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76話

◇◆◇ とある会議室



「フザけてんじゃねェ!!!!」


朦々と煙が立ち込める部屋に怒号が響く。

薄く霞んでいたが、怒りに満ちた顔ははっきりと見て取れた。


「お前! 分かってんのか!!」


蹴飛ばした机が壁に跳ね返り部屋の中で乱舞する。


「落ち着け。少し冷静になれ」

「ハァ? 落ち着けだ? 頭いかれてんのかお前!」

「興奮する気持ちも分かるが、落ち着いてくれないと話も出来ない」

「話にならない事しといてよく言えるな!!」


説得しようとする人を押しのけ、事の現況へと近づき胸倉をつかみ絞り上げる。


「私は口を酸っぱくしていったよな!? 味方ではないが、敵にもするな。あれには触れるなっていったよな!!」


その言葉に対して返答する事が出来ない。

女性の細腕とは思えないような力で締め上げられているからだ。


「言葉が通じねェ馬鹿のようだからもう一度はっきり言ってやる。アレは!! 人型に押し込めて意思を持った暴風だ! もしくは、こちらの市政に興味を持って忍びで来ている上位のドラゴンだ! ちょっとした気分や気紛れでこの国が吹っ飛ぶんだぞ!!」


怒りに任せて首を締めあげる。

呼吸が出来ず口から泡が漏れ出る。


「そこまでにしてやってくれ」


締め上げる手にそっと触れる。

優しい口調と柔らかい物腰とは裏腹に、その言葉には強さと重さがあった。

無意識の内にその手を放してしまう。


「若さゆえの過ちだ。功を焦って先走ったみたいだ」

「......ッチ。最近どこかで聞いたような言い分だな。勇者に関するデマの再利用か? バグナゥ」

「耳が痛いなアクゥン。部下の失態は上司である私の責任だ。首を賭けて償うよ」


それは失職と言う意味ではない。

文字通りの首。

命を懸けるという意味だ。

それは、最低限こちらの言い分を信じていると言う事だろう。


そこに先程の獣人が口の泡を拭い、牙を剥き出し食って掛かる。


「おかしいのはお前だろう! 何なんだあの報告書は! 馬鹿な小説だってあんなに話を盛らないぞ!! 事実、こちらは一切の被害を出さずに捕獲する事に成功している。そのうえ向こうは一切の抵抗さえ出来ずに、こちらへの移送まで終わっている! 拍子抜けもいい所だ!! こっちは報告の偽装さえ疑っているぐらいだ。それに何よりバグナゥさんに向かっ」


その言葉は続かなかった。

突然目の前に突き出される爪に目を奪われ、それ以上語る事が出来なかった。


「勘弁してやってくれ」


その爪は彼女の意思で止めたものではなかった。

バグナゥという獣人に止められたから止まったのだ。

寸前まで気づくことさえできなかった。

力量差を見せつけられ、言葉を発することが出来なかった。


「随分と威勢のいい部下だな。えェ? おい」

「虐めないでやってくれ。若いが優秀なんだ」


軽く舌打ちをして距離を取る。

声を荒げ、暴れたことで多少は落ち着きを取り戻したのか、床に転がる椅子を拾い上げ、ドカリと座り直す。


確かに、やらかしたこと自体は獣人として分からなくは無いのだ。

相手は魔法が使えないどころか魔力が無い人間。

群れてこそ強い人間が、ましてや劣人種が徒党も組まず群れからはみ出している。

そのうえ、処遇は生死を問わず、だ。

腕自慢であるなら、これ程美味しい獲物はいないだろう。

一切の被害を出さず生け捕りとなれば力量を示すのにこれ以上は無く、最悪死んでも評判が落ちる事は無く経歴も傷がつかない。

誰もが羨む美味しい仕事だ。


だが、あれは普通じゃない。

何故分からない。

何も起きなかったのは、そう言った気分だったからだ。

危害を加えるつもりが無かったから被害が出ていないのだ。


そんな慈悲にも思える気分がずっと続くわけがない。

だから知らせたってのに余計な事しやがって。


また、怒りが沸々と湧き上がる。


「やっちまったものは仕方がねェ。これからどうするかだ」

「まずは、受けているであろう取調べを止めさせて、高待遇の処置で様子を見よう」

「そうだな、それで行こう。内容はともかく形だけでも捕らえたとなれば一応はこちらのメンツも保てる。分かってると思うがVIP待遇だ。人間の貴族のように扱え。今度こそ間違えるなよ」


視線を送り、行動を促す。

周りに佇む獣人は頷きすぐさま行動に移る。

その中に忌々しくこちらを睨みながらも部屋を出ていく人物がいた。


「野心家で優秀な人材だな」

「将来性は感じられるだろ?」

「きっちり型に嵌めて首輪を着けとけよ」

「あぁ、任せてくれ。それよりも、君に聞きたい事がある」

「なんだ?」

「君がご執心の彼の事をよく聞きたい」

「張り飛ばすぞ。誰がご執心だ。代わってもらえるなら金払ってでも譲るわ」

「それは失礼した」


柔和な態度に、何を言っても無駄だと悟らされる。

ハァ、と大きく溜息をつく。


「アイツの事が知りたいんだったな。残念だが答えられねェ。良く分からねェんだ」

「ふむ、それならば君の憶測でも感じた事でも構わない。報告書だけでは書けないようなどんな細やかな情報でも欲しい」

「あんた、そんなに仕事熱心だっけか?」

「最近は部下を育てるために任せているからそう見えても仕方ないかな。だが、君が声を張り上げるところを見て気が変わった。最悪の場合は私が最前線で戦わなくてはならない案件だとね」

「怒鳴った甲斐があって何よりだ」

「いつもは余裕たっぷりな君が、必死になっている姿を見るのは初めてだよ」


舌打ちをする。


「残念だが本当に何も分からないんだ」

「そうか。君ほどでも分からない人物か。なら直接確かめてみるか」


毛が逆立つような殺気が部屋を覆う。


「んふふ、むず痒いな。大丈夫、何もしないよ。見るだけだ」


そう言い残し部屋を出た。


部屋に残された獣人はもはや祈る事しかできない。

どちらも力づくでどうにかなる様な相手では無い。

始まれば、止める事も出来ないだろう。

何も起こらない事を祈り、起こらなかった場合を想定して業務をこなす以外に出来る事は無い。


バグナゥは馬鹿ではないし、一線を退いた身であってもこの国のトップ3は入るであろう実力者。

だが、そうは言っても獣人だ。

個に対して強烈な自尊心を持っている。


出来れば接触自体しないで欲しかった。


「厄種はアイツだけじゃないんだぞ」


現状、確認できるほどの危機は2つ。

体に合わない大きなローブを纏い、両手両足に金色の刺繍がほどかされた謎の人物。

そしてもう一つは解像度が荒くハッキリとは見えないが、もしそれが想定している人物であるならこの国は終わる可能性がある。



◇◆◇ 取調室


取調室に入ると大量の煙が溢れている。

煙が漏れ出さないように、すぐに中へと入り扉を閉める。

薄暗い部屋の奥には先客がいた。


「よう。バグナゥ。お前まで来るとは驚きだな」

「私は貴方がいる事に驚いてるよ。サァレス」

「そりゃあ、来るだろう。俺の所だと今はその話題で持ちきりだ。あの優秀なアクゥンが血相を変えてたんだ。どんな野郎か上司として見極めたくなるだろう?」

「確かに。同感だ」


2者とも同じ方向へと視線を向ける。

そこには、話題となる件の男が取り調べを受けている。


「悪い人だ。取り調べを止めるように言ったのに」

「勿論止めてるさ。あれは雑談の延長だ。本人がどう思うかは知らんがね」


懐から煙管を手渡される。


「一応な。いらねぇとは思うが」

「そうですね。一応」


煙管を咥え胸いっぱいまで吸い込み煙を吐き出す。


「好きになれませんね」

「好きな奴なんていねぇよ」


『遮煙香』

勇者が作り出した生産可能な魔道具。

煙内で話した内容は、煙が充満した外より漏れる事は無い。

煙は特殊で一時的に嗅覚がマヒする。


「それで、バグナゥ。あんたから見てあれはどう見える?」

「そうですね。外見的特徴から見て、内密で召喚された勇者。それか勇者の血族だと思いますが、魔力が無いので劣人種でしょうね。ただ、報告書を見る限りアズガルド学園からここまで来れるなら、ただの劣人種ではないでしょう。死線と修羅場を超えてきているのを顔を見ればわかります」


ふぅん。と何やら意味ありげに鼻を鳴らすと押し黙る。

そして、プカリと煙を吐き出す。


「そういう貴方はどう思いますか?」

「んー、そうだな。まぁ、一言でいうなら......気持ちが悪い。いや、気味が悪い。それに尽きるな」


予想外の言葉に少し驚く。


「俺はアンタみたいに見ただけで強さや弱さで判断できねぇ。だから事実をもとにした情報で判断するが、アクゥンが『分からない』といった気持ちが良く分かる。全く理解が出来ない。劣人種で無能なら理解できる。優秀であってもまだわかる。だがこいつは甚だ気味が悪い」


血の付着した手帳を手渡す。


「? これは?」

「あの男が持ってたやつだ。例のダンジョンについて驚くほど細かく書かれてある」

「......生き残りですか」


勇者が攻略できず、遁走したあのダンジョン。

手帳を受け取り中身を確認する。

そこには、ダンジョン内の奥へと進む経路、そこにある罠、危険な生物の特徴と対処法。

これが真実であるなら、攻略への道は大きく開かれたと言ってもいいだろう。


「役立たずだけ集めた死んで当然の編成隊。話を聞けば、生き残ったのはアイツだけ」

「本当なら凄いですよね」

「あぁ、本当ならな。確認のための部隊を編成してるところだから真相はすぐわかるだろうが」


フゥー、大きく煙を吐く。


手帳(こいつ)を見てあの男に興味を持ってな。さらに詳しく調べてみようと思って分かったんだが、ここ最近アクゥンの報告書を閲覧した奴がいる」

「機密ですよね?」

「あぁ、だが乱暴に言えば、金とコネがあれば許可が出る場合がある」


トントンと指で軽く資料を叩く。

それは何の変哲もない、様々な国で取れる特産品をまとめた資料。

会話の流れを見るにそれが閲覧した関係者であることはすぐにわかった。

それを確認すると目の色が変わった。

予想よりも多い上に、どれもこれも大物であった。


ブライトネス家まで......


「なるほど、確かにこれは気味が悪い」


道端に生えている何てこと無い雑草を有識者達が異様な関心を示している。

そして裏付けるように、生き残って情報を持ち帰っている。


止められているが、少し突いてみるか?


「......そんな暇はねぇぞ」


まるで心を読み取ったかのように答える。


「まぁ、すぐに耳に入るだろうが、『隠れ里』の『特殊護衛隊』がこちらに向かってる」

「何かあったのですか?」

「あの男に用があるのは間違いねぇよ。アイツの持ち物にこれがあった」


そういい、手の平大の金属片を手渡される。

手に取り確認する。


「? これは? ......これは!!」

「そうだ『隠れ里』の女帝の『爪』にして近衛兵隊長 ホノロゥ殿の鍔だ」

「本物? いや、偽物だとしても大罪だ」

「まぁ、その確認だろうな。墓の土ごと盗まれたのに未だに手掛かりなし。向こうは国の英雄を侮辱し辱められたと怒り心頭だ。そこに降って湧いたような手掛かりだ。こちらが変なことして取り逃がしたとなれば怒りの矛先がこっちに向くぞ」

「今、本当の意味で気味が悪いという事が分かった気がします」

「お前さんは余計な事せずに、迎えの準備してくれ。アイツの事はこっちが預かるよ」


その言葉に部屋の空気が張り詰めた。

互いの視線が交差する。


「分かりましたよ。そちらで管理してくださいね」

「おうよ。今度飯でも奢るよ」


席を立ち部屋から出ていく。


「さて、何処から手を付けようか」



◇◆◇



重い金属製の扉が閉じられ、錠が落ちる。


「捕まっちゃいましたね」

「そうね」

「捕まってよかったんですか? 追い払うぐらいなら私も出来ましたが」

「手を出すようなら対処しようと思ったんだけどね」


普通に連行されただけだった。

最初の門番? みたいなことも無く、粛々と進んでここまで来てしまった。


「ここ牢屋ですよね?」

「......多分な。自信ないけど」


割とグレードの高い宿屋の個室のようだ。


「先程の人、送る部屋を間違えたのでしょうか?」

「違うとは思うけど」


予想に反した好待遇に狼狽える。


「気味が悪いな」



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