは? と自問自答する。
痛いしっぺ返しには気を付けねばならない。
◇◆◇
仄暗い洞窟の奥深く。
そこはダンジョンではない、ただの洞窟。
そこに一人佇む人物がいた。
姿形は大きなローブの様なもので隠され男か女か、子供か大人か分からない。
手と足には金の刺繍が施された装飾品を身に着けている。
すると、奥からとある人物が歩み寄ってくる。
「あら、今回は初めましてね」
幾つもの声が重なって聞こえる。
男のような女の声。
老人のような若者の声。
小さいような大きな声。
とてもではないが、声だけではどういった人物か探りだせそうにはない声だった。
「少し話をしましょうか。『蝕淫』魔王」
青と白と金色の非対称の修道服を身に纏う瘦せこけた男が歩み寄る。
餓死寸前のような見た目に反し、その歩みは強く目は異様に鋭かった。
「そう、お喋りは好きよ」
「結構。あなたは、この世を動かすのに必要な存在はなにかご存じですか?」
「いいえ」
「それは、世界にとって薬や毒となる人物を指します。薬は停滞や悪循環の改善に、毒は負荷となり淘汰と進化の切っ掛けになります。どちらも世界を動かすのに欠けてはならない大事な存在です」
「それなら毒にも薬にもならぬ人は不要かしら?」
「まさか、そういった人たちは、その次に必要です。その人達が居なければ毒なのか薬なのかの判断できかねますし、むしろそう言った人たちが居なければ世界は拡がりません。また、遠い未来ではそう言った人たちが毒にも薬にもなりえる可能性もあります」
「つまり何が言いたいの?」
「つまり薬も毒も何物でもないモノも、必ず何かしらで必要な時が来るのです。意味の無い者などありません。ただ一点の例外を除いて。枠をはみ出す愚者を除いては、です」
ギロリと睨みつける。
修道服の金色の部分が少しづつ赤錆のように変色していく。
ここに居られる時間が残り少ない事を示していた。
それに気が付き、凹凸のない仮面の下で小さく微笑む。
「フフッ。それは私の事かしら?」
「残念ですが、現状のあなたは薬であり毒です。別段問題はありません。ですが、このまま長居するようであれば枠からはみ出すと言う事を伝えに来たのです」
「それは脅しかしら?」
「えぇ、そうとっていただいて構いません」
空気が張り詰める。
それを吹き飛ばすかのように、魔王は小さく笑う。
「わざわざ口頭で警告してくれるなんて優しいのね」
「えぇ、枠内に居る間は」
「......分かったは、近々魔族領に帰る事にするわね」
「賢明な判断です」
「ただ、もう少しここで待っていたいのよ。私が望む持ち人に合えそうな気がするの。だから、あなたが言う枠を超えるギリギリになったら教えてくれない?」
フム、としばし考えこむ。
「長居はせず、帰る気はある、と言う事でよろしいですかな」
「もちろん。その時が来たらすぐに帰るわ。今回のように来てもらえると助かるのだけどね」
「分かりやすい形で報告しましょう。ただ、それを無視するようなら......カット!!!! します。悪しからず」
「承知したわ」
突如として空間に切れ目が入り、ゆっくりと円形状に開く。
「それでは」
そう言うとその中に入っていく。
映像の逆回しのように円は閉じ、切れ目は消えていった。
気配は無く、静寂が戻ってくる。
魔王は深く大きな溜息を吐いた。
「やっぱり、貴方たちは好きにはなれないわね。『狂乱』の気持ちも分かるわ」