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79話


日の光で目が覚める。

眩しさに目を細めながらも開いてみると、こちらを覗き込むように見下ろすアーシェの顔が見えた。

よもや、これほどまでに接近に気が付かないほど深く寝ていたとは驚いた。

そんな寝ぼけた思考とは打って変わり、体は反射で動いていた。

目覚めたばかりとは思えない動きで、アーシェを床に抑え込む。


「すみません。寝息があまりにも静かだったので、呼吸しているのか不安になり近づきました。処罰はお任せします」


そういい目を瞑る。


無抵抗の女性? を床に抑えつけている状況に寝起きの思考が追い付く。

嘘は言っていない気がするので、拘束を解きアーシェを解放する。


「気にかけてくれたのはありがたいが、朝から心臓に悪い事は止めろ」

「申し訳ありません。以後気を付けます」


少し警戒しつつ距離を取る。

アーシェはゆっくりと立ち上がると、部屋の隅へと移動し直立の姿勢で待機する。


これだけを見れば、心配したアーシェに暴力を振るう酷い男に見えるだろう。

しかし、覗き込んでいたアーシェ側にも問題があった。


確かに静かな寝息に不安を感じた事には違いないが、それとは別の感情があったことも否定はできない。

それは寝顔を見たいという好奇心。

初めは心配だったが、時間が経つにつれ好奇心が勝った。

そして心配は覗き見るための免罪符のようになっていった。

ゆっくり。

静かに。

遠くから距離を取りつつ動作や咳払いで反応を伺い、深く眠っていると確信すると、少しづつ近づいていき、目が覚めるまでずっと寝顔を観察していた。


ジッと眺める。


あと少し。

もう少し。

まだいけるだろう。

まだ起きない。

もう無理かな.......いや、まだいける。


その延々と続く逡巡の果ては、目が覚めるまでずっと寝顔を観察するまでに至った。

これには失敗だったとアーシェは思った。

どんな言い訳を並べ、嘘をついても彼にはバレてしまう。

その果ての結果は死である。


それは良くない。

望まぬ死である。

出来れば彼に惜しまれながら死ぬのが望みだ。


なので、追及される前に本当の事を伝えた。

現状の全てを話していないだけだ。

もし、何時からと聞かれていれば素直に答えていただろう。

その後の事は本当に彼の処断に委ねていた。


アーシェはフフッ、と小さく笑う。

寝顔の観察と先程の床に叩き付けられた事で少しテンションが上がっていた。


それとは反対にシヒロは気が落ちていた。

危機感の薄れと、体の不調にだ。

いくらアーシェに敵意も悪意も殺意もないとは言ってもあれほど接近されて気が付かないとは油断しすぎである。

そして、それほど深く寝ていた割には体の不調は回復していないこと。

自分の体なのに分からなくなってきた。


グゥ、と腹が鳴る。

落ち込んでも腹は減るものだ。

朝食が来るのを待つより、せっかく収納袋があるなら先に食べ始めてもいいだろう。


ベリベリと腕に巻き付くハクシを剥がし、収納袋から朝食を取り出す。

流石にルテルが全部食べたわけではない様で割と残っていて安心した。

ハクシを起こし、アーシェを手招きで呼び寄せる。

危険人物ではあるが、こちらに何かするわけでも無いのに邪険にするのも大人げない。

皆で朝食を取ることにした。

アーシェにはスープをハクシと自分には前回作っていた余りを食べる。


・・・

・・


朝食を食べ終え一段落していると、重い鉄の扉が叩かれる。

こっちの朝食が来たのだろうか。

まだ食べられるので机を用意していると、返事を待たずに扉が開かれる。

そこには幾人かの職員とタヌキの受付嬢がいた。

職員はタヌキの護衛なのか武器を携帯している。

雰囲気から朝食が来たわけではなさそうだ。


「あのぅ、本当に申し訳ないんですけど現状の確認のため、少しだけお話しさせていただいてもいいですか?」


渋い顔をしながら困ったように笑っている。

それよりも言語が日本語になっている。

そういえばこの収納袋にはそんな機能もあったな。


「いいぞ」


あまりにも自然に話すのでタヌキは驚いたような顔をしている。


「え......あ、はい。え? 喋れるようになったんですか?」

「おかげさまでな。それで、要件は?」

「本日はお日柄も良く......えへへ。今回の件についてですね」


簡単なあいさつの後、説明されたことは誤認逮捕であったと言う事だ。

説明の合間にタヌキの責任転嫁や自己保身、上司の愚痴を挟みながら原因を聞くと。

連絡の不備。

勘違いによる行き違い。

伝達不足。

小さなミスが積み重なった結果、牢獄に繋がれたそうだ。


「シヒロさんが不当な扱いを受けたのは、決して私のせいではない事だけは伝えたかったのです。はい」



「お怒りは......その、わかります。心中をお察ししています。ですが、私も出来うる最善を尽くしたことをご理解して欲しいのです。貴族クラス最高のVIP待遇にするようにしたのは、何を隠そう私です。私は最後まで上司に抗いました。戦ったのです。はい」



「......はい」



「返す言葉もありませんです。はい」



「2度とこんなことが無いように善処いたしますです。はい。誠に申し訳ありませんでした」


と言う感じの言い訳を並べつつも、互いを尊重するような話し合いの末、和解となった。

正当な賃金の大幅な上乗せと、この国に存在する最近になって現れたダンジョンの全情報で手を打った。


やはり喋っての意思疎通は話が早くなって良い事尽くめだ。


力なくトボトボと資料を取りに行ったタヌキを部屋から見送る。

しかし、2人の獣人の職員は扉に張り付き、出ていこうとはしなかった。

見張りだろうか。


そんな事を考えていると、すぐに扉がノックされる。

ノックの相手を確認すると、2人の職員は扉を開け外から2人の獣人を招き入れた。


一人は大きな体躯をしている男の獣人。

見た目は大きな虎が人のように2足歩行をしているように見える。

もう一人は小柄な女の獣人。

耳と尻尾が付いた人間のように見える。おそらく狼ではないかと思う。

髪の色が月の光を溶かしたかのような白く微かに青みがある月白だった。


ふと視線を戻すと、招き入れた2人の職員は入れ替わるように扉から出ていくのが見える。

成程、見張りは見張りでもこちら側に入れないようにするための見張りか。

向こう側からすれば、この場には3人しかいないように見えるだろう。

良いことが起こることはなさそうだ。


ゆっくりと歩み寄る2人の獣人。

大きな獣人は好奇な目でこちらを見ている。

まるで珍しい生き物を見るかのような目だ。

そして、小柄な獣人は不信と敵愾心を持った目でこちらを見る。

爆発しそうな怒りがヒシヒシと伝わってくる。


「どちら様で?」

「おい、これをどこで手に入れた?」


女の獣人は奥歯を砕かんばかりの形相でこちらを見る。

その手に持っていたのは、手のひらほどの鍔であった。

ホノロゥさんから貰った鍔ではあるが、こちらの質問は答えて貰えそうにない。


「偽証や嘘はお前の寿命を縮める事になるぞ」


そういいこちらを睨め付ける。

それは怖い。答えたい気持ちはやまやまだが、ちょっと思い出すのに時間が掛かりそうだ。

ホノロゥさんから貰った事には違いないが、何処で貰ったんだっけか。

確か、あの時はホノロゥさん合わせて5人いて、変な女の子が乱入して、受付嬢に叱られたんだから、アズガルド学園の所だったか。

それで......この鍔をどうするんだっけか?

誰かに見せるのだったか、渡すのだったか記憶が曖昧だ。


フワフワとした記憶だが、その旨を口頭で伝える。


「もう一度聞く......誰に、渡されたって?」

「ホノロゥさんだ。結構前に渡されてな、誰かに見せるんだったか渡すのかは忘れた」


言い終わると同時に、目の前に置いてあった丸机が真横に吹っ飛び、壁にぶつかりバラバラに砕け散った。

力強さを証明するかのように、遅れて風が横から吹き抜ける。


ははっ。凄い一撃だな。当てる気満々だったじゃないか。


相手から視線を離さず、先程まで朝食で使っていたスプーンを相手に向ける。


「それは何のつもりだ」

「さぁ?」


小さく攻撃的な唸り声をあげる。

意味の分からなさで警戒させる事に成功したようだ。

短時間ではあるが時間は稼げそうだ。

しかし、一触即発の状態に違いはない。

それにしても、会話の何処に反感を買うようなところがあったのだろうか。

謝って許してもらえるならそうするが、顔を見るに火に油を注ぐ結果になりそうだ。

沈黙は金と言うぐらいだし、黙ってた方が良いのだろうか。

ようやく会話が出来るようなったというのに、話し合いが出来ないとは悲しくなってくるな。


拮抗か崩れ始めている。

ジリジリと間合いを詰め、攻撃の準備に取り掛かっている。

暴力での解決しか道はなさそうだ。


視線を固定したまま、この部屋の間取りと家具の配置を思い出す。

狭い室内。

相手は獣人2人。いや、扉の後ろにいる職員もいると考えれば4人か。

外の奴が応援を呼べば、倍は増える事を覚悟した方が良い。

手短にすませる必要がある。

他には、壊れたベッド。

バラバラになった机。

武器になりそうなものを脳内で選別していると、あまりにも自然な思考にとあることが思い浮かべていない事に遅れて気が付いた。


何故、逃走経路を模索しない?


一番最初に考えるべきことを後回しにしていた。

一番やってはいけない闘争を最優先に考えていた。

その事に気が付いたというのに恐怖すら感じ取れずにいる。

身体だけでなく、心や考え方すら変化していることに驚きを隠せない。

そこへさらに混乱する出来事が目の前で起こる。

小柄な獣人のこめかみに筒状の何かが押し当てられていた。

それは、良く知っている。

直撃して足が粉微塵になった記憶まである。


対物ライフル。

おおよそ人に向けてはいけない重火器だ。

一瞬にして血の気が引く。

緊張した状態のまま、ゆっくりと視線を動かすと、対物ライフルを構え引き金に指を掛けるアーシェの姿が映った。


それ.....撃てないよね。

嫌な汗が背中をなぞる。


「シヒロ様。何時でも撃てます。合図を」


合図をと言われても、どうすればいいんだ。

よし、撃て! と言う訳にもいかないし......ていうか構え方が様になってるな。何処で覚えたんだ。

あまりの出来事に少し思考が現実逃避をする。


本当にどこから手を付ければいいか分からない状況下で、突然扉が開いた。


「ちょっと!! 何してるんですか!!」


タヌキが戻ってきた。

それが合図だと思ったのだろうか、アーシェが引き金を引いた。

目の前で起こる凄惨な光景を覚悟する......が何も起こらない。

何度か引き金を引くも弾は出ない。

アーシェは首を捻りながら銃口を覗き込む。


よかった。

そういえばカノン砲とか魔法で出していたし、今回のそれも魔法で出したのだろう。

あまりにも精密な形をしていたので変に緊張してしまった。

後でアーシェには説教しなければならない。


「さぁさ、早く出ていってください」


まったく、と言った感じでタヌキが2人の獣人を部屋から追い出す。

意外にもその言葉に従い2人は部屋から出ていった。

大柄な獣人はうっすらと笑みを浮かべ、小柄な獣人は奥歯をかみ砕かんばかりの悔しさをもって部屋から出ていった。


「いやぁ、すみませんです。はい。最近の若い奴は向上心がありすぎると言いますか、無謀の馬鹿で身の程知らずと言いますか、後で厳しく言っときますので大目に見てやってくださいです。はい」


相変わらずへらへらと困ったかのような愛想笑いをする。


「アイツらは部下なのか?」

「へ? いやいや、まさかまさか、どちらかと言えば後輩のようなものです。血の気が多くて嫌になりますよね。後で上司にこってり絞ってもらいます。それよりも頼まれていたダンジョンの資料です。本当は特別な申請をしないと閲覧できないんですが、私とシヒロさんの仲という事で特別に見せちゃいます。内緒にしてくださいですよ。はい」

「ふーん」

「代わりと言ったら何ですが、えへへ。ちょっと、ですね......依頼の融通をしてくれたら嬉しいなと思いましてですね」


商魂たくましいと言えばいいのか、ちょっとでも自分の利益に繋がるように話を繰り広げてくる。

まぁ、茶番である。


「まぁ、とりあえず、ここに壊れてるもの全部アイツらがやったから、修理なり弁償なりはそっちでしてくれ」

「あ、はい。承知しましたです。はい」


壊れたベッドをアイツらに押し付けた。

無抵抗の人物を前に暴れたんだから、それぐらいはいいだろう。


「そういえば、資料を取りに行くときに言われたんですが、シヒロさんに緊急の指定依頼が来てましたです。はい」

「休みたいから断りたいんだが」

「んー、一応可能と言えば可能ですが、その場合罰金と降格扱いです。まぁ、シヒロさんの場合気にしないかもしれませんが、ちょっと耳より情報がありますです。はい。聞いて損は無いかと」

「なんだ?」

「その指定依頼なんですが、シヒロさんが先程行っていたダンジョンなんです。大規模攻略のためのポーターですね。一度潜ったという経験が注目されたみたいなんです」

「だから何だ? もう一回行く気はないぞ」


体調不良もあり暫くは休みたい。


「そこなんですけど、詳しく調査した結果。あの人工ダンジョンごく最近作られたみたいなんですよね。シヒロさんが求めている最近できたダンジョンに当てはまると思うんですよ」

「......」

「単独で潜ると相応の危険は付いて回りますが、今回ならば有名どころの強い人たちで構成されるみたいで一緒に行くなら比較的安心かと思うのですが、如何でしょうか? もちろん約束通りシヒロさんの採択にお任せします」


少し悩む。

その情報は初耳だ。

ルテルの話では最近できたダンジョンに落し物があると言っていた。

そして、昨日にはこの近くにあるとも言っている。


1人であるなら何時でも行けるが、大規模となると今回だけであろう。


「強い奴って言うのは?」

「まぁ、有名どころなら勇者達にSランクの『蒼花』あと、別の国から応援として精鋭部隊が参加しますね。まぁ、最低ランクがA以上の人材を投入する予定です。はい」


捨て駒ではなさそうだが、そんな我が強そうなやつをまとめる奴がいるのだろうか。

揉めそうではある。

しかし、身を守る盾は多く、囮としても優秀だろう。

面倒になれば、押し付けて単独行動をすればいい。

こちらには、地図よりも優秀な案内人がいる。


チラリと視線を移すと、対物ライフルをバシバシ叩いているアーシェと目が合う。


「少し考えさせてもらってもいいか?」

「あ、はい。今日中であるなら構いませんよ」



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