表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/132

74話


「生きたいです」


その言葉を聞き、小太刀を鞘に納めて、ゆっくりと手を放す。

その場で崩れるように膝をつくと大きく咳き込んだ。

ケホケホッと咳き込む音が次第に遠く小さくなっていく。


確かにそこに居るはずなのに、ソレをソレだと認識しずらい。

やはり危険だ。殺しておくべきだと臆病さが警鐘を鳴らす。

小さく息を吐き出し臆病を振り払うように踵を返す。

最悪からは回避できる、と自分に言い聞かす。

それに、あの認知できない状態は絶対ではない。

アレが声を発していたり、触れている間は認識できる。

敵対して不意を突かれたとしても、一撃だけなら耐えられる自信がある。

その時は......いや、その時に殺せばいい。

この場で殺さない事が辛うじてできる最大限の譲歩なのだから。


問題を飲み込み、腑に落とす。

自分に対する納得は出来た。


ただ、......ジッと手を見る。


細首を絞めた手から嫌な感覚だけが拭えない。

あぁ、こういうのは何度かあった。

だが、あの時に比べれば手もデカくなっているだろう。力もあるはずだ。


力なく手から視線を外す。


何も変わっていないのだろう。

手の大きさが変わったところで本質は何も変わっていない。

だから色々なモノを掴み損ねて、取り零して諦めるのだ。

我儘を通すには余りにも足りないものが多すぎる。

母さんや父さんのようには程遠い。


静かに手を握る。

絶対に手放してはいけないものを手放さないように。


「2度と会わない事を願うよ」


周りを確認しつつ、ゆっくりと歩を進める。

何の反応も無い。

ここまで何もないと言う事は、あの厄介な女性は行動を起こせないほどに弱ったか、死んだかのどちらかだろう。

早々に立ち去ろう。

後ろを振り返る。

咳はもう聞こえない。

もうそこに居るのかどうかも分からない。


相手の気が変わって襲われる前に、早くここを出よう。

一息に走り出そうとした時、服が引っ張られている事に気が付いた。

何かに引っ掛かけたのだろうかと触って確認すると服の端を摘まむ指があった。

女性の姿をしたソレが服を摘んでいた。


「......何のつもりだ」


これを攻撃かどうか決めかねていると、それは言葉を詰まらせながら答えた。


「か......、ですが、お願いが......あります」

「知るか。断る」

「私に、いき......生き方を」


服の端を掴んだまま、頭を地面にこすりつける。


「殺し合ってた相手に聞く内容じゃないだろう」


顔を上げ答える。


「私は分からないのです。知らないのです。ですので生き方を......傍に......」


先程まで涙を流していたこともあってか、道に迷った子供が縋り付いているように見えた。


ブレるな......


「他所の奴にでも聞け」


そういい、手を振り払った。



・・・

・・



ダンジョンの奥から足音が響く。

1つの影が揺れ動く。

男は速足で来た道を引き返していく。


予想外の出来事が多すぎた。

予定していた時間より大幅に遅れている。

そもそもが楽な仕事だと聞いていたのに生き残ったのは自分一人だけだ。

これが楽な部類に入っていいのだろうか。

まぁ、最後以外は苦労らしいことはしていないので文句を言いにくいが、タヌキに嫌味の一つぐらい言ってもいいだろう。

それに成果も上々だ。

気になっていた事柄が一つ消えた上に、調査もバッチリ。

これでランクも上がり本格的にダンジョン探索が出来るだろう。

ただ、気掛かりがあるとするなら先程の事だ。


あれで良かったのだろうかと悩みは尽きない。

あの時の選択はどちらを選んでも悔いが残る。

決めた事にグチグチと考えるのは往生際が悪いとは思っているが、スッキリはしない。




「あの」

「なんだ?」

「運んでいただいて、ありがとう......ございます」


最終的にこいつを連れていくことにした。

理由は色々とあるが、こいつ自身が有益な提案した事と最も懸念していた不安材料を消した事が大きな要因だ。それが無ければ連れていくことなどはしなかった。

面倒ではあるが、アレやソレと呼ぶのも何なので呼び名も適当に付けた。

あくまで仮名であり自分で気に入った名前があったら変えればいいとは言っておいた。


「分かってると思うが、歩けるようになったら自分で歩けよ」

「はい」


現状は上手く立つ事もままならない状態だ。

立ち上がる事もままならず、歩こうとすれば上手くバランスが取れず転んでしまう。

時間を掛ければ歩けるようになるそうだが、待つのも億劫なので背負って運ぶ事にした。

不意打ち対策にクマの毛皮を羽織らせて拘束衣のように縛っている。

これで変な行動を取られてもこちらの方が素早く動く事が出来る。

多少息苦しいのは我慢してもらおう。


「あの......ありがとうございます」

「もう聞いた」

「助けて頂いたことです」

「助けてない。利用できるからしているだけだ。価値が無くなったら見捨てる」


詰まり気味だった口調も会話を重ねる内に流暢になってきた。

正確に言えば思い出したというのだ正しいようだ。

こいつの記憶は虫食い状態のスカスカで、辛うじて残っている記憶も正しくは自分の記憶とは違うようだ。

例えば、先程まで殺し合っていたという事実は知っているが、それは知らない誰かの日記を読んでいる感覚に近いそうだ。

だから殺意も無く、敵意も無い。

他人の記憶だからこそ感じるモノは無いそうだ。


そして明確に自分の記憶として覚えている事は首を絞められた辺りかららしい。

普通はそれだけで敵愾心を覚えてもいいようなものだが、澄み切った目で言い切ってしまうものだから毒気が抜けてしまう。

一応、言葉のまま受け取る気はない。

こちらの解釈では単なる記憶喪失だと判断している。

しかし、先程に比べれば警戒レベルは下がっていることには違いない。

そして、手にこびり付いていた嫌な感覚が薄くなっている事に呆れてしまう。


何とも自分本位な事だ。


「それでも、お礼が言いたくて」

「.......言った事を守ってくれればいい。こっちは特別何かをするつもりはない。生き方なんて教えるようなものでもないし、自分で勝手に感じて学ぶものだと思ってる」

「はい。『もし学ぶことが無くなったと判断すれば離れればいい。それまでは付いてきてもいい』でしたよね」

「そうだな。あぁ......離れるときは何か一言残してくれた方が礼儀正しくていいな」

「わかりました。その時が来るかは分かりませんが、心掛けます」


その時が来ない場合は一生付いてくるつもりか。


「では、もう一度確認のためにあなたが出した条件を復唱して宜しいでしょうか?」

「どうぞ」

「私がここを安全に出られるように案内する事。あなたを傷つける様な事を直接もしくは、間接的にも行わない事。そして、あなたの許可なくこの()()を取らない事。その都度守るべきルールの増減、改変する事を享受する事。ご飯は一緒に食べる事。これが守られない場合は敵対者として排除される事。以上です。間違いはありませんか?」

「んー、まぁ、ない。忘れるなよ」

「はい」


口約束だけで何の根拠も無いがしないよりましだろう。


チラリと視線を動かし、頭の横に着けている仮面を見る。

その仮面は口元の部分が大きく欠けており、そこを中心に細やかなヒビが全体に走っている。

不思議な事にこの仮面を着けている間は、影が薄い程度には認識できるようになった。

これが無ければ連れていくかどうかは半々だっただろう。


「その仮面、もう一回見せて貰っていいか」

「はい、構いません」


頭に付いている仮面を取って、まじまじと観察する。

手触りを確認するが材質が何で出来ているのか分からない。

肉のような柔らかさがあるのに、ツルツルとした極小の突起が沢山あるような触り心地。

まさかこれが、あの灰色の砂を魔法で加工したものだとは到底思えないだろう。

実際に見ていたのだが、大量にあった灰色の砂がこの小ささまで圧縮されていく工程は、ちょっと信じられない物だった。

仮面から視線を外して、改めて顔を確認する。


見える。


影が薄かった程度だったのが、今はハッキリと確認できる。

どういう原理か分からないが、この仮面を持っている限り不意打ちをされる事は無さそうだ。

より安全を確保するならば、こちらで預かればいいのだろうが......ドロリとした生温い何かが脳内に流れ込んでくるような感覚に襲われる。

この仮面を長く持っているとこうなる。

まだ、あやふやではあるがアーシェの心理状態や思考などが分かってしまう。

それは過剰なまでの認知からくるもの。

異常と思えるほどの臆病の裏返し。

知って欲しいという想い。

それは向こうでも同じことが起っている事が分かってしまう。

時間を掛ければさらに具体的にわかってしまうだろう。

......これは長時間触らない方が良い。

こちらの疑心暗鬼が伝わり何が起きるか分からない。


「ありがとう」

「いえ」


仮面を元あった顔の横に戻す。

吸いつくようにそれは張り付いた。


「そろそろです。ここからが一番気を付けないといけないところです」

「要注意生物がいるんだよな」

「はい。他の道よりは一番危険度は少ないですが安全ではありません。気を付けてください」


少し広めの通路へと出ると、異常な光景が広がっていた。

大量の武器と防具の一部が異常なほど転がっている。

まるで金属の墓場だ。

その影に隠れるように、幾つもの生き物が蠢いている。

それも1つや2つではない。

一見では分からないほど沢山いる。


「試作№A‐087G『咬噛(ガミガミ)』です。対処さえ間違わなければ危険度は低いです」


咬噛(ガミガミ)

こいつは鉱物以外なら何でも食べる事が出でき、食べた重量の分だけ分裂し増殖する。

外見は手の平よりも大きな太ったヒトデだ。

中央には大きな口、大小様々な歯がびっしりと生えており、触腕を器用に動かして獲物に近づき捕食する。

勇者指導のもとで行われた奇襲では、ここへ入った多くの獣人と人が捕食されたそうだ。

故にこの数、仰々しい名前に負けない生物である。


「見た目はあれですが食用として食べる事が出来るみたいです。割と淡白な味で鶏肉より癖が無いようですね」

「へぇ、そうなんだ。急に見る目が変わったわ」


よく見れば、プリッとした見た目が美味しそうである。


「視力はありませんが、魔力と匂いで感知します。特に血には敏感なのですが、鼻血は大丈夫ですか?」

「あぁ、もう止まってし、綺麗に洗ったつもりだったけど、無駄だったみたいだな」


こちらに向かって集まり始めている。


「瞬発性があり危険ですが、具体的な位置を把握するまで時間が掛かります。今なら駆け抜ければ突破できます」

「分かった。走るぞ」

「はい」



◇◆◇ アーシェ=カーメィナ


アーシェ=カーメィナ

それが私の名前。

あの人から、呼ぶ時に不便だからと付けてくれた仮初の名前。

好きな時に好きな名前に変えればいいと言ってくれたが、変える気はない。

いい名前だと気に入っている。


「アー......シェ?」

仮名(かめい)だけどな」

「カー.......メ?」

「仮名な」

「カァメ......ナ」


アーシェ=カーメィナ

こういういきさつで名前が付けれられた。

候補は他にも、「名無しの権兵衛」「ななし」「灰だらけ」「シンデレラ」「アシュ」「ナナーシュ」と色々あったが語呂が良いとアーシェとなった。


私を背負ってくれているこの人は、私の人生初めての教師であり恩人でもある。

名前はまだ知らない。

この人は、まだ私に自我と呼べないような虚ろな時に、強烈な殺意を持って死の恐怖を教えてくれた。

叩き付けられる事によってわかる壁の硬さ。

首に食い込む指の形。

全てを諦めさせるかのような腕力。

命を塗りつぶすかのような黒い刃。

それらが私から絞り出すかのように言葉を吐き出させた。


「たすけて」


命乞いが私の産声だった。

死の恐怖が生の渇望を生み出し、私が私だと認識させ自我が生まれた。

これが無ければ私と言う存在は生まれず、虫食いの記憶が私の行動指針になっていただろう。


彼を殺して未知を暴け。

黒い短刀を奪い取れ。


恐ろしく、バカバカしい事だ。


辛うじて私の言葉が聞き届かれた。

生かしてもらえる事が出来たのだ。

ホッとする間もなく、その人がこの場を離れようとしている事に感づいた。

『死』とは別の新たな恐怖が芽生える。

『孤独』による恐怖。

一人になる恐ろしさ。

もう一人は嫌だと虫食いの記憶から悲鳴が上がる。


繋ぎ止めなければならない。


思うように動かせない体を引きずって近づいていく。

縋るように願いながら。

必死に体を動かした。

ギリギリの所で、辛うじて服の一部を掴むことに成功した。

しかし、振り払われてしまう。

だけど諦めない。

今度は足に縋り付く。

私に『執念』が生まれた。

たどたどしくも必死に口を動かし、この人を引き留める。

ここで別れてしまうと、二度と会えない気がしたからだ。


これは私にとっての救い。

孤独と言う痛みから救ってくれるこの人から離れたくない。

でもそれは同時にあなたも救えるかもしれない。

あなたが私に言ったように、あなたもたった一人の一種族。

召喚でも転生でもない奇跡のような存在。

貴方はこの世界の人間ではない別の人間。

同じ姿形をしても、それははっきりと浮かび上がる違和感。

同じ異端なればこそ、孤独を分け合えるような気がする。

自覚し、苛まれる孤独を互いに慰める事が出来るかもしれない。


「わかった。ただし条件がある」

「はい。それでお願い......します」

「まだ何も言ってない」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ