80話
無事釈放。
今回の誤認逮捕は全面的に向こう側が悪いと言う事になった。
多少の一悶着はあったが、互いに面倒な事は無しにしようと言う事で目を瞑る事と相成る。
そして、タヌキの自己弁護の多い謝罪を受け取り、欲しかった情報と正式な依頼料と充分すぎるほどの迷惑料を受け取り釈放となった。
んー、開放感。
しかし、一部の荷物はどうやら盗品の疑いがあると言う事で返してもらえなかった。
ホノロゥさんの鍔である。
まぁ、アレをどうすればいいのか忘れてしまったし、本当に盗品と言うのなら持ち主の元に返すべきである。
あのまま放置でいいな。
「シヒロ様。あの提案は断ってよかったのですか?」
「良いんだよ。胡散臭かったからな」
タヌキから提案があった。
「よければですがこのまま居て貰ってもいいんですよ。はい」と遠回しに引き留められた。
当然ながら断った。
どんなに居心地が良くても牢屋である事には違いなく、知らん奴がまた変なちょっかいを出されてはたまらない。
それに、向こうが簡単に非を認めたのにも引っかかる。
取り締まる側の面子とするなら、たとえ間違っていたとしても非を認めないのが普通だろう。
まぁ、こちらの常識がおかしいという可能性もあるが、どうにも良くない感じがしたので早々に立ち去る事にした。
ただ......。
チラリと後ろを振り返る。
無料の宿泊場を手放したのは少しもったいない気がしない事もない。
・・・
・・
・
少し遠回りをしながら、とある公園へと到着する。
そこは以前、大量の木の葉に埋まって寝ていた場所だ。
その近くにある噴水に腰かける。
傍から見ればボンヤリとしているように見えるだろう。
いや、そう見えて貰わなければ困る。
そうでなければ、虚空を見つめ独り言をつぶやく危ない人になるからだ。
そう、今からアーシェの説教が始まる。
緩やかな午後の時間。
昼時に漂う空腹を刺激する香り。
噴水の音に混じる、恋人たちの甘い声。
それらの優しい空間から切り離されたかのように、この場には暗く重い空気が漂う。
軽い咳払いから始め、粛々と事態の深刻さと安易な解決策を実施した際の起こりうるデメリットを説明した。
アーシェは小さくなりながら地べたに正座。
ハクシは肩に巻き付き、襟から首を突っ込んで眠っている。
「まぁ色々言ったが、ようするに殺しは無しってことだ」
「はい。私達は立場上弱く、人脈も金銭も最悪の状況を回避できるほど持っていないですからね」
「勿論それもあるが、他にもある。大事な事だ」
「はい」
「それは何よりも面倒だからだ」
「なるほど」
「目先の問題解決にはうってつけだが、長く見積もれば一番面倒な手段でもある。どの国も重罪に認定しているし、恨みも買う。見つからないようにするための労力も馬鹿にならないし、露見時の事後処理にはもっと大変だ。すべて投げ出し、逃げる事を選ぶなら多少はマシだが、逃げ切る事を考えるなら、さらに労力がかかると思っていい。だから、それは最終手段であって簡単に選んでいい選択じゃない。いいな」
「はい。以後、殺さないように気を付けます」
そういうと、ふと何かに気が付いたかのようにアーシェが手を挙げる。
「どうした?」
「質問です。戦場とかでも適用すべきですか?」
「アレは特別で特殊な環境だ。殺しが正当化される唯一の所だからな。適宜判断すればいい」
「承知しました。私からは以上です」
よし、と軽く膝を叩く。
「それならこの話は終わりだ。腹が減ったからどこかで食べようか。アーシェも固形物を食べていいぞ。腹八分にしとけよ」
「承知しました。ところで、先程話していた職員の依頼はどうなさりますか?」
「悪くはないとは思ってるんだがな」
「私なら案内役として役立つ事が出来ます」
「そうだな」
「何か気掛かりでも?」
「まぁな」
先程のダンジョン情報を聞かせられれば、行って確かめなければならない。
しかし、隅々まで調査するには一人では広すぎる場所だ。
ましてや、何処にあるか分からない、そもそも無いかもしれないとなると労力は計り知れない。
そこに降って湧いたかのような、大規模の編成を組んで調査する依頼が舞い込んだ。
渡りに船だ。
数が多ければ時間も労力も少なくて済むうえ人材は優秀のようだ。
懸念があるとするなら、他の人物に見つけられる可能性がある事だが、何とかなるだろう。
こちらにはアーシェという切り札がある。
あまり借りは作りたくないが、強硬できる手段があるだけましだ。
最終手段として、実力行使で奪えばいい。
ここまではタヌキから聞いた時点で考えていたことだ。
だが、どうもタヌキからの情報発信だからこそ信用できないところがある。
勘ではあるが、向こうの思惑に引っ張られている気がする。
こちらが選択をしているようにみせかけて誘導されている気がするのだ。
今日中に返事と言うのも冷静な判断をさせないためなのか。
あの騒動も、そう言った事に意識を向けないための仕込みなのだろうか。
それにしては選択権がこちらに寄りすぎている。
なんとも中途半端な気がする。
それともこうして悩ませるのが狙いなのだろうか。
また侵入して探ってみるか、と思案しているとアーシェが正座から立ち上がりゆっくりと言葉を紡ぐ。
「......シヒロ様のお気持ちは理解しています」
突然の言葉に驚いていると、アーシェはそのまま言葉をつづける。
「私ではないとはいえ、シヒロ様から見れば殺し合っていた相手。信用出来ないという事は理解しています。ですが、私にはシヒロ様を裏切る理由も裏切って得られるものなど何もない事を知って欲しいのです」
アーシェは必死に自分の想いを伝えようとしているのだろう。
手や体を使って説明している。
だが、その動きが大きく力が籠っているせいか何かの劇を見せられている気分になる。
どういった気持ちで聞けばいいのだろうか。
「シヒロ様はご教授してくださいましたね。私にとってこの世は地獄だと。仰る通りだと思います。孤独を何より恐れている私には、誰にも知られないと言うのは本当に恐ろしい事です。しかし、シヒロ様がいる。唯一私を見ることができる人物なのです」
大きな動きに引っ張られるように言葉もどんどんと大きくなっていく。
本人は至って真面目に語っており、ふざけているつもりが無いのは見て取れる。
だが、その......なんか......なんだ?
言葉にできない。
「私にとってあなたは暗闇を照らす光なのです」
アーシェが思いのたけを全身で伝え終わると、ピタリと動きを止め頭を下げた。
もし、疑うのなら仮面を触って確かめてくれ、という想いの表れなのだろう。
危なく、拍手をしそうになった。
慌てて手を下ろす。
......えっと、どうすればいいのか分からない。
本当にどうすればいいのか分からないが、茶化して良い雰囲気ではない事だけはわかる。
表現の仕方に問題はあるが、言った事は本心と言う事は伝わった。
だからといって警戒を解くほど綺麗な心は持っていない。
まぁ、胸の内を明かしてくれた分は歩み寄ってもいいのかもしれない。
「アーシェ」
「はい」
「捕まる前に、小太刀とお金を隠した場所......覚えてるか?」
「はい」
「悪いとは思うが、取ってきてくれないか?」
「......はい」
大事なものだから頼んだつもりだが、アーシェにしてみれば体のいい別れの言葉に感じたようだ。
先程と違って声に力が無い。
もしかしたら、取りに戻ってきたなら誰もいない。
残された物は手切れ金代わり。
そんな未来を想像したのかもしれない。
言い方が悪かったようだ。
やりたくはない方法だが、もう一度頼んでみる。
「父親から貰った大切な物なんだ。頼むよ」
そういい、頭に付いた仮面に触れる。
信じて、離さないで、見捨てないで。
縋り付く子供のような感情が流れてくる。
それと同時に、バッと勢いよくアーシェが顔をあげると、無表情ながらも何とも嬉しそうな表情が読み取れた。
こちらの考えを読み取ったのだろう。
本当に怖い仮面だ。
「ま、任せてください。音速で取りに行きます!」
美しいクラウチングポーズをとり、何時でもロケットスタートが出来る構えを取る。
「おう、任せた」
「シヒロ様も気を付けてください」
「あぁ、分かってる。ついでだから依頼の返事もしておくよ。案内頼むぞ」
「頼まれました!」
そういうと全身から嬉々としたオーラを振りまきながら、全力で駆けだした。
それにしても、捕まって着の身着のままである事を忘れているのだろうか。
全裸の毛皮コートである。
色々見えてしまっている。
「もうちょっと、恥じらいを覚えないといけないな」
はしたない。
さて、と振り返り歩く。
とある人物に向けて一直線に近づいていく。
釈放されてからずっと一定距離で付いてきて、遠回りをしたり同じところを周回しても付いてくる。
牢屋にタヌキと一緒に入ってきた獣人だ。
色々と言いたいことはあるが、せめて面識がない奴を監視に充てるべきだろう。
おかげで分かりやすくてよかったが。
バレていないと思っていたのか、ひどく驚いた顔をしている。
表情に出すぎだろ。アーシェを見習え。
まぁ、見えないんだろうけど。
逃げ出さないように肩を掴み、タヌキへの伝言を頼む。
「伝言がある。依頼の件について話がある。少しだけ待つからここに来い、とあのタヌキに伝えてくれ」
軽く肩を叩いて、噴水の所まで戻る。
アーシェが戻ってくるまで待つことにする。
それまでにタヌキが来なかったら、この話は無しにしよう。
どうせ一人でやるつもりだったんだ。
良いか悪いか分からない話は、こんな感じで決めればいい。
◇◆◇ 宿の一室
怒りで震える。
屈辱だった。
貴族の牢屋に入っていたあの男。
許せない。
悔しさを表すかのように硬く握られた拳は、白くなるほど長く握りしめられていた。
あの日、英雄の亡骸に関する情報が舞い込んだ。
いくら探しても見つけられなかった墓荒らしの情報だ。
正確に言えば、亡骸と一緒に埋められた遺品の一部が見つかったとの事だ。
上手くいけば、元凶に繋がる可能性もある。
息を切らせ全力で目的の場所へと向かう。
事前に報告したことでスマートにその盗品を持っていた人物に会う事が叶った。
案内された場所は人間の貴族が使う特別製の牢屋。
腹立たしい事この上ない。
人間ごときが英雄の亡骸を盗めるとは思えない。
金にものを言わせて墓荒らしから盗品を買ったのだろう。
扉を開き、中にいた男に詰問する。
だが、何とも落ち着いた雰囲気で的外れな事を言っている。
口八丁で煙に巻こうとしているのか。
その態度に毛が逆立つ。
権力と地位で守られている。
だから何もされないと思っている。
怒りの許容量はいとも簡単に振り切れた。
叩きのめせば発情期の雄のように喋りだすだろう。
緊張感のない横っ面に全力で殴りかかった。
寸止めとか、ギリギリで当たらないようにしようという気持ちは一切ない。
どうせ護身用の魔道具ぐらいは持っている。
その証拠に、あの男は一切身動きを取らなかった。
魔道具が壊れる位殴り続ければその涼しい顔も少しは見れるようになるだろう。
薙ぎ払うかのような拳を振るう。
だが、あの男は身に迫る危険に対して驚くような素振りを見せず、また体が強張るような反応も示さなかった。
かと言って、冷静に向かってくる拳を防ぐわけでも無く。
ギリギリの紙一重で躱そうとしたわけでも無い。
あの男は......ただ黙って拳を振るう私を脅したのだ。
当てるのなら反撃する、と。
そしてその反撃でどうなっても知ったことでは無い、と。
言いようのない雰囲気に、一瞬だが怯えて手が縮こまったのだ。
咄嗟に机を殴る事で、その事を誤魔化した。
他の者には脅しで机を破壊したかのように見え、それは結果的にうまくいった。
本当の事を知るのは、相対する2人のみ。
2人にしか分からない出来事。
だが、脅され怯えた事実は消せない。
どう言い繕っても納得できるはずもない。
悔しさと情けなさで奥歯が砕けそうだ。
薄っすらと目尻に涙が溜まる。
それを振り払うかのように拭い、厳重に保管されている英雄の遺品を見る。
勇者が作成し、英雄 ホノロゥが愛用した刀の鍔。
険しい表情が少し解ける。
懐かし記憶が蘇る。
遠い昔の約束。
無理を承知で頼む私に困り顔で答えてくれた。
刀はダメだが、お前が立派になったのならこの鍔を譲り渡そう。
「......父上」
消え入りそうな声で呟いた。